後始末
も、文字数はかなり多いので、遅くなったのはそれでご勘弁を……。
「殿下……よろしかったのですか? あのような素性の知れぬ者に、後を任せてしまって……」
「……信じるしかあるまい。あそこに我々がいても、出来ることはないだろう」
部下の兵士の言葉に、第一王子ヴェルディは、苦虫を噛み潰したような表情でそう答える。
――先程から聞こえて来ている、激しい戦闘音。
爆炎や、雷光のような光や音がここまで届いており、きっとあの場所では、まるで神話の神々の戦いのような、恐ろしい戦闘が行われているのだろうことが見ずとも理解出来る。
思うところがない訳ではない。
あの龍族を討伐出来るかどうかは、そのまま王都の命運に直結する。
どこの馬の骨とも知れぬ者達に、この国の未来を任せるなど、とんでもない愚行と笑われても否定は出来ないだろう。
だが――あの中に軍と共に留まっていれば、まず間違いなく自分達は全滅していた。
その点では、退却を選択したことは、正しかったと言えるはずだ。
真っ正面から真っ直ぐ目を覗き込み、言葉をぶつけて来たあの男を信じてしまったことは……少なくとも、間違いではなかったはずだ。
「……俺達がやることは変わらん。奴らが戻って来たら、問い質さねばならんことは数多あるが……とにかく、まずは休息だ! 怪我人には手当てを、それ以外は周囲警戒を行いながら軽食を取れ!」
第一王子の号令で短い休憩を取り始めた彼らだったが、最初に警戒の任に着いていた兵士達が、近付いて来る幾つかの足音の存在にすぐに気が付く。
「何者だ!!」
「アンタらは……殿下が率いていた軍か。殿下も、ご無事でしたか」
――現れたのは、冒険者達と、冒険者ギルドの長レンダ。
相手が冒険者だと気付き、警戒の兵士達は武器を降ろす。
「む……何故、お前達がここに」
第一王子の怪訝そうな言葉に、レンダは「アンタら、怪我人の手当てを手伝ってやりな」と連れていた冒険者達へと指示を出しながら答える。
「魔力の高まり具合から、どうも相当に不味そうな魔物の気配を感じたもんで、アタシらはその排除のためこちらへ。……この様子からすると、殿下達はソレと遭遇したようですね」
ギルドマスターの言葉に、第一王子はなるほどと納得する。
この老婆は、若い頃は『深淵の魔女』と呼ばれ、『Ⅰ級』冒険者として武勇を轟かせた身だ。
年老いて体力こそ衰えたものの、その余りある魔力は健在のはずで、戦力としては未だ一級品。
あのドラゴンの気配を感じ取り、自ら出陣して来たのだろう。
そうやって見ると、他の冒険者達も、一度は見たことのある有名な者達だ。
恐らく全員、『Ⅲ級』以上の実力者だったはずだ。
「あぁ、遭遇したのは龍族だ。ギガント・アースドラゴン。他の魔物どもと同じく、正気を失っていた。……我々の仲間も、三分の一は奴にやられただろう」
第一王子の言葉に、レンダは険しい表情を浮かべる。
「龍族……やはり、そのレベルの敵ですか。それで、一度撤退をなさったと」
「フン、途中でレルリオの部下らしい数人と会ってな。後は自分達がやるから、我々の方は魔物達を排除していろと言われたのだ」
レルリオ殿下の部下、という言葉を聞き、レンダは脳裏にオルニーナの従業員達の姿を思い浮かべる。
この戦場に出ている彼の部下と言えば、恐らくあの者達だろう。
彼らは第三王子の部下という訳ではなく協力者という立ち位置であり、どちらかと言えば第三王子の方が協力をお願いしている、という関係性ではあるが……第一王子から見れば、同じようなものだろう。
「わかりました、では我々はこのまま、龍族の討伐に――」
「――その必要はありません」
その声と共にゆっくりと現れたのは、上品な、それでいて動きやすそうな服装に身を包んだ、一人の老人。
――オルニーナの店長、ジゲル。
「ジゲル? その必要がないってのは?」
この老紳士と別れたのは、つい一時間程前だ。
幾つかの情報を交換し、彼のところの従業員達の情報を聞くや否や、急いで去って行ったのだが……。
レンダの言葉に、彼は微笑みを浮かべながら答える。
「えぇ、龍族は無力化しました。残るは後始末のみ。魔物達を排除して、この騒ぎは終了です」
「なっ、もう倒したというのか!? まだあの者達と別れてから半刻も経っていないのだぞ!?」
思わずといった様子で声を荒らげる第一王子の横で、レンダは冷静に言葉を返す。
「……無力化と言ったね。倒した訳じゃあないのかい?」
「正気を失っていたようでしたので、我に返らせました。龍族の中にも様々な性格の種がおりますが、元々温厚な種だったようで、こちらの言葉を聞いて今は魔物退治を手伝っていただいております」
実際は正気を取り戻させた訳ではなく、ユウが何かしらの手段で手懐けたのだが……他人にはとても信じられないと思われるため、ジゲルは言葉を濁してそう答える。
「ですので、あの龍族にはもう、手を出さないようお願いしたく。現在は大人しくしておりますが、攻撃されれば彼も反撃するでしょうから」
齎された情報に、レンダはしばし考える素振りを見せてから、口を開いた。
「……アンタの言葉を信じない訳じゃあないが……本当に、敵対していないと? 龍族程の相手となれば、やっぱり間違いだった、ってのは許されないさね」
「えぇ、そう言うと思いまして、こちらに連れて来ました。――もういいですよ」
そう、ジゲルが何もない空間に向かって声を掛けると同時、ボワリと空間が歪曲する。
――刹那の後、少し離れた場所に立っていたのは、視界に納まりきらないサイズの、巨大な化け物。
ギガント・アースドラゴン。
「なっ……!!」
「い、いつの間に……!!」
あがる、動揺の声。
「先にお声掛けしておこうと思いまして、彼には魔法で姿を隠していただいておりました。彼も被害者、なんて風には言いませんが……静かに暮らしていたところを、無理やり操られたことは事実。その点はご理解いただきたい」
その場にいる全員が驚愕と畏怖で固まっていたが、しかしどうやら攻撃してこないらしいということを理解し、だんだんと落ち着きを取り戻していく。
先程までこのドラゴンにいいようにやられていた兵士達の中には、眉根を寄せて険しい表情をしている者も多くいるが、それを口には出さない。
その圧倒的な力を、嫌という程理解しているからだ。
もし、その力が再度王都へと向けられれば、王都が簡単に崩壊するということをわかっているため、思うところはあっても皆、感情を抑えていた。
「……なるほど。アンタがこっちに来たのは、そっちのベヒーモスを含めての顔見せってことかい」
そこにいたのはドラゴン一匹だけではなく、二人の子供を乗せたベヒーモスが、隣で大人しく座っていた。
その子供達に、レンダは見覚えがあった。
確か、ユウとセイハの代わりに、魔物達の排除要員として送られて来た者達だ。
「そういうことです。どちらも従魔ということで、後程登録をお願いしますね。――さ、殿下、レンダ、そして皆さん。残りは魔物を排除するのみです。皆さんのお力をお貸しください」
* * *
――枢機卿によって狂わされた魔物どもの処理は、二日に渡って行われた。
司令塔であったあのクソッタレ野郎は死んだが、どうやら洗脳の魔法は術者が死んでも解けないようで、魔物達の狂乱が終わらず、最後の一匹まで狩りつくした時にはそれなりの被害が出てしまったらしい。
その間、俺とセイハ、ネアリアに幼女達は魔物どもの排除を手伝い、それ以外のオルニーナの皆は、様々な後処理のためにゴブロに連れられ、王都内で仕事をしていたようだ。
魔物どもの排除には、夜叉牙と新たなペットであるアドラも連れていたのだが、どうやらジゲルとゴブロが上手いことやってくれたようで、我がペット達はあっさりと存在を認められ、『従魔』という使役された魔物として飼うことを公式に許された。
その存在は脅威であるが、しかし排除するとなると相当な被害が確実に出るため、飼い馴らせているのならば味方にしておいた方がいいと、そういう方向性で許可を取ってくれたらしい。
まあ、とは言っても流石に王都内部に連れて行くことは禁止で、王都外の森で待機させておくことを義務付けられたのだが。
元々そうするつもりではあったので、問題ないっちゃ問題ないがな。
ちなみに、アドラに関してだが、どうやら奴は物を食わずともいいらしい。
基本的には、この世界に存在する魔法の源、『魔素』を吸収するのみで生きていけるらしく、魔物や草なんかも食べることは可能だが、そういうのは嗜好品としての意味合いが強いそうだ。
あの巨体をどうやって維持しているのかと思ったら……なるほど、ファンタジーか。
「ユウ君、ありがとう。君達のおかげで王都の危機は去った。この国を代表して礼を言おう」
現在、俺の眼前にいるのは、玉座に腰掛けた第三王子、レルリオ=ヘイグヤール=セイローン。
「ハ、お力になれたようならば、何よりです」
慣れないことこの上ないが、俺はその前に跪き、首を垂れる。
――第一王子は、廃嫡となった。
当然と言えば当然だ、この国を大混乱に陥れた者と知らずとは言え密接に繋がっていたのだから。
そのせいで第一王子に味方していた貴族達が軒並み力を落とし、ゴブロが思わずニンマリとするような、それはもう愉快な騒動があっちこっちで起きていたようだ。
国を巻き込んだお家騒動はこうして決着し、最終的に国王には彼が即位した、という訳だ。
「仕事の報酬に関しては、早い内に用意して渡そう。君達のために用意した勲章もあるから、式典の時に貰ってくれると――」
それから、幾つかのありがたいお言葉を受け賜った後に謁見は終了し、俺は別の部屋へと案内される。
少しの間待っていると、トーガのような、王様らしい豪奢な恰好からもう少しラフな恰好へと着替えた第三王子がすぐに現れる。
……いや、もう王子ではなく国王か。
「やあ、お待たせ。こっちの部屋では、いつもみたいにしてくれていいよ。いやぁ、ああいうのは肩が凝るねぇ。テーブルのお菓子とかも、好きに食べちゃっていいからね」
先程までの厳格な様子――といっても、先程も内心の見えないいつもの顔でニコニコ笑っていたのだが――から一転し、軽い調子でそんなことを言いながら紅茶を飲む、国王レルリオ。
ちなみに今、オルニーナの者達は俺しかいない。
セイハは俺に付いて来たがったが、もうここに危険はないだろうし、多くの貴族が失脚した関係で少々王都が荒れており、オルニーナにも仕事が多く転がり込んで来ているので、そっちの手伝いに行っている。
「さ、ユウ君。君も色々と、聞きたいことがあるだろう? それなりに調査も進展したから、僕が教えられることは教えてあげるよ」
俺が、今一番聞きたいこと。
それは――。
「――あの黄金の剣を、奴はどうやって手に入れたのでしょう?」
俺と同じ、『アルテラ・オンライン』のアイテム。
何故、俺がこちらの世界に来たのかという問いに対する、最も有力な手がかりだ。
――実は、目覚めた場所が監獄闘技場だったことに関しては、ある程度推測が立っている。
セイハとゴブロだ。
俺が監獄闘技場で目を覚まさなければ、彼女らと出会うことが出来なかったからだろう。
セイハと知り合えていなければ、俺はオルニーナに来ることが出来ず、ゴブロと知り合えていなければ、脱獄は遅れ、脱獄してもそのまま指名手配犯として国に追われていた可能性がある。
俺をこっちに連れて来た何者かは、そのことを見越して、俺が彼女らと知り合えるようにあの場所へと送り込んだのだろう。
……そのせいで酷い目にも遭ったので、もうちょっとどうにかしてくれても良かったんじゃないかと思わなくもないが、まあ俺の肉体がただの人間じゃないってことも早い段階でわかったことだし、良しということにしておこう。
故に残る疑問は、そうやって便宜を図ってくれた何者かは、いったい何が目的で、俺に何をさせたいのか、という点だ。
好きなようにしてていいってんなら、構わないんだがな。
俺の質問に、国王はコクリと一つ頷いて答える。
「君が確保した、例の聖騎士から得られた情報なんだけれど……彼によるとどうも、あの魔法武器は他国の間者から貰ったらしい。以前、君が排除してくれた者達の中に、ウチの国の将軍がいたそうけれど、そのことは覚えているかい?」
「……確か、軍事物資を横流ししていた将軍でしたか?」
演習中に、パパっと俺が殺した男だ。
「そう、その男だ。彼が裏で繋がっていたところと、枢機卿へ武器を流したところは、同じ国だった。――ユウ君。この騒動は、どうやらまだ終われないらしい」




