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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アンマシナリー・ガールズ

作者: 楸 椿榎

 休日の昼間、街中の閑散とした公園に異様な機械音が響いた。

「もう、何でいつも壊しちゃうんですか!」

「いやー、ごめんごめん。つい嬉しくなっちゃうんだよね」

 話しているのは高校生くらいの少女二人。尻餅をついている方は、両足にものものしい機械を取り付けている。頭をかいて申し訳なさげに笑っている。

 その機械を取り外そうとしている方は、怒り顔をしながらも口元に笑みを浮かべていた。

「これで何度目ですか。補助金も無限じゃないんですから気を付けてください」

「そうだったそうだった。でも、今回の故障は使える部分かなり残るんじゃない?」

「まぁ確かに、壊れた部分は単純なところだけなので、交換すればどうにか……」

「だよね!」

「もしかして、全て折り込み済みでやりました?」

「いやいやいや! パッと見だよ! 私もこれでも技術者なんだからある程度は分かるって!」

「それもそうですね。すみません」

「いや、謝るのは私の方だし……、ごめん」

「ふふっ、なんだか可笑しいですね」

 笑って、少女は車椅子と荷物運搬用の自動台車を持ってきた。

「いつも悪いね、理華りか

「もう慣れましたよ、よう先輩」

 理華と呼ばれた少女に抱き抱えられて、陽と呼ばれた少女はその小さな体を車椅子に乗せた。

「じゃ、ラボに帰ろっか」

「はい」

 車椅子に付属したアームで足に装着していた装置を台車に積み込んで、二人は公園を後にした。


 二人がこのような生活に身を置くことになったのは、政府による『身体障害を取り除くための装置開発補助金制度』が発表されてからだ。

 それ以前にも二人は高校生でありながら機械開発における数々の学会に論文を発表し、賞を得ていた。そんな二人がお互いのことを知らないことはなかった。かたや自らを被検体にした科学者、かたや天才と謳われる科学者。所属している高校も近かったので尚更だ。お互いに同じ学会に出たときには連絡先も交換していた。

「これ、やってみませんか?」

 打診してきたのは天才、理華の方だった。

「いいね、私を誘うってことは作るのは足?」

「そうです。陽さん用の足です」

「私用?」

「つまりは、車椅子で生活している人向け、です」

「あぁ、なるほどね」

 陽が反対する理由は微塵もなかった。政府としても、実力がある二人を当選者の一組に選ばない理由はなかった。


 二人の開発は途中まで順調に進んでいたが、陽が『足』を壊しまくるようになってからは、その速度が落ちていた。

「今回のは予想外の方向からの力による負荷。あれを受けきるには……」

「ねぇ理華、あの場合普通の人間でも体制は崩れるんだし、そうなる前に補助すれば」

「それは難易度が高すぎます。それに人間の足はあれくらいじゃ壊れません」

「だったらさ、ここの構造を少し変えるとかはどう?」

 腕組みをしながら考え込む理華に、陽は手持ちの電子パッドに図を書いて代替案を示す。

「それならどうにか出来そうです」

「どのくらいかかりそう?」

「うーん、二週間くらいですかね」

「なるほどね。私が手伝えば一週間か」

「いいんですか? 大学の受験勉強は?」

「推薦で通った」

「おぉ、おめでとうございます」

「まぁこの近くの国立大だけどね」

「え、先輩ならO大学も行けると思いますけど」

「ここの居心地がいいからさ。それにあそこは研究機材もたくさんあるし、推薦でO大は私でも無理だよ」

「先輩らしくないですね」

「そんなことないよ。っと、それじゃ修復作業に入りますか」

 話しているうちに理華の家の離れ、通称ラボに到着した。離れとは言っても広さは小規模の工場ほどもある。

 ここには大学教授である理華の父と母が集めた機材が配置されている。陽が自分で集めたものも一部はここに置かれており、二人の活動拠点となっている。

「じゃあ私は解体に回るので、先輩は新パーツのモデル製作お願いします」

「はいよ、あとプログラムちょっと見直すわ」

「ありがとうございます。変えたところ後で教えてくださいね」

「りょーかい」

 二人はそれぞれの作業に入る。理華はハードに強く、陽はソフトに強い。それぞれの強みを活かすように作業を分担していた。


 一週間後


「もう、また壊して!」

「ごめんごめん、まさか犬の糞がこんなど真ん中にあるとは思わなくてさ」

「ふざけて盆踊りとかするからですよ」

「ごめんって~」

「……これ以上壊すなら、私、先輩のこと嫌いになりまs」

「それはダメ!」

 いきなり出た大声に、理華は目を丸くした。

 言った当事者も、気が動転しているようだった。

「ごめん、大声出ちゃった」

「いえ、私も冗談で言い過ぎました。すみません」

「帰ろっか」

「はい」

 いつものように帰る二人。でも今回は、帰宅中の二人の間に会話はなかった。


 二週間後


「うーん」

「取り敢えずほとんどの要件は満たせるものができた、けど」

「ちょっとこれは人間じゃないですね」

 二人は『足』のプロトタイプを完成させた。それは人間の二足ではなく、蜘蛛の足のように伸びる四足だった。あらゆる地形、考えられる転倒の防止、などなどはクリアするが、人間の足には程遠かった。

「これを二足に……だとしたら内部構造はかなり複雑に……それこそ筋肉や骨を外側から構成するくらいじゃないと……でもそれは……」

「人間の足みたいに、って必須だっけ?」

「言い出したの、たしか先輩ですよ?」

「え、そうだっけ?」

「そうですよ。そうでなきゃ私はこれで……」

「え、何て?」

「いえ、でも先輩はこれでいいんですか?」

「残りの日数的にこれ以上の進化は難しそうだし……。人間みたいな足は来年分の課題として提示して開発を継続するって言うのは?」

「補助金は連続して選定されることはないです。それがないなら材料費等々わたしたちで工面することになりますよ」

「……私は、それでもいいよ」

「……何でですか?」

「え?」

「何でそんなに弱気なんですか!」

 語気の強い理華に、陽は一瞬たじろいだ。

「なんであと少しだけどやれるだけ人間に近づけてみようとか言ってくれないんですか! 向こう見ずな先輩はどこに行ったんですか! なんで人間の足に対する執着を捨てちゃったんですか! なんで……先輩みたいじゃなくなっちゃったんですか」

 理華は、怒りと共に涙を流し出した。

「え、ちょっと!?」

「私は、先輩だから誘ったんですよ?」

「へ?」

「足が動かなくても、車椅子で元気に走り回って、学会で会えば素敵な話をたくさんしてくれて、連絡先交換してからは気楽に話を聞いてくれて。そんな先輩だから、私は力になりたいって思ったんです。そんな先輩と、並んで歩きたいと思ったんです」

「理華……」

「私は、先輩が好きなんです」


 二人の間に、無音が流れる。


「言っちゃった。もう私たち、普通には戻れませんね」

「そう、だね」

「すみません。いきなり泣いちゃって。もうこんなこと言いません。さっきのも明日には忘れてください」

「やだ」

「え?」

「絶対忘れない」

「な、何でですか?」

「私もさ、好きなんだよ、理華のこと」

 陽は目に涙を溜めて、笑顔と共に頬に垂らした。

「理華よりは後だけどさ。この開発期間中、ずっと一緒にいたらさ、なんというか、こう、さ。好きになっちゃったんだよ」

 声が揺らぐ。理華は無言で陽を見つめる。

「それでさ、この開発が終わったらこんなのももうないかなぁって思ったらさ、嫌になってさ、だから、さ、終わらせたく、なく、て」

「先輩」

「だから、大切な試作品なのに壊しちゃって、でも無駄にしたら、あんた、悲しむからさ? 出来るだけ早く直せて、ちょっとだけ遅れるようにして、……ごめんね」

「……」

「……」


 二人とも、泣いた。声もなく。鼻をすする音だけが聞こえる。


「……馬鹿です」

「馬鹿だね」

「お互い」

「お互いだね」

「これが終わっても、一緒ですよ」

「なら、頑張れる」

 パァン、と両頬を思いっきりはたいた陽は、涙と鼻を拭った。

「よっしゃやるよぉ! こっからあと、えーと……」

「一週間と三日です」

「うん、そんだけの期間で、出来るとこまで人間の足にするよ!」

「はい!」

「構造自体の問題点と改善策は五個くらい思い付いてるからそれガンガン試していくよ!」

「え、今の一瞬で考えたんですか!?」

「二つは前々から考えてたけど、残り三つは今考えた!」

「……私やっぱり先輩のこと嫌いになりそうです」

「えぇ!?」

「……ふふっ、嘘です!」

「嘘でよかった! あとその嘘これ限りにしてね!」

「先輩が私に嫌われるようなことしなければ言いませんから!」

「言ってくれるねぇ、んじゃやるよ!」

「はい!」


 二人はそこから二週間、食事、睡眠、排泄以外の時間を全て開発につぎ込んだ。そして。




「それでは、今回の最優秀賞を発表します」

 ドラムロールが鳴り、読まれる。

「『下半身の稼働補助用ガジェット』。開発者は、静陵せいりょう高校三年、風波かざなみ陽。夕日高校二年、新庄しんじょう理華」

 表彰を受け、コメントを一言ずつしてから、席に戻る。

「やったね」

「先輩のお陰です」

「私の意図通りに作った理華はすごいよ」

「ありがとうございます。でも、先輩がいたからこそできたんです。そこは認めてください」

「……へへっ。ありがと」

「先輩、照れるとかわいいですね」

「っ! 後で覚えとけよぉ」

「はい、楽しみにしてます」

 式は恙無く終わった。

 建物を出た瞬間に、陽は理華に突っかかり出した。

 二人とも笑顔で、楽しそうにじゃれていた。

 その光景は、陽が大学生になってからも、二人が社会人になってからも続いた。

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