#14 二つの価値観と評価
「人が人を殺すのをどう思う」
壮太朗が恐ろしい奴と呼んでいた理由が実感できた。
モモセの口調は決して、万人にも可能な架空の人間での仮定の話ではなく、今この場で『モモセ』という人間が『月丸城介』という人間を殺して見せてでも考えさせる、といったリアリティを感じさせる迫力があった。
「…そんなのだめに決まってる」
「迷ったな? お前は親や周りの大人に刷り込まれてそう考えている、『殺す』と聞けば『駄目だ』と言うようにしつけられてしまった。『決まってる』と言ったのがその証拠だ」
「そんなことは無い。…誰かの大切な人を奪うことになるんだ。それは間違ってる」
モモセの指摘につい顔が強張ったが全くその通りというわけではなく、しっかりとした根拠をもって反論する。
「大切な人? 家族、親しい者のことか? ならそれらはお前にとってどれだけ大切な存在だ」
「僕の両親は産まれたときから今まで世話になってる。どれだけ大切かは今までの時間がその証だ」
「もし失えば。どうだ? 俺の言葉をきっかけにして初めてその恩を考えているだろう」
「いいや言いがかりだ。口でならいくらでも取り繕えるだろう。けど決して僕は一人では生きていない、君がきっかけとした言葉が無くとも、普段から持っている感謝の感情で互いの信頼を確かめあっている」
「果たしてそれが生まれ育った環境で刷り込まれた知識が元ではないと言い切れるのか? 親族、地域、学校というコミュニティ、言葉というツールが一切無かった場合、『人を殺してはならない』という考えは身近な死でようやく自分自身の考えとして生まれる。そうだろう?」
「違う、なんだよそれ、極端すぎる考えだ、刷り込まれたなんてことは無い。人間が世代を重ねて伝えてきたれっきとした正しい教えで…」
そんな議論を通して熱くなってきた城介をモモセが制した。
「だからこそ俺は今一度この世界に蔓延った価値観、倫理を再構築するために、『大いなる力』で世界を作り直す」
モモセは静かに怒りがこもった声でそう呟き、音も無く錬纏を発動させた。
「この世界は紛い物だらけだ。人を殺したことの無い人間だけのコミュニティで伝えられる『殺人の禁止』と命の奪い合いが日常のコミュニティにおける『殺人の禁止』。真実であるのはどっちだ。なぁ」
「な…速いっ」
少なくとも5、6メートルは離れていたはずだが2秒ほどで人間一人丸ごとが弾丸の如き勢いで飛んできて、左腕を掠めていった。
痛みは無かったが上下も左右も滅茶苦茶になるほど転がり回された。
「自分が避けたと思ってるだろうがあれは俺が外したんだ。壊してはいけないからな」
掠っただけでも突き飛ばされるパワーを生み出す桁違いのスピードはまさに、いつまでも追いつくことのできない競走のように力の差という果てしない距離を感じ、希望を一切持てないでいた。
「もう…いい、せめて十割、目いっぱい力を出して、耐えてろ…」
壮太朗からかすれた声で弱気な言葉があがる。
だが、まだ錬纏を回収する気が無いモモセに対してはじっと耐え抜くことが最善の手であった。
「いいぞ、本気を出せ。人間のまま相手では力加減が苦手だから助かる」
モモセは急上昇、急旋回によって昂っていた感情を表現し、重装となった城介に真っ直ぐ突撃をした。
衝突の瞬間、辺りは閃光に包まれた。
「わずかに後退させられた…無事なものの完全に防御できてない…」
「モモセ相手は厳しいかと思ったが、やっぱりあいつも別で化け物じみてるな…はは」
互いに声が届かない状況の城介と壮太朗。
モモセの攻撃を受けた結果の、それぞれの評価はまるで違っていた。
「どういうことだ…錬纏が崩壊しているだと…」
「なんだ? モモセの様子が…錬纏を解いて…いや、本物の鎧みたいにぼろぼろになってる…」
全開の錬纏は水に潜ったように五感が鈍り、じわじわと精神的な疲労も溜まってしまう。
動揺した様子のモモセを目にして詳細な状況の把握とわずかでも体力の回復にあてるために錬纏を解く。
「そのままだ! お前の全力の防御には錬纏を崩壊させるほどの力がある!」
「ええ!? あれは僕が!?」
「いいか、もうなりふりかまうな! お前は強い! どんな攻撃も迎撃できる! どれだけ速くともお前の武器はその圧倒的なパワーだ!」
「壮太朗…うん、ありがとう!」
錬纏を展開し直していたモモセを見て焦らず、迎撃をするために全力の錬纏を展開する。
「いいだろう…逃げないのならなおのこと戦闘に集中できる」
モモセは上空での加速は行わず、弧を描きながら滑空して蹴りを一発繰り出した。
錬纏が崩壊してしまうため、単純に加速を加えて威力が増しても包まれている中身がつぶれることを察知するほどには落ち着いていた。
しかしそれまで無敗だった一撃が破られてことは激しくモモセの闘争心を刺激していた。