ギャンブルタイム《2》
――例の、俺が看守にタコ殴りにされた運動場。
「助かった、ゴブロ。おかげで欲しいもんが揃えられた」
「そうかい、ソイツぁ何よりだ」
壁に寄りかかりながら、手をヒラヒラさせて答えるゴブロ。
俺が欲していた、生産系スキルを発動するための幾つかの素材。
この調達をどうしようか悩み、いつものように飯を対価に調達方法を相談したところ、返ってきた答えが「あの三人と話を付けろ」というものだった。
何でもあの三人、物資調達のプロであるらしく、武器以外であれば大概のものは用意することが可能なのだそうだ。
武器類も不可能ではないそうだが、流石に監視の目が非常に厳しくなるため、それ相応の対価が必要となるのでやめておいた方がいいとのことだ。
いやー、通常に依頼したらかなり吹っ掛けられるって話だったので、あの三人組が好んでいるというカードゲームで勝負をしたのだが、中々に緊張感があった。
勝負どころでちゃんと勝てて、一安心だ。
――ま、イカサマしたんだけどね!
あの時俺達がやっていたのは、こちらの世界におけるポーカーだ。
カードの種類や役なんかは前世とは違っていたが、しかしルールは非常に酷似していたので、ゲーム性自体はすぐに理解出来た。
最後の勝負の前に、実は数回勝負をしていたのだが、そこで俺は素人っぷりをこれ見よがしに見せつけ、勝ちそうなときには機嫌良く、負けそうな時には若干ムキになる演技を続けていた。
実際、別に俺はカードゲームに慣れている訳じゃなかったので、演技自体はほぼ素ですることが出来た。
そして、俺が『カモ』であることを相手三人に強く認識させた後、仕掛けたのは最終勝負。
俺に最初配られていたのはブタだったので、あのままでは負けるのは俺だったのだが……当然ながら、今まで普通に生きてきた俺は、手札をこっそり別物に変えるようなイカサマ技術など持っていない。
にもかかわらず、勝ったのが俺だったのは――俺が使える魔法スキルの一つ、『幻影魔法』を使用したからである。
俺のブタカードの絵柄を最も強いものに変え、それを開示し、ヤツらに俺のカードの役を誤認させた訳だ。
幻影魔法の仕様としては、予めプリセットしたものを、任意のタイミングで任意の場所に表示する。
プリセットしたのは、ゴブロにルールを教えてもらったタイミングだ。コイツが持っていた、この監獄で使われているカードを見せてもらい、最強の役を予め用意しておいたのである。
ゲームでは、芝の幻影とか土の幻影を発動して、地面に仕掛けた魔法陣のトラップを隠したりとかに使っていた。
中々に面倒な仕様なので、あんまり使われる魔法スキルじゃなかったんだけどな。
種を明かせばつまらない手品だが……まあ、手品とは大体そんなものだろう。全ては見せ方の問題だ。
我ながらあくどい所業ではあると思うが、ゴブロ曰くヤツらはイカサマの常習犯らしく、今回も三人でグルになって俺のことをハメようとしていたようだし、お相子というものだろう。
最後に配られたカードの役がブタだったのも、まず間違いなく意図的なものだろう。
なのに、俺の手札が最も強いものだったため、ヤツらはあんな反応をしていたのだと思われる。
生まれて初めてイカサマを働いたが、人間、やれば出来るもんだなぁ。
向こうが絡んできた勧誘の時とは違い、今回は俺から仕掛けにいった訳なので、多少恨まれたかもしれないが、ヤツらは色んな相手にイカサマを働いて疎まれているようなので、あまり問題は無いだろう。
あの三人だけならば、襲って来ても返り討ちにするのはそう難しくない。
どっかの誰かと徒党を組む可能性もゼロではないが、そういうので計画性がちょっとでも出てくると、今目の前にいる小男がどこからともなく聞きつけ、俺に情報を流してくるので、そう神経質にならずともいいだろうと思っている。
持つべきは頼りになる知り合いだな。
「けど、ユウ。そんなガラクタ、いったい何に使うってんだ。ケツを拭くのにも役に立たなそうだが?」
俺の手元にあるアイテム――多めの鉄と木材、そして火薬を見て、怪訝そうにそう言うゴブロ。
鉄と木材なら何とかなったかもしれないが、火薬の入手方法は全く思いつかなかったが故に、この小男に相談した訳だ。
「お、そりゃ、俺の情報が欲しいってことか? 対価があるなら教えてやるぞ」
「ケッ、テメーも言うじゃねーか」
フンと鼻を鳴らす眼前の小男に、俺は笑って「冗談だ」と肩を竦める。
「そうだな……色々世話になっているし、口外しないと誓うなら、今からやることを見せてやってもいい」
チラリと周囲を見渡し、こちらに注目している者がいないことを確認する。
「見せる?」
「あぁ、見せる、だ。もしかしたら失敗するかもしれんが」
「……オーケー、誓おう。情報屋として、この情報は一切口外しねぇ」
片手を挙げて「言うことを聞く」というポーズを取るゴブロ。
「よし、そんじゃあそこで見てろ。――『武器錬成』」
一纏めにしたガラクタに向かって俺は片手を伸ばし、そう唱える。
すると、目の前にあるそれらが淡く光を発しながら、一つの形を成し始め――。
「――よし! 成功した!」
良かった、こちらの世界の素材でもちゃんと発動したか。
ゴブロに格好つけて言っておいて、これでスキルが使えなかったらお笑い種だったからな。
まだ材料は残っているので、予備も幾らか造れそうだ。
「……テメー、『魔法錬金』が使えるのか?」
「魔法錬金……ま、そうだな。そんなようなもんだ」
そういう魔法が、きっとこちらの世界にあるのだろう。
似たようなものであることは間違いない。
「……ソイツは、銃、か」
「ご名答」
ゴブロの言葉に、頷く。
こちらの世界にも、流石に前世の水準ではないが、普通に銃も存在しているそうなのでコイツもわかったのだろう。
――今のは、『初級武器錬成』スキルである。
必要な素材を用意して、既定MPを消費することでスキルを発動し、種類は多くないが幾つかの武器を生み出すことが出来る。
この銃はそのスキルで生み出すことが可能な武器の一つで、非常に小さく掌より一回り小さいくらいのサイズをしている。
いわゆる、『デリンジャー』と呼ばれる種類の拳銃だ。
トリガーが独特の形をしていて、一見するとおもちゃか何かにすら見えることだろう。
もう少しまともな銃をゲットするには『中級武器錬成』以上のスキルを使用する必要があるのだが、中級からは専用の設備とそれ相応の素材が必要になるので、今回は無理だ。
これ以上のものを得るのは、ここを出てからだな。
ただ、見た目はおもちゃのようであっても、本来ならばもっと数多の素材を必要とし、複雑な工程の下に造り上げるのだろうが――俺がやっていたのは、ゲームである。
故に、こんな簡単な動作で、しかも一瞬で銃を生み出すことも可能となる訳だ。
まあ、材料が本当に最低品質のものなので、一発撃てばぶっ壊れてしまうし、十メートルも離れればまっすぐ弾が飛ばないような代物だが……それでも、『銃』カテゴリに分類される武器である。
これでようやく、俺のメインクラスのスキルが使えるようになる。
俺のメインクラスの名は、『マイステン・ガンナー』。
片手にナイフ系武器、片手に拳銃や軽機関銃を持つ中二病心をくすぐりまくりのクラスである。
ナイフ系の武器はまだゲットしていないが、こちらは正直、どうとでもなると思っているので、心配していない。
看守から盗む――もとい、拝借も出来るだろうし、その気になればいつでも入手可能だろう。
別のクラスに変更して遊んだりもしていたため、短剣二刀流とか大鎌とか、そういう中二病全開のクラスのスキルならば使えるので、最悪銃がゲット出来なかったらそっちの入手方法を考えなきゃならないところだった。
揃えやすさから考えて、候補は短剣二刀流だな。もう銃がゲット出来たから関係ないが。
いや、というか、闘技場で使う武器も、長剣からそれに変更しておくか。
つい最近ゴブロ情報で知ったことなのだが、闘技場で使用する武器は、剣闘士の武器管理をしている看守に言えば変更してくれるそうなのだ。
ったく、そんなこと一言も聞いてないぞ……道理で、俺の対戦相手が長剣以外の色んな武器を使っている訳だ。
試合を盛り上げたいなら、もっとしっかり説明してほしいものである。
「……聞かねぇつもりだったが、テメーがいったい何者なのか、ちょっと興味が湧いてきたな」
「悪いが、俺は記憶喪失男なんでね。俺が何者なのか、俺自身が教えてもらいたいところだ」
そう言うと、ゴブロは一瞬目を丸くした後、さも楽しそうに笑い出した。
「ケッケッケッ……じゃあ、聞くに聞けねぇな。何か思い出したら是非とも教えてくれ、買い取ってやる」
「そうだな……多分、思い出した俺の情報は万金に値するぞ。その対価が払えるんなら、考えておこう」
割と、冗談抜きでな。
「知ってるか、ソイツの情報価値ってのは、ソイツが思ってる程大したことないのが常だ。だから、一山幾らのゴミみてぇな価値と俺が判断しても、恨むのは筋違いだからな」
「そん時は、お前は見る目がないなって笑ってやるよ」
飄々と言葉を返すと、ゴブロは再度ケッケッ、と笑った。