蘭のような瑞雲
一軒の木造アパートの一室に、
19歳の浪人生、美琉と言ふ男子がひとり暮らしている。
机に向かってむずかしげな顔をしていたが、
背伸びをして畳に寝転がり、座布団を枕代わりにして休もうとした。
そんな時、投げ出してあったチラシを拾い上げて見てみる。
そこに紹介されているのは、
近所でちょうど瑞雲が見れると言うものだった。
気晴らしにその絶景を見に行くことにするビル。
目的地で感動していると、時空が歪んで、中から美女が出てきた。
ブラウスにスカート姿の彼女は、ビルの上。
押し倒すような初対面に、
彼女はいきなりビルのことを「パパ」と呼んで古い写真を見せた。
そこには彼女と、自分が写っているセピアの写真。
驚いたいきおいで、ビルは彼女を連れて急いでアパートに走った。
彼女の出現に、左手首に大量に輪ゴムを飾っているふくよかな女性が、
しばらく様子を見てみよう、と言ってくれた。
彼女が写真館の娘だと知っていたので、恐る恐る写真を見せたビル。
今では亡くなった旦那さんが持っていたアパートの大家をしている彼女が、
かくまってくれる、と言ふ。
未来から魔法でやって来たと言った美しい女子は、
名前を「蘭のような瑞雲」と言う意図で蘭瑞と言ふらしい。
いわく、初対面の日に瑞雲が出て
「蘭のようだ」とパパが思ったからだ、とランズイは言った。
内心驚いたのは、瑞雲が蘭のようだと
思ったことをまだ誰にも言っていないのに
言い当てられたからだ。
更に動揺しそうだ。
年齢が24歳の彼女はどうやら頭が弱いらしく、
それからビルを「パパ」と呼ぶのは「私に対してダディ」だからだと言い張った。
異常とも呼べる状態に写真を見せられて、
親戚かなにかだと思い、家に連れてきた・・・それがビルの事情だ。
所在地を彼女に聞く。
白魔女のいる魔法の森の近く「魔都市」と言う場所。
未来にあると言うから、100円札は誰の顔だと聞くと
にっと笑って金色のコインを見せられ、
未来では100円は金色のコインなんだよ、と言われる。
つまり読んだことのある書籍にて思い当たるに、
「タイムスリップ」と言ふものなのか探るために
色々と警戒しながらも話すと、
楽しそうに出されたお茶を飲みながら事情を話してくれたランズイは
出身が名産だったからお金がなくとも茶葉にはこだわっていた、と
未来のパパから聞いていたと言った。
ずばり緑茶のことだ、当たっている。
それから母の名前は中田千絵羅と言い、
この時代にいるひとだ、と言ふ。
この時代、仕事を持っている女性は珍しい。
それからランズイは母似でひとりっこ。
チエラのことを見初めたパパが求婚し、
だいぶあとにランズイをもうけることになるらしい。
無邪気なランズイに惹かれ、なぜ過去に来たのか聞いてみた。
「パパがママに出会うため」とランズイは言ふ。
ビデオレターと言うもので聞いた、と。
それからパパが亡くなったあとで、
生前残しておいた”それ”と母の卵子を使って人工的に生まれてきたと言った。
何か特別な施設にでもいるのか、
ランズイの話し方にはそんな雰囲気がまとっていた。
ランズイに淡い恋心を抱いたビルは、
だったら写真館で写真を撮ろうと提案。
大家に相談するに、ネコ数匹にかまっている彼女の方に
ランズイが「魔法使いさんっ。さっきは分からなかったわ」と嬉しそうに声を上げた。
驚いた情景に大家が「なんのことだい?」と動揺した。
ビルが両手を合わせて「堪忍」と小さく言う。
大家は苦笑し、「秘密だよ」と誤魔化してくれた。
写真を撮りその帰り、「もう未来に戻るんだ」とランズイが言ったか否か。
意外がった自分にぽかんとしていると、地震が起き始める。
「未来に戻るぜ、嬢ちゃん」と言った存在を、
ランズイは「魔法使いさん」と呼んだ。
それは大家がかまっていた数匹のうち新たに加わっていたネコだ。
人語を喋っている。
「今じゃ地震は当たり前かもしれんからなぁ。次元が歪みやすいんだ」
続けて、今日家の外にあんたが出ていなかったらランズイは生まれていない。
彼女は未来で重要な人物なんだ。
それから母親が君の死後、写真を見つけた。
君がその写真を隠し持っていた理由を、五十年後あたりで知るんだとネコが予言。
「また会えるか?」
「それは、言えぬ・・・ぬし、もうすぐ出会うぞ。ある意味運命の女にな」
「パーパーに会えてよかったよっ!」
歪みの中に入って行くランズイを引き留めようと腕を伸ばすが、
空をかくばかりで、つんのめって転んだ。
しばらく熱い気がするアスファルトか目頭に呆然としていると、
そこに「大丈夫ですか」と近づいてくる女性がいた。
胸ポケットあたりに、クリッププレートに「中田」と
記してあるその女性は、姿がランズイにそっくりだ。
ただ、髪型と髪色や化粧の仕方が違う。
ビルは、「ナカタチエラ?」と思わずぼやく。
どこかで会ったことがあるのか不思議がる彼女を見つめているうちに、
地震はしずまりかけていた。
「もしあなたがナカタチエラ殿なら、将来結婚したい」
チエラは驚きはしたが、こんなシチュエーションめったにないから
今すぐにでも子供産みそうだと、その場を楽しんだ。
「できればすぐにでも産んでほしい・・・」
自分すらわずか意外にも、ビルはチエラに甘え始めた。