真の勇者の下で働く編6
シンとジャンヌ王女との間に激論が展開された。魔族との戦いは聖戦であって、商売のように、まず報酬を求める彼の態度に、嫌悪感を抱いているとしか王女のとる態度は思えなかった。しかし、部下の生活を考えないなければ戦力を維持出来ないのは明らかであるのだから、シンは引けない。流石に、彼女の側近達は彼女自身の心情に同調はしつつも、現実的な対応を取ることを彼女に必死に意見をした。そのため、ほどなくして、彼の要求がほぼ認められることになり、周辺地域からの魔族の軍の撃退を始めることとなった。
集められる限りの兵力を集め、トウドウ達が先頭になって魔王軍との戦いが始まった。当初こそ激しく抵抗したものの、先頭に立って指揮をとっていた小魔王クラスの魔族が、激突した早々に、その親衛隊ごとトウドウに倒されることが二度続き、さらに少数の精鋭でジャンヌ王女の本陣を奇襲したまのの、たまたま居合わせたトウドウに瞬殺されてからは、みるみる士気は落ちて、ひたすら後退を始め、遂には崩れるように総退却を始めた。奇襲のあった日、ジャンヌ王女は目の前にいるシンデンをなじっていた。彼が魔族からの戦利品の売買に手を染めていることなどに、勇者にかつて準じた者の名誉を穢す行為だ、と非難した。臣下達は、
「所詮、まがい物。卑しい心根の下民。そういう者はそういう者。気になさることではありません。」
となだめたが、彼女はどうしても我慢がならないようだった。
「私も含めて、霞を食って、徒手空拳で、将来のたれ死にすることを覚悟して戦うことはできませんから。」
彼の弁明はわかるが、それを聞くとますます苛立ちを感じた。
「この人、これで、教会や村々の復興や孤児の救済などに、金を寄付したり、労力を提供しているのよ。」
とメディアが彼の妻のように傍らに立ち弁護すると、なおさら腹立たしくなった。魔軍が引き揚げたのは、勇者のいない、兵力の少ないところに侵攻し、別戦線を構築して勇者率いる主力を牽制することが目的だったから、それが成功しないと判断したら、後は出来るだけ損失を極力少なく撤退するに限る。ここでの損失が実際どのくらいかは不明だが、こののち、魔王軍の勢力は潮が引くように、後退していった。数ヶ月後には、魔都、魔王城への総攻撃が始まった。魔王軍も必死の戦いだった。魔都に人間亜人の軍の侵入を許し、魔城に乱入されても、必死に戦い続けていた。至る所で、人間亜人の部隊と魔王軍との間の死闘が展開されていた。局地的には、人間亜人の部隊が、魔王軍に包囲され、崩れた家屋敷などの壁、塀、がれきを楯にして防戦一方という展開も見られた。
「勇者様。デューク・フリード様。ここは我等が引き受けます。早く魔王のところに。」
トウドウが叫んだ。フリードは、軽く一礼して、本丸に入った。彼に付き従う3王女とその精鋭達、勇者直属の精鋭達が後を追った。
「相変わらず、人がいいのお。」
呆れたという感じでディーテが囁いた。彼女達4人をはじめ、トウドウとともにいる者達はかなり疲れていた。トウドウも例外ではない。勇者を、出来るだけ万全な状態で魔王と戦えるように道を切りひらいてきたのだ。
「ここからは、魔族を一人もいれるな!ここを死守するぞ。」
“それ以上はするな。防戦に徹底して、体力を温存して戦え。”という意味あいが言外にあることは誰にも分かった。イシスも、目の前の魔族を倒すだけの魔法攻撃に力をしぼっている。狭い場所で、三方からの石段から登って、突入してくる魔族を相手にするのだから、地の利はあるが、次々新手と対峙しなければならないならないので、疲労回復の時間がない。ドラゴンが、上から来る場合もある。そちらにも対処しなければならない。斬り結んでいるメディアとラセットに、側面から切り付けてきた魔族を、トウドウは即座に切り裂き、ディーテに向かった矢を弾いて、彼女に向け炎を吐こうとしたドラゴンを、衝撃魔法で貫いて、地上に叩きつけた。地上に落としたドラゴンは、それで10匹目になった。
その直後、魔王の魔力の気配が消えるのを感じた。
「魔王は、勇者様によって倒されました。」
という言葉が、響く鐘のように耳に入った。魔族達にもそれが伝わったようだったが、直ぐには戦いを止めようとはしなかった。彼等が背を見せて、一目散に、秩序もなく逃げ出すまでには、暫く時間がかかった。
ジャンヌ王女の率いる部隊も、彼らが対峙する魔軍が魔王が死んでも、なかなか逃げようとしなかった。彼女自ら戦う時間が続いた。”まだ続くのか“と思ったその時、雷撃と旋風で目の前の魔族が、消え去った。それを機に魔族は逃げだし始めた。シンデンが、彼女の前に現れ、一礼してから、背を向けて歩み去った。彼が助けてくれたことだけは分かった。
勝利、勇者への歓呼、勝利の祭り、その後の面倒な今後の協定の協議、駆け引きのための、会食、パーティーなども、約定の締結や魔族の対応、恩賞などについてを定める長い、揉めた会議等々が続いた。トウドウ・シンデンは、その中で、単なる一戦士でしかなかった。その後、最後になって、彼がやってきたことには、余りにも少ない恩賞が決まり、彼に与えられたのだった。彼は不満も言わず、ただ同士というかともに戦ってきた仲間達が報われることだけに心を配るだけだった。ジャンヌ王女は、そうした彼に会おうともしなかった。