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弱肉強食、そして無慈悲



「よぉ少年。お前はどこまで行くんだ?」

「一人旅? 私達はね、礼拝へ【聖なる箱庭(アークエデン)】に向かっているの」


 荷運びついでに人も運んでいるような安馬車に揺られながら、同乗する俺へ話し掛けてきたのは年若い男女二人組だ。返事のない俺に代わり、隣に座る小太りの中年親父が言葉を返した。


「まーた随分と遠い所目指しておるなぁ。値は張るが列車で行っちまった方が効率よかないかい?」

「それはまぁそうなんですが、これはこれで旅行気分でのんびりとっていうのも楽しいんですよ」

「って言い訳の、ただの節約なんですがね」

「んもぅ、貴方ってば」


 俺以外の全員が楽しそうに笑い、その輪に馬車を運転する御者も加わる。


「聖地での礼拝って事は、あの方がお目見えするんですか?」

「そうなんです! 私、まだ一度もお姿を拝見した事が無いのでどうしても目に焼き付けたくて」

「こいつ、これから各地への巡礼が始まるからその前にって聞かないんですよ」

「だって巡礼先は非公開なのよ? 必ずお目に掛かろうと思ったらセラフィナイトの居城があるアークエデンに行かないとじゃない」


 なぜかその話が気になり、気付かれないよう聞き耳を立てる。


「アークエデンへの立ち入りは特別な時しか許されませんからねぇ。巡礼の始発地ですし、すごい人でしょうね」

「十年ぶりの開城ですもの。覚悟の上です!」

「セラフィナイトの名はあの方一人で背負われてるからなぁ。いやほんと、偉大な方過ぎて俺は直視出来る自信がありませんよ」

「ワシらの王は白も黒もあの方達じゃなきゃ務まらんだろうさ」


 ――あの方……セラフィナイト……王……


「そーいえば黒の王に御子が生まれるの、そろそろじゃないか?」

「そうね、もうそろそろのはずだわ!」

「じゃあ黒の王の方では巡礼中に嬉しい報告があるかもしれませ――」


 その時、盛大な爆発音と共に俺達の乗る馬車が派手に横転した。俺達は全員道に投げ出され、荷台の積み荷はそこかしこに散らばり、驚いた馬は木片を引きずりながら駆けて行ってしまった。そんな混沌と化した場にガラの悪い、物騒な出で立ちの男達が現れた。


「ひゃっはー! 久し振りにいい獲物にありつけたぜぇ♪」

「遠出してきた甲斐があったなぁ! お前ら、さっさと荷物を運び込めよっ」


 盗賊と思しき野盗共が転がる荷物を手際よく自分達の荷馬車へと積んでいく。その荷は中年親父の物だったようだ。慌てて声を出そうとして、それを制するように突き付けられた剣によって、発しようとした言葉を飲み込んでいた。悔しそうに唇を嚙み、怒りは拳を握り締めて耐えている。

 夫婦と思しき男女二人はお互いの震えを抱き締めあって抑え合い、御者の男は頭を抱えて地面にうずくまっていた。


 この世の中は弱肉強食――俺が男の下で唯一学んだこの世の理。目の前で起きるその様を、俺はただ眺めていた。


「兄貴ぃ~、若い女がいやすぜぇ? 連れていきやすか?」

「あぁ? んなもんいちいち聞いてくんじゃねぇ! 奪えるもんは全て奪うんだよ!」

「へへ、そうでやしたっ! って事で、おい女! こっちに来いっ」


 野盗が女の腕を掴み、強引に引っ張っていこうとする。女は泣きながら声を上げ、男が必死に抵抗していた。


「いやっ! 離してっ、離してよ!」

「おいっ、止めろ! 彼女に触るな!! あんた達も、見てないで助けてくれっ」


 男が俺達に助けを求める。子供の俺には藁にも縋る思いでだろうが、期待を込めた大人達へはその悲痛な言葉は届かなかったらしい。親父はサッと目を逸らし、御者は頭を抱えたまま動かない。男は目に悲しみの色を浮かべ、そして意を決したように女を引きずって行く野盗へと殴り掛かりに行った。


「彼女をっ、離せーーーーっ!!」


 しかし、その拳が届く事は無かった。


「――っ!? あなたぁぁぁーーっ」


 野盗の持つ(つるぎ)に貫かれ、男は地面に倒れた。


 ――哀れなもんだな……神へ祈りを捧げに行こうとして、大切なものも命までも奪われる……


 やはりこの世は弱肉強食。強い者が全てを奪い、弱い者は全てを無くす――強者が支配し、弱者は淘汰されるのが運命だ。そこには神も仏も存在しない。


「ったく、面倒かけさせんじゃねーってんだよっ」

「あなた……あなたぁ……」

「おら、メソメソしてねーでこっちに来い!! お前には今日から男がいっぱいいるんだからよぉ」


 そう言って下卑た嗤いを見せながら野盗が女を引きずっていくと、入れ替わりに兄貴と呼ばれていた野盗がこちらに向かって歩いてくる。そいつは俺の前までやって来ると、顔を寄せてまじまじと観察し始めた。


「こいつぁ……えらい上玉じゃねーか」

「…………」

「ハッ、ここ最近じゃ一番の獲物だ! 高く売れるぜぇこいつは。お前ら、このガキも連れて来い! 残りの奴らは所持品奪って口を封じとけっ」

「「「へいっ!!」」」


 リーダーであろう兄貴と呼ばれた野盗が踵を返して歩いて行くと、手下の野盗が俺達を取り囲み、薄ら笑いを浮かべながら近付いてくる。御者は絶望に顔を歪め、中年親父は諦めたように項垂れていた。俺は表情を変える事なく、無表情のまま静観する。


「何だぁ? 怖くて声も出ねぇってか? カワイ子ちゃ――」


 そう言って俺の顔に手を伸ばした野盗の腕を、懐にしまっていた短刀で切り飛ばした。


「ぎゃぁぁぁぁーーっ」


 汚い叫び声を上げながら、血が噴き出す腕の断面を押えて野盗が地面を転げまわる。


 ――しまった……バリアを張るの、忘れてた……


 返り血をもろに浴びて心底不愉快になりながら、俺は仕方なく重い腰を上げた。


「奪うなら、奪われる覚悟をするんだな」


 そう言葉を発すると、周りを囲っていた野盗達が殺気立ち、血の気の多い何人かが俺に斬りかかってきた。売り物に傷が付くとでも思ったのか、リーダーが慌てたように声を上げる。しかし、それを言い終わる前に俺は魔法で片を付けた。


「“炎爆(フレイム)”」


 斬りかかって来た野盗達が燃え盛る炎に焼かれていく。あっと言う間に消し炭のように黒くなり、地面に倒れ、息絶えた。


「何だ、こんな魔法すら拒絶(レジスト)できないのか」


 相手が魔法を使えないただの人間だと分かり、俺は残りの野盗にもフレイムを放つ。阿鼻叫喚の叫び声が響き渡り、それはすぐに聞こえなくなった。


「……あとはあんたと、取り巻きだけだな」


 そう言って、俺は野盗のリーダーへと向きを合わる。驚愕の表情はしかし、すぐに不敵な笑みへと変わった。


「恐ろしいガキだな、お前。人を殺すのにためらいがねぇ」

「…………」

「大悪党の素質あるぜ。どうだ、俺と一緒に来ねぇか?」

「…………」

「俺の手下になりゃあこの事は水に流してやる。蹴るなら……死ぬより辛い目に合うかもしれないぜ?」

「…………」

「さあ選びな。答えを聞こうじゃねーか!」


 まるで否を唱えるとは思っていない様子の男に、俺は表情を変える事なく告げる。


「欲しければ、自分が強者だと証明したらいい」

「……言ったな。後悔するぞ」


 リーダーの男は笑みを消し、懐から二丁の拳銃を取り出した。


「聞き分けのねーガキにはお仕置きが必要だなぁ。“蘇食屍鬼(アンテッドムーブ)”!!」


 男が俺の倒した野盗達へと拳銃を撃った。だが、弾の代わりに撃たれたのは紫色の不気味な魔弾。そしてそれを受けた屍が、まるでゾンビのように動き出した。


「どうだ? 今なら"ごめんなさい"で許してやるぞ?」


 得意げな男に、俺は内心首を傾げる。


「……“炎爆破(フレイムバースト)”」


 先程よりも威力の高い火魔法で屍を完全に焼き尽くす。死体を起こしただけじゃないのかと少し疑っていたのだが、やはりそれだけだったようだ。


「強者の亡骸でも転がってたらよかったな。それも、消してしまえば意味ないだろうが」


 その俺の言葉に、男はなぜか盛大に笑い出した。


「ハーッハッハァ!! そうか、これを見せれば怖気づくと思ったんだがなぁ。しかもまだ上の魔法を使えんのか。そうかそうか……」


 そして男の目が剣呑に細められた。


「やるしかねぇなぁ。お前ら、恨むならあいつを恨めよ? “累食屍鬼(アンテッドメイド)”っ」


 後ろに控える手下の野盗達へ、次々と魔弾が撃ち込まれていく。それは生きた人間を死霊へ変え、生のエネルギーを純粋な力へと変換させた生物兵器を生み出す非道な魔法。その魔弾を受けた野盗達は呻き声を上げながら白目を剥き、命尽きるまで戦い続ける男の操り人形となった。


「魔力のほとんど無い人間でもなぁ、命を使りゃあそれなりに強くなるんだぜ? これだけの強化人間、一人で相手出来るかな?」


 男は愉快そうに、口元を歪めて命令を下す。


「いけっ、お前ら!! 四肢を喰い千切って俺の元まで持って来い!!」


 そして男の命令に従い、アンテッドとなった野盗達が束になって飛び掛かってきた。しかし――


「凄い魔法なんだろうが俺との相性が最悪だったな……“浄化の光”」


 放った聖魔法が一瞬にして死霊達を消滅させていく。キラキラと輝く砂のように、それは風に吹かれて消えていった。


「……は?」


 状況を理解させる間もなく、俺は男の胸に短刀を投げた。それはしっかりと心臓に刺さり、程なくして男は後方へと倒れていく。その一瞬、男の目が俺を捉える。


『悪魔』――そう、言っている気がした。





 野盗のリーダーが死んだのを確認し、俺は血で汚れた自分へ浄化魔法を掛け、身を整えた。そしてリーダーの男が使っていた拳銃など目ぼしい物を物色していると、後ろの方で女の叫ぶ声が耳に入る。


「あなたっ! ねぇあなたっ」

「……お、前……助か……の……か?」

「えぇ……えぇ、生きてるわ! だからあなたも死なないでっ」


 どうやら相手の男はまだ息があったらしい。だが、体を剣で貫かれている以上時間の問題だろう。そう思っていると、御者の男が徐に口を開いた。


「あの子なら……もしかしたら、助けれるかも……」


 女は聞くよりも先に俺の下まで走ってくると、縋るようにして声を震わせた。


「お願い……もし出来るなら……彼を助けて!」


 涙で濡れた顔を向けられて、しかし、俺の口から出る言葉は一つだけ。


「……なぜ?」


 女は愕然とした表情で固まった。困り顔で中年の親父が口を挟む。


「なぜって……すでに助けてもらっておいて図々しいかもしれんが、君以外に彼を助けれる人はいないんじゃ。ワシからも頼む。彼を救ってはくれんか」

「……だから、なぜ?」


 その俺の言葉に、御者の男が怒りを顕に声を荒げる。


「人が目の前で死にそうなのに、何でそんな冷静で冷たいんですか! 感情が君には無いんですか?!」


 言って、なぜか御者の男が慌てだした。親父に「言い過ぎじゃ!」と嗜められていたが、俺は何を気にする事もなく言葉を返す。


「さぁな……思考からくる感情は有るが、気持ちで動く感情は無い。これが有ると言うのか無いと言うのか……」


 先程の返り血のように『汚れるから嫌だ』と言った理屈による感情はある。しかし、今みたいに『可哀想だから助けなきゃ』と言うような感慨からの感情は全く無いのだ。


「奪われた者はそれで終いだ。この積み荷だって奪った奴らから俺が奪った。その男は女を奪い返せなかったのに今、女は返ってきた。それだけでも幸せだろう」

「り、理屈はそうだが、人としてそれは――」

「見て見ぬフリをして見殺しにした奴が()()を語る、ね」

「――っ」


 沈黙による静寂が辺りを包む。その沈黙を破ったのは女の行動だった。


「何でもします……何でも払います……対価は必ず……だから、お願いします……」


 女は額を地面に擦り付け、消え入りそうな声で懇願する。


 そんなシリアスな場面で、俺のポケットからあるものが飛び出てきた。俺は冷めた目でそれを見詰め、そして小さく、溜息をつく。


 急かされるように頭を突かれながら、今にも事切れそうな男の所まで足を運んだ。


「……分かったから、飛び回るな。聖なる癒やし(ホーリーリペア)


 瞬く間に傷が塞がり、男の顔に精気が戻る。すると満足したのか、小鳥は俺のポケットへと戻ったのだった。






 その後、全てが面倒くさくなった俺は野盗から奪った荷馬車に全員を乗せ、山道を進んでいた。助けた気など全く無い俺は御者の男に馬を買わせ、中年の親父には奪った積荷を買い取らせた。

 この世界は弱肉強食。奪われた物を取り返すには、それなりの対価が必要だ。


 俺はあのボロ小屋を出た後、ずっとこの考えの下に生きている。約二年間、それで人に恨まれ恐れられる事もよくあったが、それでも良心の呵責に苛まれる事など皆無だった。唯一あるのはただの気まぐれ。まさに、今がそうだった。


「……本当に、ありがとう。君が居てくれなければ、俺達は皆死んでいた」

「そうじゃの。懐はちと痛んだが……ワシの荷物も無事戻ってきた。感謝しておる」

「僕も、馬が二頭から四頭に増えて結果的に得をしました。ありがとうございます」


 道中逃走していた馬を見つけ、御者は嬉しそうにその二頭の馬を荷台に繋ぎ直していた。元々愛着もあったのだろう、商売道具も二倍になり、現金な程ご機嫌になっている。先程の殺伐とした雰囲気とは打って変わり、そこには和やかな空気が流れていた。


「でも……本当にいいの? 何も払わなくていいだなんて……」

「必要なのは金目の物だけだ。何も持ってないんだから仕方ないだろ」

「じゃあワシの積み荷も割り引いて……」

「…………」

「……すまん」


 ギロリと目を向けると、親父は縮こまって頭を下げた。それに苦笑いしながら男が質問を投げ掛けてくる。


「俺達はこのまま三つ先の街まで行きたいんだが、君も来ないか? そこでなら出来る限りの謝礼を払える。そして可能なら、その街までの用心棒を頼みたい」

「……用心棒?」

「ああ。野盗の襲撃で時間を取ったせいで今日は野宿が必要になる。次の町に宿を取る事も出来るんだが……」

「治安が悪過ぎるの。私達なんていいカモだわ」

「その先の町には馬を走らせ続けても明け方までかかります。危険を承知で町に泊まるか、比較的安全な道中で野宿をするか……」


 ――へぇ……随分と、俺向きの町があるじゃないか


「その治安の悪さとやらはどの程度なんだ?」

「貧困街、と言いますか……とにかく何でもありの無法地帯と聞いてます」

「そうか……ならば明日の朝、その町まで俺を送り届けろ。情報料だ、それまでは面倒を見てやる」

「お、おい、子供がそんな物騒な所に――」

「返事は二つに一つ。否ならばお前達の命の面倒は見ない」

「ぐっ――」


 そして仕方なしと言った感じで、全員が無言で首肯したのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 翌日、俺は治安最悪と言われる町の近くで馬車を降りた。振り返る事なく歩き出すと、その背を女が追いかけてくる。


「待って! これ、とてもお礼になんてならないけど……」


 そう言って俺の手を取り、十字架(クロス)の首飾りを握らせた。


「私には、君が自分の運命を呪っているように見える……諦めないでね……きっと素敵な出会いが貴方にもあるわ」

「……神を信じて殺されかけた人間が神を信じろって言いたいのか?」

「いいえ……でも、女神様が見てて下さる。あの方が女神様と私達を繋げて下さっている限り、貴方の事もきっと女神様は見ていて下さるわ」

「迷惑な話だ」

「ふふっ。君にも、女神様のご加護がありますように――」



 そしてこの数か月後、俺はこの町で運命の出会いを果たす。それは自分の人生を大きく変える、正真正銘、運命という名の奇跡的な出会いだった。





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