#16 新たに迫る闘い
「なんで殺した…チップが埋まってた指輪さえ奪えば金庫は開けられただろ!」
「ちっ、離せ」
深夜、床に転がった懐中電灯が光る暗いマンションの一室で男二人がもみ合いの言い争いをしていた。
フードを被った男が巨漢に掴みかかって詰め寄るが岩のように重い拳によって返り討ちにされる。
「カネも目当てだが俺をどん底に突き落としたこいつは始末する気だったんだよ、ビビりには黙ってたがな」
「ぐっ…」
激しい怒りが湧いてきたが今は強盗として侵入している以上、声を押し殺して荒い呼吸で発散させる。
しかしいつもの癖である、硬直して閉じたままの左まぶたをフード越しに押さえるのは必要以上に力がこもってしまった。
「…あなた? 物音がしたみたいですけど…」
強盗達は近づいてくる女の声に慌てて息を潜めた。
計画では外泊予定と調査済みの妻がいたのだ。そして間違いなくまだ幼い子供も一緒だ。
殺人を犯した以上次こそ無駄なリスクを負わず懐にある結束バンドを準備するフードの男だったが、巨漢の方は息絶えている男から指輪を外し終わると血の付いたナイフをフードの男に押し付ける。
「女一人だ。素手でもどうにかなる。何かあったら…それで、お前がやれ」
「あなた? …きゃあっ、だっ、誰ですかっ」
「騒ぐんじゃねえ!」
寝室にいた強盗達を目撃したパジャマ姿の女は震える足で逃げ去る。
しかしけがによってか眼帯をしていたためスリッパで足を取られて転んでしまう。
男との体格差は明確で、体重を乗せて首を絞めたならもう逃げることは不可能であった。
「…がっ、てめえ、何を…うぐう…」
ずかずかと女に歩み寄る巨漢の背後からフードの男がナイフを突き刺した。
しかし即死には至らず、巨漢の目はすぐさま血走り怒りが爆発せんとしたところでネクタイが首に巻きつけられる。
フードの男は背中をぴったりと巨漢に押し付け、それから背負うように体を浮かせ、ネクタイで引っ張り首を絞めつけた。
宙に浮いたままじたばたと抵抗を続けたが、やがて顔が青ざめていき四肢が力なく放り出される。
「あ…ああ…」
「なんでだ…なんで俺ばかり不幸なんだ…くそ…」
男は再び激しく左目を押さえる。
勝手に目立つ行動をしでかした仲間を咄嗟に始末したが果たして最適な行動であったのか思い悩む。
それはひどいストレスでいつも以上に左目の痒みと熱とが絶え間なく襲いかかってきて、冷や汗をかいているのだが指の先まで全身が熱い。
「ママ…どこ…?」
「だめ…こっちに来ちゃ…」
子供であろうが目撃者が増えるのは避けたかった。
男は左目が不自由であったため立ち上がる時はいつも頭がふらつく。
その場でも同様にそばの壁に頭をぶつけながら、足早に家を去っていった。
「…ふらつきながら立ち上がった」
女は緊迫した状況であったため男の一挙手一投足を見逃さなかった。
「フードとあの仕草…ケンゴ君、なの…?」
「皆さん、ニュースで見ているかもしれませんが近辺で殺人を含む強盗事件が発生しました。報道の通り容疑者のうち一人が確保されておらず、警察から連絡がありパトロールを強化しているそうですが可能な限り早めの下校を心がけてください」
城介達のクラスでは担任により前日の深夜に起きたばかりの事件について注意喚起がされた。
特に小中高と学校の近くでは朝から警察がパトロールを行い、目に見えて緊張は高まっている。
しかし命知らずで不謹慎極まりなかったが創作、あるいはテレビやネットを含むメディアでしか縁が無いスリルに若者は興味をそそられてしまっている。
「…見知らぬ奴が襲ってくる気分がどんなのかわかってんのかよ…」
「城介ー、部長から部活の連絡あったんだけど」
「…! ひ、ひなか。んーと、僕も出ないといけないって?」
「いや。それなら直接連絡いくはず」
「…来てないや」
「先生の話でもあったけどしばらくは部活中止だって」
「もう来ないって思われてるか…そういうことね」
「今日はどうする? …はるちゃんからはしばらく自由にして、ってたぶん悩んだ上での返事は来てるけど」
「そうだな…いずれにせよ今はあちこち歩き回るのは問題がある。しばらくはおとなしくしていよう」
「そっか。じゃあ私、部室で必要な道具だけ持ち帰るから、じゃあね」
「…待った。それぐらいならついてくよ。ほっといて警察のお世話になったらしゃれにならない…」
「なんか失礼なこと言われた気がするんだけど」
初めは単純に学生一人で歩くことが事件に巻き込まれやすいということを心配して発したものだったが、ひな特有の奇行をして保護されてしまうのも考えれなくもないな、とつい気持ちが出てしまっていた。