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運命の町



 治安最悪と言われるだけあって、この町は本当に最悪な人間の集まる場所だった。


 そこかしこに転がっているのは酒や薬に溺れた人間。その中には大人だけでなく、年端も行かない子供達までもが混ざっている。道を歩けば向けられるのは虚ろな目、店に入れば目に入るものの全てが異様な光景だった。


「シャオラァァッ!!」

「グァァーーっ! くっそ、この馬鹿力、ずりぃんだよ!」

「へっ、お前も懲りねぇな~。ほら、銅貨一枚だ。よこしやがれ」

「チッ、ほらよ。てめぇとは二度と賭けなんてしねーからな」


 そんな会話をしながら、まだ昼間だというのに男達がテーブルを囲んで酒を煽っている。質屋に来たはずなのだが、どうやら賭博場にもなっているらしい。俺は目深くフードを被り、そんな男達の所へ割って入った。


「ここの亭主はいるか」


 そう俺が声を掛けると、先ほど賭けに勝っていた屈強そうな男が怪訝な顔をこちらに向けて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「何だ、小僧。ここはガキが来る所じゃねーぞ?」


 見上げる程に大きいその大男は、俺の目の前までやってくと威圧するようにその鋭い目を向けてきた。俺はそんな男から目を逸らす事なく用件を伝える。


「質屋の看板を見て入った。買い取りはしてないのか?」

「あぁ? 何だ、客なのか小僧」

「……これを売りたい。査定してくれ」


 肩に掛けた手荷物から、俺は二丁の拳銃を取り出した。それは先日、野盗から奪った戦利品。大男はそれを見るや否や、真顔となって後ろで酒を煽る男達へと声を掛けた。


「おめぇら俺は仕事だ、っとっとと出てけ」

「はぁ? なに真面目ぶって――」

「いいから出てけ、放り投げんぞ! それと小僧、一回それをしまえ」


 俺は言われた通り、その拳銃を一度手荷物へとしまい直す。


「んだよ、シラケんなぁ。おい、行こうぜ」

「おう。じゃあなビスチ、あんまガキをイジメてやんなよ」

「また来るぜ~」


 男たちがぞろぞろと店から出て行くと、店内には俺とビスチと呼ばれた大男だけが残った。ビスチはテーブルに転がる酒瓶を拾い集め、片付いたそこへ座るよう顎をしゃくる。俺は促されるまま椅子に腰掛け、テーブルの上に荷物を置くと、その対面にビスチも腰を掛けた。


「さて小僧。俺の見間違いじゃなきゃ、さっき出した拳銃はグレゴリー一家のリーダーが所有してる魔道具だったと思うんだが」

「名前は知らない。これは野盗のリーダーから奪った物だ」

「奪った? 盗んだの間違いだろう」

「そいつはもう死んでるが……盗んだって事になるのか?」

「死んだ?! グレゴリーがか?」


 ビスチが目を見開き、前のめりになって驚きを露わにする。


「ああ。俺が殺して、俺が奪った。山道を下っていけばまだ死体があるんじゃないか? そいつ以外は誰のも残ってないけどな」

「……嘘だったら小僧、殺されんぞ?」

「もう殺したとさっき言った。心配ない」

「そういう意味じゃねーんだけどな……」


 そう言ってビスチは腕を組み、脱力するように姿勢を崩した。


「ハァ……嘘でも嘘じゃなくてもとんだ厄介事だぜ……」

「買い取りはしてくれるのかしてくれないのか、それが聞きたい」

「したいが出来ねぇ……お前がこの事を他言するなら、だがな」


 俺は意味が分からず、首を傾げる。


「グレゴリーはこの町を魔物とかから守る役目を担ってたんだ。こんな町でもここを治める領主がいてな、この銃はその領主が与えたもんでよ。同じ町に住む俺が買い取ったとなりゃあ返還を求められちまう。こいつはグレゴリーのもんだが元は領主のもんだからな」

「なら俺が黙っていれば?」

「俺が買い取って違う町に売りに行けるな。そのリスクを負うぐらいには価値がある」


 そしてビスチはニヤリと人の悪い顔で笑った。


「成立だな」

「ハッ、いいねぇその即断即決! 嫌いじゃないぜ」


 そう言ってビスチは銃を手に取り鑑定を始めた。細部まで確認するためルーペなどの道具を使い、じっくりと品定めをしていく。その間、ビスチはご機嫌に色々と話し掛けてきた。


「ところで小僧。お前、保護者は? この町のガキは孤児も多いがお前はここのガキじゃねーだろ?」

「ここへは一人で来た。自分の面倒は自分で見ている」

「そうかい。なら早くこの町から出るこった。ここは子供が一人でいるには過酷過ぎる。他所のガキとなりゃあ余計、な」


 思わぬ助言を受けて、見た目によらず優しい奴だと心の中で思った。


「それに俺はまだグレゴリーが死んだなんて信じちゃいねーしな。人としちゃクズ野郎だが魔法使い(ウィザード)としての実力はかなりのもんだ」

死霊術士(ネクロマンサー)としては確かにな。でも、詰めが甘すぎた。それなりに強い奴を連れていればもう少し勝負になったかもしれないけど」


 それでも聖魔法を使う俺とじゃお話にもならなかっただろう――そこまで言おうとして、目を丸くしたビスチと目が合い、言葉を止めた。


「……マジだったのか……」

「――ああ、死んだって事がか? さっき言った通りだ」

「いや、お前が……て、それもさっき聞いたな」

「奪おうとするなら奪われても仕方がない。それが物でも、命でも」

「そうか……お前、その年で慣れちまってんだな……」


 一瞬、ビスチの目が悲し気に細められた気がした。


「……っし、値が決まったぞ。一丁につき金貨二枚、それに口止め料として金貨一枚を払う。計五枚の金貨でどうだ」


 それは俺にとって破格の値段だった。銅貨一枚でパンが買える。銀貨一枚で宿に泊まれ、金貨一枚で一ヶ月は遊んで暮らせる。それがこの世界での通貨共通認識だ。


「そんなに価値があるのか? この魔道具は」

「ああ、質もいいし傷も少ない。グレゴリーは基本手下に労働を強いる奴だったからな。この値で買い取っても俺ならもっと高く売れる。これ以上高く買ってくれる奴は他にいないと思うぜ?」

「それだけ貰えれば十分だ」

「んじゃ……ほらよ」


 俺は金貨が入った小袋を受け取り、店を出るため席を立った。


「……悪い事は言わねぇ。この町を出な。お前にはきっと、ここは居心地が良すぎる」

「…………」

「子供が子供らしくいれんのは、子供のうちだけだぞ」


 その言葉を、俺は背を向けて受け流した。そして無言のまま店を後にしたのだった。





 ******





 俺がこの町に来てから三ヶ月が経った。ビスチの言う通り、弱肉強食が常のこの町はとても俺に合っていた。やるかやられるか、取るか取られるか、ここはその選択肢しかない。どこの誰かも分からない子供が金を使えば、それを奪おうと面白いぐらい輩が俺に群がった。奪おうとする奴に容赦はいらない、取ろうとするなら逆に取るまで――そんな毎日を送っていたら、いつの間にかそれだけの時間が経っていたのだ。

 色々な場所を転々とし、その日暮らしで生きてきた俺にとって、三ヶ月も同じ所に留まるなど初めての事だった。それはこのビスチと言う男の存在も少なからず関係している。


「よぉ、今日は時間掛かったじゃねーか。成果はどうだった?」

「多くはない。蝙蝠猿(バットモンキー)がいたから、それぐらいだ」

「いいじゃねーか! そいつの肉はなかなか美味いからな、飯屋が全部買い取ってくれる。んじゃ、新鮮なうちに売り捌いてくっか。店閉めっから戸締り頼んだぜ」

「分かった」


 とこんな感じで今、俺はビスチから仕事を請け負ってこの店の屋根裏に居候している。最初は宿屋の一室を長期で借りていたのだが、その行動はあまり良い事にならなかったのだ。

 噂を聞き付けた輩に毎日のように絡まれ、それが理由で出禁になった所もある。違う宿屋では値段を吹っ掛けられ、また違う宿屋ではその日の夜に部屋へ盗みに入られた。もちろん相応の報いを与えたが、俺は面倒くさくなって野宿をするようになったのである。そこでは孤児と思しき子供達が物乞いをし、盗みを働いては必死に逃げ惑う光景が毎夜目に入ってきた。治安最悪の貧困街……この町は正に、その通りだったのだ。


 そんな場所で収穫物を手に入れては、俺はビスチの店へと持ち込んでいた。いつものように得物を手に店へ入ったある日の事、俺に請け負って欲しい仕事があるとビスチから声を掛けられた。内容は日中に町の外を見て回り、害獣や魔物を駆除する事。その毛皮や牙、爪や肉などをビスチが専属で買い取り、寝床も提供するという話だった。まだこの町を出るつもりの無かった俺にとっては断る理由が無く、お互いに干渉はしないという条件でその話を受ける事にしたのである。


 そんな訳で、最近では俺の収穫物をビスチが高値で売り捌き、その成果の何割かを報酬として受け取るといった事が日々のルーティーンとなっていた。そして今日もいつも通り、ビスチが物を金に換えて帰って来る――はずだった。





 それは突然の事だった。戸締り途中の店の扉が勢いよく蹴破られ、慌てた様子のビスチが転がるように戻ってきた。


「……扉、俺は直さないからな」

「んなこたぁどうだっていいんだよ!! ちょっとお前も一緒に来い!!」


 両手に抱えた荷物を放り投げ、俺の腕を掴むと有無を言わさず引っ張っていく。訳も分からず連れて来られたのは町のメイン通路。入り口から一直線に続くその道に、大勢の人が集まっている。ビスチは人をかき分け前の方を陣取ると、自分の前に俺を立たせた。


「……何かあるのか?」

「何かどころじゃねぇ……俺は今日、死ぬかもしれねぇ」

「…………は?」

「――――っ! いらっしゃったぞ……リア様だ」


 集まっていた大衆が一斉に口を閉ざし、皆が同じ方角へ顔を向けた。俺もつられて視線を向けると、こちらにゆっくりと歩いてくる人影が見える。前後左右を騎士に守られ、その中心に立つその人物が一歩また一歩と歩を進めると、まるで地が裂けるかの如く、人が道端(みちはし)に列を成した。人々は誘われる様に膝をつき、そして祈りを捧げる様に頭を下げる。


 リア様と称されたその人物――俺はこの人がそうなのだと、直感した。


 ――あの方……セラフィナイト……白の……王


 純白の羽織物をなびかせ、絹糸の様な長い銀髪がキラキラと輝く。間違いなく美しいと分かるその顔をベールで隠し、その神秘的な雰囲気を全身に纏っていた。まるで人と思えない出で立ちに、しかし、その背丈と体躯から紛うこと無き"男"の"人"だと言う事が見て取れる。


 俺は微動だに動く事も出来ず、呼吸すらも忘れたまま、直立不動でその姿を見送った。その人物が通り過ぎるほんの一瞬、顔がこちらに向いた気がしたのだが……そんな自惚れを感じる余裕は俺にはなかった。




 その姿が見えなくなって、やっと止めていた息を吐き出せた。そして大きく息を吸い込むと、心臓が早鐘を打つ音が聞こえてくる。


 ――まるで時の止まった世界から戻ってきたような気分だ……


 周りの様子を伺うと、大半の人達がまだ現実の世界に帰って来れていないようだった。


 ――すごい存在感だった……こんな町の人ですら、俺みたいな奴ですら……この瞬間に打ち震えてる……


 その感覚が何なのかは分からない。だが間違いなく、俺は心で何かを感じたのだ。そんな俺の横で、ビスチが独り言のように語り出した。


「フリティラリア=セラフィナイト様――この星を守護し、俺達を女神様の下に見守り下さる聖なる方だ。まさかこんな町にお越し下さるなんてな……生きててよかったぜ」


 グスッと鼻を鳴らし、目頭を押さえてビスチは天を仰いだ。


「大げさ……とは言えないな。本当に人なのか?」

「限りなく神に近い人間、俺はそう思ってるぜ。見た事もねぇ神は信じちゃいねーが、目に見える神様は信じれる。あの神々しさはただの人には出せねぇよ」

「それは同感だ」


 俺はふと思った。あの瞬間、もしかしたら俺は罰せられかけたのではないのかと。動く事も出来ず、息をする事も許されず――それは悪魔の自分が神の光に滅されそうになっていたのではないか……そんな風に思ったのだ。





 ******





 あれから一週間後の事。いつものように仕事をしに出掛けようとした俺を、神妙な面持ちのビスチが呼び止めた。


「何だ?」

「話がある。そこへ座んな」


 普段と違う雰囲気に、とりあえず俺は素直に椅子へ腰掛けた。


「……この町がな、セラフィナイトの庇護下に入る事になった」

「庇護下?」

「この町を訪ねられたフリティラリア様がこの現状を嘆かれたそうだ。期限付きだが、町の立て直しに手を貸して下さるんだと」

「良い事じゃないのか?」

「良いに決まってんだろ。自堕落に慣れ過ぎた奴はこの町が変わる事に否定的だったりもするがな、リア様はここの住人に何かを強制したりする気は無いらしいんだ。あくまでも人的支援と金的支援、あとは住人達の意思を尊重する政策をここの領主に一任していったんだとよ」

「この町の色を残して改善できるなら文句はいずれ無くなるだろう」

「ああ、そうだな。ただ……リア様は一つだけ条件を出された。それだけは強制的に施行される」


 そしてビスチは俺へ、一枚の紙を差し出した。


「この町に孤児院が造られる事になった。身寄りのない子供は全員、そこに入る事が義務付けられる」

「…………」

「お前は賢い。ここに入って、教養を身に付けろ。どの道、魔法が使える奴はいずれ魔法学院への入学が義務付けられる。お前に力がある限り、それは必ずだ」

「俺はここの住人じゃない。それに、自分の事は自分でやれる」

「それは大人になってからやればいい。……見てみろ」


 そう言ってビスチは俺の前に全身が映る鏡を置いた。そこには十二歳の、年相応の子供が一人、映っている。昔から常に歳より大きく育っていたはずの体はなぜか今、その成長を止めていた。


「お前は子供だ。遊び、学び、大人に甘えんのも子供の仕事だ。ここの屋根裏から寝る場所が孤児院に変わるだけと思えばいい」

「狭い箱に閉じ込められるのはごめんだ。この町を出る」

「ああ、気に入らなきゃ出ればいい。お前には簡単だろうさ。だから、簡単な方に逃げるなよ」

「…………」


 ――逃げて……いるのか? 俺は……


 黙り込んだ俺の肩へビスチの手が置かれた。


「いいな。お前はそこで、足りないものを見つけて来い」


 そしてビスチに背中を押され、俺は孤児院へと向かう事になったのだ。




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