ギャンブルタイム《1》
――囚人用の、娯楽室。
いや、厳密には娯楽室ではなくただの休憩室らしいのだが、どこから入手したのか、トランプに似たカードやサイコロなどのちょっとした暇潰し道具が多く置かれており、囚人達が勝手に娯楽室と呼んでいるらしい。
看守達も、まあここでコイツらがそうして遊んで、大人しくしているんならいいか、と半ば黙認状態であるそうだ。
要するに、どうでもいいんだろう。
監獄という場所の中から出ず、自分達に危害が及ばない以上、勝手にしろということだ。
ついこの前奴らにボコボコにされた時にも思ったことだが、ここの看守どもは看守どもで、どうしようもない奴らなのだ。
……まあ、こちらに無関心なのは、俺にとっても好都合なので、別にいいんだがな。
ここにある暇潰し道具を壊したら、監獄の囚人全員が敵に回るという鉄の掟があるらしく、そのため見ている限りでも皆お行儀良く遊んでいる。
怒号やバカ騒ぎは相も変わらずだが、胸倉を掴み合わないだけ理性的とすら言えるだろう。
そんな娯楽室の中へ、俺はぐるりと視線を巡らし――そして、目当ての者達が卓の一つに着いているのを見て、小さく口角を吊り上げた。
――コイツらか。
その卓に座っていたのは、三人。
顔中傷らだらけのスキンヘッド男と、身体中に余すところなく入れ墨を彫っている男と、横にも縦にもデカい大男。
俺は、なるべく素人っぽく見えるよう、かといってやり過ぎて疑われない程度に、周囲をキョロキョロしながらソイツらの元へと近付いた。
「よう、ここ、空いてるか」
「あ? 何だお前?」
「誰だァ?」
入れ墨男と大男が、まるで威圧するかのようにジロジロと俺を見る。
そして、唯一声をあげなかったスキンヘッド男は、俺を見た瞬間ピクリと一瞬だけ頬を引き攣らせた。
あ、コイツ、俺が剣闘士だって知ってやがるな。
それとも運動場で囚人どもとやりあったのを見ていたか。
いや、どっちでもいいが、どちらにしろこの反応からすると、俺がそれなりに戦えるヤツだとわかっているのだろう。
チッ、出来ればバレていない方がやりやすかったんだが、そう上手くはいかないか。
果たしてどれだけ、やれるか。
「暇なんだ、混ぜてくれねぇか」
俺の言葉に、チラリと互いに目配せをする入れ墨男と大男。
恐らくコイツらの方は、カモが来た、とでも思っているのだろう。
「あぁ、まあいいぜ、席も余ってるしな。……ボレガド?」
入れ墨男の怪訝そうな声に、ボレガドと呼ばれたスキンヘッド男はしばし何事かを思考する素振りを見せてから、わざとらしく気さくな様子で口を開く。
「……何でもねぇ。オーケー、あんちゃん。だが俺達やっているのは賭け勝負だ。負けて賭け分が払えませんってのは、無しだぜ?」
――よし、乗ってきた。
カードなら、負けないと思っているのか。
入れ墨男がスキンヘッド男の言葉を待っていたが、この三人の中でリーダー格なのがスキンヘッド男なのだ。
ゴブロから事前に聞いた。
「勿論わかってるさ、じゃないとゲームにならんだろ」
「そうか、ならいい。いやー。これが結構いるんだぜ、勝負がついてから詐欺だのイカサマだの騒ぐヤツが」
そりゃあ、お前らと勝負したヤツらなら、そう言うんだろうな。
……あと、タバコをこっちに向かってふかすのやめろ。臭ぇんだよ、ぶち殺すぞ。
と、心底から言ってやりたいところであったが、今それを言ってしまうとすぐに喧嘩になる未来が見えていたので、グッと内心を押し殺し、空いていた椅子に座りながら言葉を返す。
「へぇ、そうなのか。そりゃあ面倒なヤツもいるもんだな」
さて、慣れないことこの上ないが――ここは一つ、俺の良き未来のために頑張ってみるとしよう。
* * *
「ベット」
「んなっ……お前、正気か!?」
俺が出した、チップ代わりに使っている木片の量に、スキンヘッド男が思わずといった様子で口を開く。
「正気も正気だ。どうする? 尻尾を巻いて逃げるか? 俺はそれでも構わないぜ」
挑発するようにニヤリと笑みを浮かべる俺に対し、ハッと鼻で笑うスキンヘッド男。
「言うじゃねぇか、新入り! いいぜ、テメェの有り金、全て巻き上げてやる。コール」
「俺も乗った! コール」
「俺もだ、コール」
スキンヘッドに続き、入れ墨男と、大男もまた勝負に乗ってくる。
そして、四人同時にテーブルへ手札を晒し――。
「お、悪いな。俺の勝ちだ」
「んなっ!?」
「オイ待て、嘘だろ!?」
俺が自身の手札を開示したところで、入れ墨男と大男が思わずといった様子で席を立つ。
「さて、これでアンタらの俺に対する支払いは、すげぇ額になったな。いやー、勝てて嬉しい限りだ」
「ちょっと待てッ! ふざけんな、テメェ、イカサマしたろ!!」
「へぇ? 証拠があって言ってんだろうな?」
意識して酷薄な笑みを浮かべると、入れ墨男が苛立たしそうに顔を歪める。
当然ながら、それを証明する手段を持っていないので、言葉が出て来ないのだ。
「おいおい、アンタらがさっき言ったんだろ。直前になって詐欺だのイカサマだの言って騒ぐヤツがいて困るって。自分らの言葉を忘れないでほしいもんだな」
「お前ッ、調子に乗ッ――ギィヤアアア!?」
苛立った大男が俺の胸倉を掴もうとするが、俺はそのぶっとい腕をヒョイと回避すると、そのままヤツの腕を力の限りで掴みあげる。
ゲーム時代に育てに育てまくった筋力値を全開で握り締めたためか、痛みに耐えられず大男が耳障りな悲鳴をあげる。
喧嘩の気配を感じたのか、周囲の別の囚人達の視線がこちらに集まる。
「テメェッ!」
と、激高した入れ墨男が懐からナイフを取り出し、その切っ先をこちらに向ける。
なんか、囚人ども、当たり前のように武器を持ってやがるよな。
看守さん方よ、もっとしっかり管理してくれないかね。
武器を出してきた以上、俺も本気で応対せねば――と、思ったところで、間に割り込む声。
「……やめろ、見苦しいマネをすんじゃねぇ。あんちゃんも、手を放してやってくれ」
口を開いたのは、一人席を立たなかったスキンヘッド男。
苦々しげな顔で、俺のことを見ている。
コイツは、俺が戦えると知っているからな。
喧嘩を売るに適した相手ではないと理解しているのだろう。
囚人の世界は、力が全てだ。
力がなければカモにされ、力があれば生き残れる。
悪いが俺は、自分を犠牲にして他人のためになろうなんて自己犠牲精神は持ち合わせていないんだ。
掴んでいた大男の腕を放すと、彼は腕を抱えてうずくまる。
折れてはいないと思うが、きっと青アザにはなるだろう。
「この勝負は俺達の負けだ。それでいいんだろ」
「なっ、ボレガド!!」
入れ墨男の言葉を無視し、スキンヘッド男は傍らから金が入っているのだろう袋を取り出すが……俺は、手を軽く上げてそれを制止する。
「おっと、まあ待て。そっちが勝負を反故にしようとしたから俺も反論しただけで、こんな遊びで恨まれても敵わない。この賭けを全て無効、なんて訳にはいかないが……そうだな、代わりに欲しいものが幾つかある。それを用意するんだったら、今回の勝負はチャラにしよう」
「……テメェ、最初からこれが狙いだったな」
苦虫を噛み潰したような顔をする彼に、俺は何も言わず、ただ意味深な笑みを浮かべる。
「チッ……いいぜ、俺達は負けた。言う通りにしよう。何が欲しいんだ」
「ま、そう警戒するな。俺がここが短いから入手方法がわからないだけで、欲しいのはそんな、大したものじゃない。ちょっとしたものを、揃えてほしいんだ――」