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#1 月丸城介

 怒ることはなんの得にもならない。

 胸の奥から無限大に熱いものが湧くのを感じるかもしれないが、大声や暴力で発散してみれば逆にぽっかりと胸に穴が空いたように虚しくなる。

 16歳、高校生の月丸城介はいつからかそんな考えを持つようになり、最後に怒りをあらわにしたのは城介自身もすっかり記憶に無いほど前の話だ。


「ひな、目当てのは見つかった?」

「ばっちり。ついてきてくれてありがとね」


 城介のクラスメイト、花村ひなはにこりと笑う。

 もともと幼なじみであり仲がよかったが、とある奇妙な切っても切れぬ縁で結ばれていた。


「まだ完成しない? 僕の()()()()()さまは」

「うーん。まだ完全には再現できてない」

「もうこれ以上は手を加えられそうに無さそうなんだけどなー」


 ひながめくっていたスケッチブックには細部まで描き込まれた家紋らしきものが描かれている。

 背後霊さま、と呼ばれるそれはひな曰く城介の頭上に確かにあるらしいが、ひなにしか見えていない。

 城介をからかういたずらならまだ可愛いのだが、背後霊さまを描き始めたのは初めてクレヨンを握った時からだ。

 それも、納得がいくまで周囲の声にも気付かず何枚何十枚と描き続けるのは珍しくなく、誰かが言ったか()()()()()()と呼ばれていた。

 小中高と進学する中でひなはいくつかのコンクールで実績を残すほどの画力を身につけたが、幼かった頃は描きわずらいという奇行によって友達は城介しかおらず、おかげでその関係はただの幼なじみというだけではなかった。


「今日の戦利品もすぐに使ってみたいな」

「ほら道端ではだめだから」

「も、もう。子どもじゃないし…最近はちゃんと自制してるから」


 城介は買ったばかりの画材にそわそわしているひなと他愛もない会話をしながら帰り道を歩いていた。

 穏やかな夕暮れ時であったが、突如ごごん、と地響きがした。


「やっばぁー!」


 音が発せられたもと、交差点のブロック塀の陰から金髪の若い男が飛び出してくると城介達には目もくれず、勢いのまま住宅街の細い道を通り抜けあっという間に姿を消した。


「…ひな、今の人なんというか、やたらと光り輝いてなかった?」

「うう…なにが…?」


 音に驚いていたひなはとっさにうずくまっていたので気づかなかったが、城介の目にははっきりと光の尾を引いて立ち去った男の姿が焼きついていた。


「なんだったんだろう今の…」


 興味半分で男が逃げた先を振り向きつつ城介が再び歩き出そうとすると間髪を入れず別の影が飛び出してくる。


「あいつは…こっちか?」

「わっ!」

「っと、悪いな。大丈夫か」


 城介は学生服の男とぶつかりかけ、危ういところで腕を支えてもらった。


「ソウー、どうした?」

「見失ったみたいだ」

「この人達は」

「いや、関係ない一般人だろう」

「そっか。すみません、失礼します」


 ソウと呼ばれた少年は後から追い付いてきた友人らしき少女と二、三言交わし、揃って軽く頭を下げて去っていこうとする。


「あの人…城介(しろすけ)と同じ…」

「え…描きわずらい? なんで?」


 なんの前触れも無くスケッチブックを膝に抱えてしゃがみ、硬筆の心地よい音を立て始めるひな。

 長らく発作を目にしていなかったので城介は唖然としていた。

 そして少なからず気配を感じたソウと少女は振り向いて立ち止まった。


「いや、ええと、これはなんでもなくて…ほら、ひなってば」

「やめて。じゃま」

「ひなさん!? あ、あはは…」


 描きわずらいのひなは意地でもその手を止めたりはしなかった。

 ひなの手が止まるまでの間、名前も知らぬ二人組の視線を感じて城介は嫌な汗をかいていた。


「できた! すごい、すごいよ。城介以外の背後霊さまだ!」

「よ、よかったですね…」


 ひながうきうきで掲げたスケッチブックには背後霊さまが描かれているが、何百回と評価をして目に焼き付いていた城介には所々ひっかかるものがある。


「ん? いつものと違う…?」


 まだ興奮が収まっていないひなはソウという少年の頭上をじっと見つめていたかと思うと、普段通りの城介の背後霊さまのある位置へと視線を移す。


「あれ、僕以外の背後霊さまだって?」

「…お前達、なにか妙だな」


 城介ははっとして、殺気を感じた方を向く。


「ソウ、あまり目立つことはよしなよ。無関係な人じゃないの?」

「…試すだけだ」


 握り拳を掲げたソウに警戒をした城介だが、既に遅かった。

 ぶおん、と風を切る音がしたかと思うと丸太のように巨大な腕が肩のすれすれにあった。

 その腕の主はソウであり、人間のものとは明らかに違うそれは、一瞬の間に神々しい雰囲気を放つ鎧によって強化されていた。


「う…」


 対峙したその腕の迫力に城介は言葉を失った。

 ただ見ただけ、それだけでも一切の希望も残さず消し去る力を感じる。

 城介は息をするのも苦しく、やがて頭が真っ暗になり、ついにはうずくまった。



「ここで終わる気か」

「真っ暗だ…何もわからない…」

「闇とは恐怖。恐怖を払うは光。そして、光とは火によってもたらされる」

「…火?」


 闇の中で唯一聞こえたのは老人らしき声。

 城介にはなぜかそれはそよ風のようで、自然と耳に入ってくる。


「大いなる力、『錬纒(れんてん)』。構築せし二つの要素が一つは燃料。他者からの尊敬、信頼、愛慕、献身、奉仕の絶えぬ感情を糧とする」

「ねん…りょう…」

「要素が二つ目は火種。理性を持つヒトなれど消せぬ、生物としての本能、潜在的な破壊衝動である。ぬしならそれをよく知っておるはずだ」

「…あぁ、この感情は…」



「どけ…どけよっ」


 丸太など非ではない大樹のような腕により、ソウは振り払われた。

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