スタンピード《9》
未だドラゴンは、暴れたまま。
洗脳が解けた様子もなく、指示待ちの『待機状態』になっている様子もなく、地面と兵士達を耕している。
てっきり、枢機卿が死ねば魔法が解除されるか、意志のない人形の如く動けなくなるか、の二つだと思っていたのだが……全く変わりなく、元気溌剌な様子だ。
つまりは、奴の下していた命令が、未だ有効であるということだ。
この様子ならば、他の魔物達も同様だろう。
「……クソッタレめ」
死んでなお、あのクソ野郎は人の嫌がらせをするのが好きなようだ。
――こうなれば、俺達がやることは一つ。
あのドラゴンを、排除するしかない。
そのためには……ここにいる兵どもは、邪魔だ。
「セイハ。枢機卿を殺せば全てが終わるかと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。――今度こそ最後だ。あのデカブツをぶっ殺して、ハッピーエンドと行こう」
「……了解しました、マスター」
少し名残惜しそうにしているが、彼女は俺の身体を抱き締めていた腕を解くと、両手にダガーを構える。
こちらが動いたことで俺達を包囲していた兵士達が攻撃を始めるが、セイハと共にその全てをヒョイヒョイと避けると、第一王子の近くまで向かい、そして一礼する。
「殿下、突然で申し訳ありません。時間が無いので、手短に。兵を撤収させてください。ドラゴンに関しては我々で排除するので、殿下達はそれ以外の魔物達の排除をお願いしたく」
「馬鹿を言うな、犯罪者ッ!! 貴様、よくもヴェーゼル殿をッ!!」
手に持った剣を俺に向け、怒鳴る第一王子。
「それも、事情あってのこと。これが終わりましたら、しっかりとそれに関しては――」
「犯罪者の事情など聞きたくもないッ!! お前達、この賊どもを捕らえよッ!! ヴェーゼル殿の仇だッ!!」
「……殿下、話を――」
「黙れッ、もうその口を開くな、犯罪者ッ!!」
「…………」
無礼討ちになってもおかしくないような暴挙だが……礼儀を気にしているような余裕は存在しないため、俺は兵士達の攻撃を避け、第一王子自身が振るった剣をガッと蹴って弾くと、右腕でその胸倉を掴み、間近から目をしっかりと覗き込んで怒鳴るように言った。
「わかった、じゃあ今教えてやる!! アンタは知らないだろうがな、この騒動を起こしたのは全て枢機卿だ!! スタンピードを仕組んだのも、ドラゴンを呼び出したのもッ!! それ以外の多くの事件もなッ!!」
「……何?」
ピク、と眉を反応させる第一王子。
「こんなところまで付いて来る時点で、おかしいと気付けッ!! 奴は初めから、このスタンピードのどこかでアンタを殺そうと画策してやがったんだッ!!」
「証拠は!?」
「ここにはない、スタンピードが終わったら見せられる、と思う」
「そんな曖昧なことで信じられる訳がなかろう!!」
胸倉を掴んでいた俺の腕を払い、再度剣をこちらに向ける第一王子。
「……このままここに残るってんなら別にいい。だが、こっちの戦闘の余波で無駄に死人が出ても、俺達は知らんぞ!!」
これ以上の問答は無駄だと判断した俺は、そう忠告した後――声を張り上げた。
「来いッ、夜叉牙ッ!!」
「グルルァァァッ!!」
即座にこちらに駆け寄って来るのは、我がペット、夜叉牙。
大地を力強く蹴り、まず一発ドラゴンへと体当たりをかました後、夜叉牙はそのぶっとい後ろ脚へと食らい付く。
「――――!!」
世界最強の種らしいが、それでも我がペットの本気の一撃には堪えるものがあったようで、体勢を崩し、言葉にならないような苦痛の呻きをあげる。
そして――その敵意が兵士達から逸れ、夜叉牙一匹へと注がれる。
「なっ……べ、ベヒーモス……!!」
驚愕の声を漏らし、固まる第一王子。
我がペットが怪獣大決戦を繰り広げている間に、俺は武器を引き抜き、もう王子の方を見ずに声を荒らげる。
「もう一度聞くぞ!! このままここで、俺達と敵対しながら、ゴミのように死んでいくのか!? それとも、軍の実力を遺憾なく発揮出来る魔物どもの掃討に移るのか!?」
恐らく今、その頭の中では様々なことを考えているのだろう。
苦味の強い渋面を浮かべ、何度か口を開いたり閉じたりさせてから、第一王子は言葉を放つ。
「……信じていいんだな!?」
「アンタの味方ではないが、今に限って言えば敵でもない!! 俺達はレルリオ殿下に協力してここにいる!!」
「! なるほど、レルリオの……」
第三王子の名は効果があったのか、彼は数秒だけ沈黙し、それから俺に向けていた剣を降ろした。
「フン……いいだろう!! レルリオの名に免じて、お前の言うことを聞いてやる!! だが、ドラゴンの討伐に失敗しようものなら、その口の利き方含め、俺がお前を殺してやるぞッ!!」
「なっ、殿下!?」
「引くぞ、お前達!! 俺達はこのまま、他の魔物どもの掃討に移る!!」
俺を完全に信用した訳ではないだろうが、それでも第一王子はとりあえずこちらが敵ではないということを判断するだけの何かを感じ取ってくれたようで、部下達へ矢継ぎ早に指示を出し、退却の準備を進めて行く。
タカ派の筆頭であるため、評価は高くないものの……その決断の速さを見るに、この王子は軍事に関して言えば、秀でたものがあるのだろう。
――と、そうして軍が撤退の動きを見せ始めた最中、こちらに駆け寄って来る姿が、三つ。
「あんちゃーん! セイハお姉ちゃーん!」
「お二人とも、ご無事ですか!?」
「枢機卿のアホはぶっ殺したみてぇだが……それだけじゃあ、終わりにならなかったみてぇだな」
現れたのは、燐華、玲、ネアリアの三人。
状況が変わったのを見て、こちらまで来てくれたのだろう。
「お! 左腕!」
「あのね、あんちゃんがお空飛んでた時に見つけて、回収したの!」
燐華が手に持っていたのは、どっかに行ってしまっていた俺の左腕。
どうやら、彼女達の方で確保してくれていたらしい。
しかも、水魔法――を使っていたら、燐華や玲のだと俺の腕が細切れになっているだろうから、水筒辺りの水で傷口を洗ってくれたらしく、状態が良い。
燐華と玲なら、俺が片腕欠損状態も回復出来ると知っているだろうから、気を利かせてくれたのだろう。
助かった、ドラゴンと戦うのに片腕のみではしんどいと思っていたところだった。
「あんちゃんの肩の方も洗ったげる!」
「あぁ、頼む――っていでででっ!」
「我慢してー!」
「主様、もうちょっとだけ頑張ってください!」
ジャバジャバと腰の水筒で俺の左肩の汚れを落とす燐華に、右手をギュッと握って励ましてくる玲。
正直、本当は泣き叫びたいくらいの激痛なのだが、幼女達にあんまり情けないところは見せられないので、ただ気合だけで我慢する。
「よし! あんちゃん、きれーになったよ! はい、左腕!」
「フゥ……冷や汗掻いたよ。ありがとな、燐華、玲」
引き攣るような笑みを浮かべながら左腕を受け取ると、それを自身の左肩に押し当て、エクストラヒールを発動。
すると、断面部分が淡い光を発し始め――それが収まった時には、傷など全く何もなくなっていた。
軽く回してみるも、違和感なく五指まで動かすことが出来る。
「お、おう、本当にくっ付くのか……どうなってやがんだ……」
「あぁ……良かったです、マスター……」
若干引き気味のネアリアに、心底から安堵してくれているのがわかるような声を漏らすセイハ。
俺は動くようになった左手でポンポンとセイハの頭を撫でながら、この間も戦ってくれている夜叉牙の方へと視線を送り、口を開く。
「三人とも、来てくれて助かった。状況はこの通り、結局ドラゴンとは戦うことになった。――燐華、玲。手加減無しだ。魔力の許す限りで攻撃を。夜叉牙を助けてやってくれ」
「! 任せて! よーし、玲、ベヒベヒ君を助けてあげるよ!」
「主様、お任せを! お燐、前に主様に教わったのを、試すチャンスじゃ!」
「りょうかーい! ベヒベヒ君、下がってー!」
その声を聞き、即座に夜叉牙が引いたのを見て燐華が発動したのは、最上位水魔法『メイルストローム』。
突如、宙に超巨大な大渦が生み出され、それが夜叉牙と戦っていたドラゴンへと襲い掛かる。
ただ、そこは流石の世界最強ということか。
ドラゴンが鬱陶しそうに首を振り、それだけで燐華の魔法が壊されてしまい――しかし、彼女の今の攻撃は、ダメージを与えることを目的としたものではない。
「ハッ!!」
続いて玲が発動したのは、最上位光魔法『雷龍』。
「ガアアアァァッッ!!」
彼女が振るった刀の先から放たれ、まるで生きているかのように咆哮をあげる、雷で構成された東洋龍。
正しく閃光のような速度で中空を走る雷龍は、濡れたドラゴンの身体へと食らい付き、頭部から尻尾までを駆け抜ける。
「――――ッ!!」
攻撃をまともに食らい、感電したドラゴンの巨体がブルブルと震え、ジュウジュウと蒸気が立ち昇る。
このコンボだけで、通常の魔物ならば五体がバラバラになり、全身が焼け焦げて原型すらなくなってしまうような威力だろうが――俺が彼女らに教えたものは、まだ続きがある。
奴は今、全身びしょ濡れになったところに、電撃を浴びせられた。
水に電気を通すことで、生み出されるものは何か。
――水素である。
「吹っ飛べーっ!!」
「主様の敵は、爆ぜなさいっ!!」
そして、最後に二人の幼女達が同時に発動したのは、最上位火魔法『インフェルノ』。
地獄の業火のような炎が、ドラゴンを包み込み――刹那、大量の水素が火と接触したことで発生する、大爆発。
鼓膜が破れんばかりの大音量が、辺り一帯に響き渡る。
予め燐華が、上位水魔法『ストームシールド』を俺達全員を覆うように張ってくれていたのだが、それでも皮膚が燃え上がるような熱量が全身に襲い掛かり、耳が馬鹿になって何も聞こえなくなり、立ち昇る爆炎で視界がゼロになる。
五感が回復するまで要したのは……数十秒程。
キーンという音が遠くなり、ようやくまともに耳が聞こえるようになった頃、煙の向こう側の様子も少しずつだが見えてくる。
――ドラゴンは、未だ、そこに四足歩行で立っていた。
随所に傷は見られ、少なくないダメージは窺うことが出来るが……ドラゴンはまだ、生きていた。
意志のない瞳に、だが苛立ちにも見える色を滲ませ、俺達を睥睨している。
「おいおい……もう少しボロボロになってくれててもいいんだがな」




