戦狂姫編 3
虫の歌声が耳に入る中で、彼は目を閉じて、精神を集中していた。
「女神様、どうか私の前に現れてくれ!」
どのくらいの時間が過ぎたかわからなかったが、実際は大した時間が過ぎていなかったはずである。
「何じゃ?」
銀髪の甲冑姿ではあるが、その魅力的容姿が分かりすぎるほど分かる長身の、といっても彼よりは低いが、美人が光を纏って現れた。
「用件は分かっているのではないですか?」
「女3人を満足させて、これ以上何を望む?」
少し皮肉と怒りが入っているように感じた。
「そういうことではないということは分かっているでしょう?」
「ああ、すまん。分かっておるわ、汝と我の仲じゃからの。」
“どういう仲だ!”と言い返したかったが止めにした。死んだ自分を蘇らせ、選択の余地のない、中継ぎの勇者となることを要請、強要して、場所も時間も分からない空間で、何日とも、何年とも、何十年ともしれない時間、魔法からあらゆる武術の特訓を休みを取ることもなく、厳しくさせられた。教えたのは、もちろん、この女神だった。その代わり、幾つかの願いも、
「そんなものでいいのか?」
と言って与えてくれた。時々、彼の様子を見に来たことがあるが、彼の活躍ぶりに、弟子の成長を喜ぶような表情で見ていたものだった。だから、恨んではいない。
「彼女らは役にたつ。私と共に奮闘すれば、真の勇者のためになる、よき戦力となる。私のそばにいる限り、何ら脅威にはならない。絶対に野心があったとしても、私が押さえる。だから、このまま、私と共に真の勇者の下にいさせて欲しいのです。彼に、そう言ってもらえないでしょうか?」
何とか女神を説得しようとする彼を見て、女神は大きな溜息をついた。
「我が知らぬと思っておるか?あのダークエルフ擬きのことだ。」
彼を睨みつけた。彼は、背筋が冷たくなった。が、
「まあ、仕方がないだろう。」
責めることは、あっさり取り下げた。
「お前の頼みを聞くように、勇者に言い含めよう。ただし、一つ交換条件がある。」
彼女の顔がひどく陰りがあるように見えたので、訝しく思いながら、
「どういう条件ですか?」
小さな溜息をしてから、女神は手のひらの上に小さな光の玉をだし、それを差し出した。
「これをな。」
「これを?」
「お前の体の中で持っていて欲しいのだ。」
「?」
「大丈夫だ。体に害はない。」
彼の懸念を読んだように、女神は言った。
「ほんの数日、いやもっとかもしれない。黙って保持していて欲しい。頼む。」
その顔は悲壮感すらあり、弱い少女が助けを求めるかの切実さがあった。ゾクッと、色々なものを感じた。“逆らえない。これ以上聞けない”黙ってうなずくしかなかった。女神も、小さくうなずくと、そのまま光の玉を彼の体に押しつけた。光の玉は、そのまま彼の体の中に消えていった。痛みも何もなかった。呆然としながらたたずむ彼の胸板に、しばらくの間、女神は己の手を押しつけていた。
「お前の頼みは、デュークに伝えよう。もちろん、彼によく言い含めるから、だから…安心しろ。」
そう言うと彼から離れ、光の中に姿を消した。その間際、彼女は、
「奴が私の言うことを聞くだろうか?あいつが、分からない。分からなくなった。」
と呟いた。彼に聞かせるようでもあった。それならば、女神の心労はかなりなものかもと少し心配になった。真の勇者デューク・フリードが彼の前に現れた時、その後方の上で彼女は、我が子の成長ぶりを喜ぶ慈母の表情を浮かべていた。その姿は、彼にしか見えなかったが。
かつて、バルコニーで、今メディアとラセットである二人が左右に、そして戦友達が後ろに並び、数千の、いや数百だったか、いや千人程度だったかの人間、亜人達が魔王軍を撃退した彼らに歓喜の声をあげていた時、目の前の空中で浮かんでいた女神は、満足そうな顔だったが、あくまでも厳しい師匠、管理者の顔だった。“それがどうして?”
翌日から、4人で周辺の地域で、魔獣退治から魔族や人間・亜人の盗賊などの討伐等の雑務に連日励むこととなった。勇者達がいれば、周辺の村、町、領主達から、その種の要請が来るものである。トウドウは、勇者から言われれば、言われなくても自ら申し出て、その仕事をこなした。このような雑事などは、勇者が自らおこなうことではないが、わざと彼の自尊心を削るような態度で命じたし、許した。当然、彼としては報酬を依頼者から求めた、高額ではない額である。しかし、フリードは、
「汚い奴だ。」
と呟いた。彼の恋人でもある、大国の王女3人もそれに頷いたことをトウドウは知ったし、事前に予想はしていた。報酬なしには、背に腹はかえられないし、仕事、雑務であろうと、如何言われようと思われようと、励んでいる姿勢を示さなければならなかった。示さなければならないと思った。女神の取りなしを信じていたからであるし、自分と勇者デューク・フリードとの力量の差、聖剣や聖具の格の違いを度外視してさえも、あまりにも大きなものであることをよく知っていたからである。
メディアとラセットの援護を受けながら、ディーテがより後方から弓と魔法を放ち、彼が先頭で戦う。100を超え、巨大種もいるゴブリンの群れですら、あっという間に殲滅したし、やはり100近い魔族の略奪隊も瞬殺した。何となく、その生活を楽しむ錯覚さえ覚えた。が、それは長く続かなかった。
それは再び、魔王軍との大規模な戦いとなったの時だった。シンデーンは、右翼の敵をまかされた。戦いが進み、彼が右翼を指揮する副魔王の本陣までたどり着き、副魔王とその親衛隊と対峙したときだった。後ろから、怯えた声で、
「ダンナ~、後ろに誰もいなくなりましたよ~!」
脇にいるメディアが、
「騎士団も、その他もいないわよ。私達だけ。囮にされて、捨てられたようよ。」
彼女は、冷静だった。彼は振り返って大音声で仲間達に向かって叫んだ。
「勇者は、全てを我らに任せた!今、我に続けば生き残り、手柄は取り放題だ。それを望むなら、我に続け。それが嫌なら死ね、あるいは後で勇者の裁きにかかれ!」
ラセットとメディアは何とか目の前の魔族の騎士達の相手をし、ディーテは相手の鎌を避けながら、矢を放ち、魔法攻撃をおこなった。トウドウは、親衛隊の騎士を、なぎ倒しながら進んだ。副魔王は、パワー主体の蜥蜴顔の男だったから、渾身の力で、ただただ力任せに魔剣を振り下ろしてきた。それを受け流して、逆に切り付ける。同時に火球を何発もぶちこむが、なかなか倒れない。次々にかかってくる親衛隊員達を倒しながら、副魔王の反撃を押し返し、逆に打撃与えるが、中々終わらない。メディア達をチラっと見ると、早く助けに入らなければならないように見えた。起き上がりかけた、副魔王に深々と剣を突き刺し、
「転真敬会奥義、大進火!」
剣に渾身の魔力を注ぎ込んだ。体内を一瞬で灼かれ、断末魔の声をあげることも出来ず、彼は死んだ。
しばらく、魔族の将兵、特に親衛隊は退こうとはしなかったため、トウドウ達は戦い続けなければならなかった。疲れが見えていたメディア達を援護しながらトウドウは、魔族の将兵をなぎ倒した。その中には、かなり手強い奴もかなりいた。大技を使いたかったが、一気に力を失っては元も子もないと、力をセーブしながら我慢強く戦い続けた。
「これでも喰らえ!」
ダークエルフというより、魔界のハイエルフが長い詠唱を唱えて、渾身の破壊玉を造り、それを放った。
「小退水!」
その光り輝く玉を拳で抑えた。すると玉は微妙にコースを変え、最終的に放った相手の方に、右横からのコースで戻っていった。着弾の直前に、ディーテが大きな魔法攻撃を放った。それで、防御ができなくなった彼らに、それは炸裂した。それでかなりの将兵が倒れたのを見て、ようやく魔族達は総崩れとなって退却を始めた。
「大丈夫か?」
左右を見ると、何とか、荒い息をしながらも、立っていたメディアが、
「このくらい大丈夫よ!」
すると、やはり荒い息のラセットが、
「マスター、まだやれます!」
そして、少しの間睨み合ったかと思うと、倒れるように彼にすがりついてきた。
「我はもうダメだ。」
ディーテは、地面に座りこんで、手を差し出した。トウドウは、2人を抱き締めながら、ディーテの手をとって起ち上がらせた。
「ダンナ!大勝利ですよ!」
パラパラと、彼らの周りに男女の戦士達が集まってきた。既視感が、脳裏をよぎった。




