真の勇者の元で働く編7
全てが終わった後、トウドウ・シン・デーンは、一人になっていた。メディアは、故国、実家と和解が成立した。ラセットは、彼女を迫害していた魔王が倒されたわけだし、先代魔王の孫という血は魔族にも、安定した関係を望む人間亜人にとっても、打って変わって必要不可欠な存在価値だった。イシスが天界に、本来の女神としてくれるのだから帰るのは当然のことだったが、ディーテも天界にその座を与えられることになって、彼女も天界に旅立ってしまった。正直、寂しさが身にしみたが、元々そのつもりだったし、そうなるはずだった、単に回り道しただけだと思い直したし、気楽になったわけだし、未来を楽しめるようになったのだと、自分に言い聞かせた。小さくはない、余りにひどいと言うわけではない辺境の領地、半分は荒れ果ているが、その半ばは魔族の侵攻が原因だし、残りの地域でも平均的な生産があるのは一部だが、その他の部分も小さいが幾つか都市があり、田畑、牧場が点在とはいえ広がっているから、平和になり、人手と資金があれば開発は進められるし、魔獣が徘徊しているというのも、魔獣狩りでの収益も期待できる。そして、低くはない地位とそれほどではないが、それなりに役に立ち特権の幾つかが与えられたし、多額の金銀貨も与えられたのだから、本来の予定どおり、のんびりとした領主生活を始められる、そこまで安定するには、しばらく時間がかかるとは言え、そういうわけだから。だから、トウドウは、真の勇者デューク・フリードに礼を言って、彼のもとを辞して、自分の領地に向かって出発したのである。とにかく、自分の領地に早く行き、新しい生活を始めたいと思っていた、いや、思おうとしていた。それでも、自分が戦い、助けた所で自分のことが忘れられ、と言うよりデューク・フリードに置き換わっていることを見て、少しばかり愕然とした。ここに来て、語ったのはトウドウであるはずなのに、デューク・フリードは来ていないのに、デュークが、人々はここで、どのように戦い、語り、ここの産物を食べたかを語った、トウドウに。彼は笑顔を維持するのに苦労した。
「爺さん、それは俺が言った言葉だよ。」
という言葉を何回も呑み込んだ。
彼ごときでは、個人も、村も、町も、都市も外にむかっても、幼い者達にも誇れない。自らを守ろうとする本能的行動でもある。民衆はデュークの意図を見抜いていたのかもしれないし、彼にすがることの利益を知っていたのかもしれない。トウドウは、気付かれないように溜息をつき、顔が引きつるのを何とか抑えながら、人々が語るデューク・フリードにおきかわった自分の武勇談を何度も聞かされながら旅を続けて、ジャンヌ王女の国に足を踏み入れた。もちろん、通過するために。
ジャンヌ王女は、トウドウに、いろいろな形で、いろいろな意味から、好意を寄せていた王侯貴族がいることを、魔王が勇者に倒されたあとの各国間の交渉の過程で知った。しかし、誰もが手を差し伸べること、あるいは恩に報いようとすることは控え、彼から離れていった。勇者からの無言の圧力、本当に?何人かが突然死に、幽閉されたり…。考えて見れば、彼に肩入れすることは、何らかの野心がある、争いの種になると心配するのも、未然防止に動こうというのも意味があると思った。彼女も同じだった。領内に彼がいることに対して自制した。自分には婚約者がいるし、その婚約者を愛しているし、結婚も間近である。トウドウとの関係は、師弟のそれに近いものだと思った。それが、彼に何時もまとわりついていたあの4人がいないという言葉を聞いて心が激しく揺れた。そして、彼が一人で彼女の前にいる。
「トウドウ・シンデーン殿。お目通りの時間は、そろそろ過ぎたかと…。」
近習の聞こえよがしの声が聞こえてきた。”勝手に呼びつけられたのはこちらの方だぞ。“と思ったが、それなりの報酬、支援をもらったこともあり、彼は頭を深々と下げ、
「身に余るご好意、深謝いたします。領地に向け、出発しなければなりませんので、失礼いたします。」
退出しようとする彼の背中を目にして、ジャンヌ王女は、思わず声をだそうとし、一歩前にでようとした時、二人の高官が国王に報告しようと近づいてきた。しかしその前に、ざわめきが聞こえ、
「いけません。」
「ええい、おどきなさい。」
扉が大きな音をたてて、開けられた。
「何ごと!」
「近衛隊長が、私を置いて行って、どうするつもりよ!」
軽装の質素な鎧を着込んでいたが、いくつももの宝石をはめ込まんだ装身具をいくつもつけた女の騎士が、警備の兵士をなぎ倒して、トウドウに飛びついて、首に抱きついた。
「どうしたんだ?私はもう、お払い箱だったのではなかったのか?」
「何言ってるのよ!あなたのために、あの領地の隣の領主と領地を、交換したのよ。あなたと私の領地とで面積が倍になったし、あそこは人も多いし、田畑の開墾も進んでいるから、あなたの領地の開発に役に立つわよ。別に、墓参りのために小さいけど、王都に近い領地も確保したわ。こういう土地が飛び地であれば役に立つわ。それに、私の元からの家臣や使用人、領民も連れて来たわ。勿論、金、食料、資材もちで。追加の供給も約束させてあるわよ。これも、新しい領地の建設に役に立つでしょう?」
一方的にまくし立てて、それが終わると唇を重ね、舌を差し入れてきた。彼はそれに応じて、舌を絡ませた。二人の長い口づけが終わった時、天井のステンドガラスが割れ、
「お兄様!~!」
割れたガラスとともに、軽装の鎧と華やかな装身具をつけた女の魔族の戦士が落ちてきた。彼女はトウドウに飛びつき、抱きしめた。顔を彼の顔に隙間のないくらい密着させ、
「お兄様!マスター!私ね、魔王代理なんて断ったの。大公としてね、お兄様の領地の隣に私の領地を確保して、魔界のもめ事から離れたの。公都、名ばかりだけど、公都というだけにそれなりのものはあるし、私の部族も移ってくることになっているの。お兄様の領地経営にも役に立つわよ。」
彼女も一方的にまくし立てて、彼に口づけをした。舌の絡み合う長い口づけが終わって唇を離すと、ようやく我に返ったメディアが二人の顔を、引き離しにかかった。
「あんた、幼なじみの許婚と結婚して魔王になると言って、意気揚々と魔界に戻ったんでしょう?今更何で帰ってきたのよ!」
「あら、あんたいたの?腹黒王女。」
ラセットは鼻でせせら笑った。真っ赤になったメディアは、
「このクソ魔族女!」
「フン。そんなのデマよ。あんたこそ、どこぞの王族と結婚するんじゃなかったの?」
「それこそデマよ。」
彼を挟んで睨み合う二人を両腕で抱きしめ、“二人とも危なくなるのを見越して、逃げてきたわけか。”と思いつつも、
「まあ、理由はどうあれ、帰ってきてくれて嬉しいよ。この次は、離れることは許さないからな。」
強く抱きしめた。不満いっぱいだが、一応ホッとして彼を見上げる二人の顔は可愛かった。メディアが国に戻ったのは、勇者の仲介で兄の王太子との和解が成り立ったのだ。ラセットは、魔王なき後、魔界が一応安定し、人間達に穏健な体制を作らせるのに都合の良い存在として、魔界の側からの要望もあって送られたのだ。当人達も、それに乗ったわけだが、そう上手くいかなかった、自分自身の立場は危ういということで不利でも妥協して、トウドウに頼ることが得策だと判断したのだろう。
「許さない、どうする積もり?」
「どうしたらいいの?」
不安そうに尋ねた。
「正式に妻妾にする、地位につける。一蓮托生になってもらう。」
二人は互いに、少し睨み合った後、
「いいわよ。あなたの正妻になっているあげる。」
「お兄様のそばにずっといられるなら、それで満足です。」
“それなりの国になっちまいそうだな、これでは。国レベルの開発、統治を考えないといけないか。こいつらには、大いにガンバってもらわないとな。”
ジャンヌは呆れた。そして、何も言わない自分自身にも呆れた。何度も、彼と対立した。彼の報酬を求める態度や金を得ようとする態度が我慢出来なかったし、蔑み、それを非難して、報酬などを話すのを拒否した。彼の置かれた立場は分かっていたのに。”あれは、彼にそうした行為をして欲しくない、彼はそんなことする必要がない人間なのだと駄々をこねていたのだ。“さらに、あの4人が、彼に相応しくない女達を傍にいさせることが許せない、と思って、彼にあたっていたのである。それらのことにジヤンヌ王女は、ようやく、はたと気がついた。彼女が、彼にかける言葉を思いついた時、彼らは、既に退席していた。ジャンヌ王女が、既に城門の外にいた彼らに追いついた時、彼らの前に、更に二人の女が待ち構えていた。
「我は、お主を召喚した者だからな、最後まで責任を取る義務があるじゃろう。」
「私はお前が神と認定した存在だ。お前と共にあるのが当然だろう。」
メディアとラセットは、この二人を睨みながら、トウドウの腕を自分の体に押さえつける力を強くした。“天界で満足出来る地位が得られなかったか。”
「今頃、神様から人間になりますの?」
メディアの言葉に、ラセットが大きく首をたてにふった。
「地上の神だ。役にたつぞ。」
「その通りだ。」
イシスの言葉にディーテが相槌をうった。少し、それでも心配そうだったのだが、
「嬉しいよ。もう妻妾にするから、天界へは、もうないぞ。」
パット明るい表情になった。彼の両脇は、膨れたが、諦め顔でもあった。
「それにだな、お前のかつての仲間で、望む者も集めて、送っといたぞ。勿論、糧食も持参させてな。」
「ちゃんと安心できる、役に立つのを厳選しておいたぞ。」
二人も自分の貢献をまくし立てた。メディアとラセットは自分達のことは棚にあげて、呆れていた。
「二人ともありがとう。助かるよ。では、早く出発しよう。時間が惜しい。」
二人は、メディアとラセットが両脇でしっかりガードしているので、彼の前に、顔が触れるくらいに近づいて、
「上をみよ。今すぐいけるぞ。」
と指で上を指し示した。上を見ると、巨大な魔方陣が輝いていた。転移の魔方陣だ。
「向こうに対を作ってある。すぐ飛べるぞ。」
「それとも、歩いて行きたいか、どうしても?」
人間達が、転移魔法で遠くに行こうとすると、かなりの高位の魔法を使える者でも、それなりの日数を要する。二人は、元来神なので、すぐに、容易にやってのけるし、実際行ってきた。しかし、今回は、巨大だ。多分、メディアやラセットが連れて来た連中や荷物も含めているのだろう。流石に心配になった。二人も、その懸念を察して、
「心配するな。女神が二人がかりなのだぞ。」
「神石なども用意して、事前に準備しておったのだ。多少は、疲れるがだいじょうぶだ。」
ここまで言われると、信じて、受け入れるしかないと彼も思った。
「では、一気に転移するか。」
メディアとラセットは家臣、従者などを呼び集めた。
「たったそれだけ?魔界の姫君様?」
「あっちにいる人数では、はるかに勝っているわ。」
魔方陣は、耀きだし、その耀きは直ぐに彼らを包み込むと、しばらくして消滅した。急いで駆けて来た、ジャンヌ王女が言葉をかける前に。