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明るい未来※挿絵有


「“聖なる領域(ホーリーフィールド)”!!」


 得体の知れない何かと自分達を隔絶するために、僕は聖魔法で結界を張った。濃密過ぎる瘴気を浄化するようにその領域内が澄んでいく。しかし目の前の闇はその色を一層深く染め、そこに居るであろう何かの存在を不確かなモノから確かなモノへと変えていった。


 ――これは……魔物じゃない。魔物じゃないが……確実に居る。立ち向かうな、倒す事より逃げる事だけを考えろっ


 必死に思考を巡らせ、僕は目の前の敵に向かって剣を構える。しかし、ここで僕は違和感を感じた。


 ――襲ってくる、気配が無い?


 そう、目の前に居る何かはこちらを伺っているのは確かだが、動く気配は全く感じないのだ。

 

 ――ならば方法はある。時間さえ稼げればいい……瘴気も抑え込めばこれ以上魔物も湧かないはずだ


 僕はすぐさま行動に出た。


「クロス!! 僕が合図をしたら全力で走り出せ! 何があっても止まるなよ、いいなっ」

「わ、分かった!」


 そうクロスに檄を飛ばし、僕は詠唱を始める。魔法術式が幾重にも重なり合い、難解な魔法陣が三層、僕と何者かの間に形成された。


「“多重(デュアル)神聖(セイクリッド)領域(フィールド)”!!」


 聖なる光の三重層が圧倒的な力を持って漆黒の瘴気を抑え込んでいく。辺りに満ちていた魔素もその濃度を下げ、体が軽くなるのを感じた。


「今だ、走れっ!」


 クロスは指示通り全速力で駆け出した。道には僕が倒した魔物の死骸がそこかしこに転がっているが、そんな凄惨な光景を目にしてもクロスは動じる事なく駆けていく。だがその先で、血の匂いに釣られた魔物の群れが前方の道を塞いでいた。


 僕は剣を手に地を踏みしめ、閃光の如き速さでクロスの横を走り抜ける。


「二ノ戟――“雷閃牙突”」


 魔物の群れが一瞬にして弾け飛び、裂かれるように道が切り開かれた。そこをクロスが通り抜けるのを確認し、僕は後ろへ振り返り魔法を撃つ構えを取る。


 ――流石に、これで限界だ……ちゃんと逃げ切ってくれよ……


 そして僕は盛大に魔法をぶっ放した。


「“光炎大爆破(シャイニングバースト)”っ!」


 派手な爆発音と共に灼熱の光線が乱舞する。それは魔物を貫き、光の熱が魔物達を次々と跡形も無く蒸発させていく。光線は崖のような山の岩肌をも削り取り、崩れた岩が大小様々に降り注いだ。


 道が岩で塞がれ、間も無くして静寂が訪れると、僕はその場に膝から崩れ落ちたのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 俺は思わず足を止め、その光景を呆然とただ見詰めていた。しかし目の前でカノンが膝から崩れ落ちるのを見てすぐに我へと返る。


「カノン――っ!!」


 急いでカノンの元へと駆け寄り、俺は今にも倒れそうなそのボロボロの体を必死に支えた。カノンの腕を肩に担ぎ、何とかこの場を離れようと力を込める。


「……何、で……止まるなって……言っただろ……」

「お説教は後で聞くよ」

「そんな小さい、体で……僕を担げるか……馬鹿……」

「俺はカノンの弟子だからな。尊敬する師匠を置いていけるか、バカ」


 カノンは一瞬目を丸め、そして少し困ったように眉を下げて微笑んだ。





 "ドガァン"と岩が打ち砕かれる音がした。見ると先程とはまた違う魔物の群れが大挙して押し寄せてきている。先頭の魔物は愉快そうに口元を歪めていた。


「……あれをもう破ったか……笑えてくるな」

「…………」


 俺はグッと拳を握り、自分が戦う決意を固めた。体はまだ年相応に小さいが、兄とカノンに教えを受け毎日訓練に励んでいる。悲しい事に俺には魔法を使う才は無いが、根性だけは自信が有った。


 ――全てが枯れ果てるまで、戦ってやるっ!


 そう意を決した時だった。


「“終焉の(デッド・エンド・)鎮魂歌(レクイエム)”」


 兄、フリティラリアの澄んだ声が響き渡った。魔物達の足元一面に魔法陣が浮かび上がり、立ち上った光の柱が一瞬にして魔物達を消し去っていく。そして俺達の頭上から兄が舞い降りてきた。


「間に合って良かった……遅くなってすみません。クロス、カノン」

「兄さん……」

「リア……様……」


 兄は俺達の前に膝を着き、それぞれの肩に手を添えると魔法を発動させた。青白い光が発光し、その眩しさに目が眩む。思わず瞑った目を開けると、そこは見慣れた俺達の家の前だった。


「ここに転移魔法陣(ワープポータル)を設置しておいてよかった。二人とも、もう大丈夫ですよ」


 そう言って兄は手を翳し、魔法で俺達を癒してくれた。あんなに消耗していたカノンも魔力以外のほぼ全てが綺麗に元通りになっている。


「よくぞ守り抜いてくれましたね、カノン。クロスも、大事が無くて安心しました」

「リア様……」

「カノンが助けに来てくれたからだよ。最後は俺がカノンを守らなきゃって覚悟を決めたけ――いだっ!?」


 渾身のゲンコツがカノンによって落とされた。


「このっ馬鹿が!! 何が『カノンを守らなきゃ』、だ! まずはリア様に礼を述べろっ」

「そ、そんな全力で殴らなくたっていいだろ! 分かってるよっ」

「なら順序を間違えるなっ。そもそもお前は――……」


 カノンの顔がサァーっと青くなっていく。その後ろで、兄がキョトンとした表情で俺達のやり取りを聞いていた。ギギギ……とまるで錆びた何かを回す様に、カノンの頭が兄の方へと向いていく。そして焦ったように謝罪の言葉を口にした。


「も、申し訳ありません!! 僕、弟君に何て口の利き方を――っ」

「……ぶん殴りもしてたよ」

「ぅぐ――っ」


 あたふたとテンパり出したカノンを見て、俺と兄は同時に噴き出した。そして堪えきれなくなったように笑い声を上げる。それを困惑したカノンが訳が分からないと言った感じで俺達の顔を交互に見た。


「ふふっ、カノン、私は何度も素直が一番だと伝えましたよ? 態度に出さなきゃ伝わらないとも。やっと出来るようになったのですね」 

「俺も、前のカノンより今のカノンの方がいいな」

「い、いや、そう言う訳には……」

「私に遠慮しているのならそんな悲しい事はないですよ? 最愛の弟にせっかく慕える師が出来たというのに、私が原因でその仲を裂いてしまうだなんて……」


 まるで涙を拭くような素振りを見せる兄に、カノンの混乱はピークに達したようだ。あわあわとするカノンを見るのは初めてで、俺は心の底から愉快な気持ちになった。その気持ちを口元に乗せて、俺は笑顔でカノンに伝える。


「カノン、助けに来てくれてありがとう。俺、カノンみたいに強くなりたい。だからこれからも、よろしくお願いします!」


 兄が嬉しそうに微笑み、一度大きく頷いた。カノンはそれを見てさらに困惑しているようだったが、少しして覚悟を決めたのか、一度大きく深呼吸をしてから俺に向き直った。


「僕は厳しいからな。望み通り、クロス、君を鍛え上げてやる。音を上げるなよ?」

「――ああ、もちろんっ!」


 俺が満面の笑みで頷くと、それに対してカノンはどこか照れ臭そうに、それでいて少し気恥ずかしそうに笑い返した。その光景を、兄はとても嬉しそうに見詰めていた。



 余談だが、あの恐ろしい場所は後日兄の手によって浄化されたらしい。回復したカノンを伴って調査も行ったそうだが、既にそこの主と思しき生物は姿を消していたそうだ。瘴気も浄化され、魔素濃度も安定したその場所は、正に霊峰と呼ぶにふさわしい場所となった。

 それでも俺は立入禁止のままになったのだが、言付けは守るものという教訓として素直に受け入れたのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 その後、俺は名実共にカノンの弟子となりより一層様々な事に励むようになった。今まで護身用だった訓練は本格的な剣術と体術の戦闘訓練に変わり、勉学も一般教養から先取った応用知識までと幅広いものになった。


 カノンは無事魔法大学院を首席で卒業し、セラフィナイト専属の騎士となり聖魔法騎士(セイントナイト)としてその地位を確固たるものに確立した。もう一つの肩書に兄フリティラリアの一の従者として世に名前が発表されると、誰もが認める守護騎士として羨望の眼差しを向けられる存在となる。

 即位式の日、俺は兄に頼んでカノンの晴れ舞台をこっそり覗かせてもらっていた。と言っても遠視魔法で家から映像で見ていた訳なのだが、セラフィナイトの家紋入りローブを纏うカノンの姿になぜか俺が誇らしさを感じて鼻が高くなった。


 そんなカノンだが、実は非常に不本意であろう二つ名を持っている。在学中から既に戦場でも功績を残していたカノンはその冷酷無慈悲な戦いっぷりを称され、白銀の悪魔(プラチナデビル)なんて異名が付けられていた。希少な聖魔法の使い手であるにも関わらず悪魔だなんてと思うのだが、当の本人はなぜか満更でもない様子で笑っていた。


 ――まあ確かに、俺もカノンと対峙した時はいくら訓練とは言え背筋が寒くなるもんな……分からなくもない


 口に出せば指導と言う名のしごきが待っているのは明白なので、その気持ちは心の中にしまっておいた。 





 ******





 ここで暮らし始めて十年目の春、ずっと行動を共にしてきた小鳥のピィちゃんが亡くなった。僕の手の中で、その寿命を全うしたのだ。

 僕はクロスを連れて花が咲き乱れる小高い丘へとやって来ていた。綺麗な花の中に小鳥を眠らせ、二人で手を合わせて祈りを捧げる。


 ――あの日、僕の元へ来てくれてありがとう。お前がいなければ今の僕は有り得なかったよ。サレアにも伝えてくれ、『僕は今、幸せだ』って……


 そこで僕は一度息を吐き出し、今まで言葉にしてこなかったサレアへの思いを告白した。


 ――謝っても悔やんでも……僕が原因でサレアが死んだ事に変わりはない。年々、罪悪感が増していくんだ……それはきっと僕が幸せだからで、明るい未来の中に居るからで……それが君の命と引き換えに得た物だと思うと堪らない……だから、ごめん。自分のために言わせてくれ。ごめんなさい……そしてありがとう。サレアの思いは決して無駄にしない。実は少し、あの時の君の気持ちが分かる気がするんだ……


 僕はゆっくりと目を開けた。それを見たクロスがじっと僕を見詰め、口を開く。


「随分と長く祈ってたね」

「……話すのがな、だいぶ久し振りだったんだ」

「話す?」

「最後に礼と、言伝をな。僕にとっては幸せの鳥だったからね」

「ずっと思ってたんだけどさ、ピィちゃんってカノンが付けた訳じゃないよな」

「ああ……とんでもないほどお節介焼きで、どうしようもないくらい優しい奴が、そう呼んでたんだ」

「へぇ。何か、まんまカノンの事みたいだな」


 予想していなかった言葉が返され、僕は思わず目を丸くしてクロスを見た。そっぽを向いているが耳が薄っすらと赤くなっている。僕は人の悪い顔でニヤリと笑った。


「何だ、そんな風に思ってくれてたのか。随分大人びたと思ってたが、可愛いとこも残ってんじゃないか」

「はぁ?! 俺が言いたかったのは迷惑なほどお節介焼きでバカみたいに愛想がいいって事だ――」

「あ゛ぁ?」


 クロスが"しまった!"といった表情で固まった。分かりやす過ぎるくらいに目が泳ぎ出す。


「あ、いや、悪口じゃなくて……()()()()()って事でして……」

「……そうだな。お節介も愛想も、お前に使う道理が無い。ほら立て、今から()()()訓練をつけてやる」

「えぇ!? 今日はそんな雰囲気じゃ――」

「うるさい」


 ガツンと一発ゲンコツをお見舞いした。クロスは「いでーっ!」と声を上げ僕に不満をぶつけてくるが、それを無視して無理やり森の中へと引きずっていく。

 なんだかんだ言ってもクロスは絶対に逃げ出さない。そして決して手を抜かない。今も文句を言いいながらも既に気持ちは切り替えている。


 ――僕に出来るのは教え導く事だけだ。サレアみたいに籠の鍵を開けてやる事は出来ない。でも……


 いつかその籠が開いた時、自信を持って足を踏み出せるようにはしてやれる。


 それが叶わぬ事だとは知りながら、僕は願わずにはいられなかった。


 ――どうかこの子にも明るい未来がありますように





 数年後、クロスは自分で運命の歯車を回し始める。名前の通り沢山の運命を交差(クロス)させ、自ら未来を切り開いていく事になるのだが――それはまた別のお話で




 おわり







    挿絵(By みてみん)





これにて完結!! ありがとうございました☆

お次は本編にて

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