スタンピード《5》
龍族の名を聞き、固まる第一王子。
それも、無理はない。
破壊神や知恵の神。
創世の物語や終末の物語。
その描かれ方は様々だが、世界中のどの国でも龍族に関する伝承は存在し、そして確かな脅威としてこの世界の者達を脅かしている。
こちらから手を出さなければ特に干渉してこないような温厚な龍族や、ヒト種の手助けをする龍族もいれば、逆に殺戮や戦闘を好み、積極的に他種族を襲う龍族もおり、その在り方は千差万別。
まあ、要するに、ヒト種と大して変わらないということだ。
非常に高度な知性を持っているが故に、その個体個体で性格が違うのである。
――と言っても、その脅威の度合いは、ヒト種とはケタ違いのものであるが。
一度彼らが侵攻を開始すれば、王都とて無事では済まない可能性があり、最悪の場合壊滅することすら考えられる。
龍族とは、それだけ危険な生物であり、故に使いたい手ではなかったのだが――もう、後に引くことは出来ない。
「殿下。ここは、一刻も早くお下がりください。ここにいる者達だけでは……龍族の相手は、敵いますまい」
退却の途上に、魔物の一団を隠している。
第一王子の護衛の中にも、こちらの手の者を紛れ込ませているため、万が一魔物達を撃退したとしても、混戦の最中で確実に死んでもらう。
そうすることで、第一王子は自らを犠牲にして国を守ったのだと煽り、「私はその意志を継いで、神の御業でこの国を守る」と言って、スタンピードを終わらせる。
龍族を支配下に置いているところでも見せれば、新たな英雄譚を作り出すには十分だろう。
ただ、ここは芝居が必要だ。
最初から龍族を操っていたのではないかと思われてしまうと、失敗の可能性があるため、幾らか戦闘した跡は残さなければならない。
そこまで達成出来れば後は、国内の世論を誘導し、貴族達に対して工作するだけだ。
そう脳内で算段を整え、如何にも身を案じている風で第一王子に進言する枢機卿だったが――。
「――待て」
そこで彼は、固まっていた口を動かす。
「撤退はしない」
「……は? い、今何と――」
「俺はな、ヴェーゼル殿。頭が悪い」
急に何を言い出したのかと困惑する枢機卿に対し、第一王子は言葉を続ける。
「父上程の傑物では決してなく、弟や妹達と比べてもこの脳味噌の出来は悪く、融通の利かん頑固者だ。――だがな、そんな愚かな俺でも、わかっていることがある」
確固たる意志を感じさせる瞳で、彼は言った。
「それは、俺がこの国を愛しているということと――俺が、弟妹達の兄であるということだ」
「…………」
「俺は、兄として奴らのことを守らねばならん。父上とも、そう約束をしたしな。ここで俺が引くことは、少なからずここにいる兵を下げることになり、王都への侵攻も早めることになる。龍族を相手に、そのような余裕は決して存在せんだろう。故に俺は、ここに残る。ヴェーゼル殿、貴殿は今すぐ撤退することだ」
それから第一王子は、枢機卿から顔を反らし、部下達の方へと向ける。
「お前達、逃げたい者は逃げても構わん。だが、俺が死んだ後はレルリオの奴に仕えてやれ。アイツは俺よりも相当に頭が良い、この国を悪いようにはせんだろう」
「何を仰いますか!! 殿下が死ぬ時は我々が死ぬ時!! それに、こんなところで殿下を死なせやしませんよ!!」
「そうです、龍族なんぞ、我々で蹴散らしてやりましょう!!」
「我らは皆、殿下と共に!!」
そう、口々にあがる、威勢の良い声。
「……フッ、全く、馬鹿な部下達だ。ここから先は冥府への片道切符だ、覚悟は出来ているのだな?」
『応ッ!!』
力強い部下達の言葉に、第一王子はニヤリと笑みを浮かべる。
「いいだろう!! 王都――そして、いけ好かんが、冒険者連中へすぐに伝令を出せ!! それ以外は迎撃に動くぞ!! 世界最強の種族を相手に、我らは決して劣らんというところ、是非とも見せてやろう!!」
――そうして彼らは、龍族討伐へと動き出した。
進行を開始した軍の流れの中に取り残された枢機卿は、一瞬、ギリィと苛立たしげに顔を歪める。
「……どいつも、こいつも」
愚かで、純真で、どうしようもない頑固者。
あの王子も、あのクソ忌々しい王の息子である、ということか。
ここまで誰のおかげで権力を増すことが出来たのかも理解しておらず、その癖最後の最後で勝手な行動を取るとは……飼い犬にでも手を噛まれた気分である。
――まあ、いいです。
ヴェーゼルは、だが、すぐに平常心へと戻る。
別に、ここで撤退しないのならば、それでも構わないのだ。
ならばこのまま、龍族に襲われ、丸ごと死んでもらえばいい。
むしろ、ここで迎撃に向かってもらった方が、その死も自然なものに見えることだろう。
あまり本来の計画から外れた、不確定要素を増やしたくはないのだが……まだ、許容の範囲内だ。
――洗脳魔法は非常に便利なシロモノであるが、しかし明確なデメリットが存在する。
それは、支配下に置いた個体の様子が、明らかにおかしくなってしまうという点だ。
魔物のような、元々意思疎通の測れない生物が相手ならば、そこまで問題はない。
だが、人間などのヒト種に対して発動すると、待機させている時などまるで人形のようになってしまい、「何かおかしい」ということが一目でわかってしまうのだ。
故に今まで人間の掌握には、宗教家として磨き続けた弁舌だけを使い、一部のどうにもならない相手に対してのみ、洗脳魔法を使用していた。
どうしようもなくなれば、今後第一王子や政敵に対しても使うことは考えているが……それは最終手段だ。
「……いいでしょう。私の邪魔をする者は、この際全て、全て死んでもらうとしましょう」
そう呟いた枢機卿の瞳には、危険な色が浮かんでいた。
やばいぞ、ここに来て続きがなかなか書き上がらんくなってきた。
やっぱり、一つの区切りに向かって話を書くのって、大変やな……。




