スタンピード《4》
「ったく……バアさんも人使いが荒いねぇ。自分らで遠征させたくせに、突然帰って来いと言ったと思いきや、王都に帰らず奥で戦えと来た。面倒な注文をしやがってよ」
「どうも、政争絡みのようだな。『念のためさ』とかギルドマスターも言っていたし、大方、俺達が帰って来ていることを知られたくないんだろうよ」
二人の男達は、魔物達を屠りながらそんな軽口を互いに交わす。
一人はガチガチの鎧を身に纏い両手剣を装備した重戦士で、もう一人は軽装に弓と短剣を装備したレンジャーである。
彼らの周囲には、すでに百は届こうかという魔物達の死骸が転がっており、それでいて消耗した様子は微塵もない。
まるで散歩でもしているかのような気楽さで、彼らは魔物の排除をおこなっていた。
「やだねぇ、政争。それでしわ寄せを食らうのは俺達だってぇのによ。……よし、決めたぜ。今日から俺、元老院議員目指すわ。応援してくれよ」
「御免被る。お前みたいな適当な奴が政治に関わったら、ロクなことにならん。むしろ、お前の対抗馬として俺が元老院議員になってやろう」
「お、じゃあ俺とお前で対決――待て、今強い魔力を感じた」
先程まで軽い雰囲気を漂わせていたレンジャーの男はふと真面目な表情となり、鋭い眼差しで重戦士の仲間へと警告する。
「距離は?」
「近い。馬で半時間もしないだろう。……ちとマズいな。俺達二人でも、対抗出来るかギリギリのレベルの魔力量だ。下手すりゃあ、負けるかもしれねぇ」
「……なら、尚更放ってはおけんな。もう王都は目前だ、俺達だけでも足止めしておかないと、発生する被害は甚大なものになるだろう」
「あぁ。多分、あのバアさんなら俺達以外にも呼んでるんだろうが……ソイツらがこっちに気付くまで、俺達が相手をするべきだろうな」
あっけらかんとした様子で、だが確かな意思と義務感を持って、彼らはそう言葉を交わす。
自分達が抑えなければ、きっとこの魔力を持ち主は、王都を襲うだろう。
だが自分達は、それを阻止可能な位置にいる。
ならば、今の地位まで上り詰めた者として、責務は果たさねばならない。
そんな思いから、彼らはすぐに移動を開始し――その光景を、目撃する。
向かった先にいたのは、二人の幼女と一人の大人の女性。
そして、彼女らのすぐ傍にいる、ベヒーモス。
「ベヒーモス……!」
ベヒーモスは、非常に危険な魔物だ。
一個旅団くらいならば単体で壊滅させられるだけの能力があり、自分達でも覚悟を決めて対峙しなければ、返り討ちにされるだろう確かな力を有している。
一瞬、ベヒーモスに彼女らが襲われているのかと思ったが……すぐにそれは違うということに気付く。
ベヒーモスが、彼女らを守るように戦っていたのだ。
襲い来る魔物達を端から蹴散らして彼女らへと近付かないようにしており、どうやら使役されている魔物であるらしいことは見ていればすぐにわかる。
ベヒーモスのような魔物を従えているなど、冗談かと言いたくなるような信じられないことであるが――だが、そこには、それ以上に信じられない事実が存在していた。
感じ取った強大な魔力が、あのベヒーモスからではなく、幼女達から発せられているということだ。
こうして見ている今も、禁呪かと思わんばかりの威力の魔法をバンバン放っており、その度に迫り来る魔物達が一瞬で消し炭と化している。
一発でも放てば、普通のヒト種であれば魔力切れで動けなくなるだろう威力の魔法なのだが、しかしあの幼女達はケロッとした様子で戦闘を続けている。
「……信じらんねぇ。俺が感じた魔力、あの子供達から出てるモンだ。多分あの子ら、俺達より強いぞ」
「……マジか?」
「マジだ。どうもあの狐耳の嬢ちゃんが純魔術師で、もう一人の嬢ちゃんが魔法戦士のようだが、魔力量だけでも一級品だ。王都で対抗出来るヤツぁ、多分『Ⅰ』級冒険者の中でも数人しかいねぇだろうよ」
「お前がそう言うなら、そうなんだろうが……いや、だが、あの魔法の威力を見れば、あり得ねぇ話でもねぇか……」
彼女らの戦闘風景に、思わず呆けた様子で固まってしまい――その時、大人の女の方がこちらに気付いたらしく、銃を構え銃口を向けて来るのを見て、彼らはすぐに我に返る。
恐らく、敵だと思われたのだろう。
「わーっ、待て待て、落ち着け! 俺達は怪しいモンじゃねぇ!」
隠れていた茂みから出て、手を挙げて彼女らの前に出るが、赤毛の女は銃をピタリとこちらに向けたまま、警戒の眼差しを解かずに口を開く。
「悪いが、アタシらが戦ってるところを陰からコソコソ見ていたヤツを信じる程、お人好しじゃねぇんだ」
「そ、それは悪かった。ヤベぇ魔力を感じて、強敵がこっちにいるんじゃねぇかと思って来たんだ。ほら、俺達の冒険者証だ」
「まさか、そこのお嬢ちゃん達から発せられた魔力だとは思わんからな……俺達もこれが仕事だし、確認に来ない訳にはいかないんだ」
そう言って二人の男達は、懐から取り出したソレ――『Ⅰ』級の冒険者証を見せる。
「へぇ……? そうかい、冒険者のトップ層様方か。それが本物なら、大したもんだが」
と、なお警戒した様子の赤毛の女性だったが、その時頭から狐耳を生やした幼女が、元気良く口を開く。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ! この人達、悪い人じゃないから!」
「……オーケー。リンカがそう言うんなら信じよう。おい、アタシらがベヒーモスを従えてたってこと、黙っといてくれよ。訳アリの個体だから、報告されたら困るんだ」
「あ、あぁ……わかった。君らに付き従っているのは見ていりゃあわかるし、戦力になるのなら構わねぇよ」
「そうか、ならいい。――んじゃ、お互い忙しい身だ。さっさとこのスタンピード騒ぎ、終わらせっぞ」
「……あぁ、そうだな。何かあったら呼んでくれ。俺達は一応、冒険者としてトップランクにいる身だ。それなりに力にはなれると思うぜ」
「おう、サンキュー。そん時ぁ頼む」
そして彼女らは、更なる魔物達を排除するために、去って行った。
「……世界は広いな」
「……同感だ」
彼らは何とも言えない苦笑を浮かべ、互いにそう言い合った。
* * *
「フン……やはり、会議は無駄な時間だったな! 初めからこうすれば良かったものを、あの老害どもめ……」
自身の引き連れて来た軍が魔物の軍勢を屠って行く様子を見て、機嫌が良さそうにそう呟く第一王子、ヴェルディ=ロードスト=セイローン。
そして、彼より一歩下がったところで、枢機卿ヴェーゼルは一人顔を顰めていた。
――魔物の集結具合が、想定より悪い。
事前の調査は、完璧とも言っていい程徹底的に行わせた。
周辺地域の魔物の生息量を調べ、魔力波で幅広い範囲の魔物をコントロールして少しずつ王都近郊へと誘導し、逐次その増加具合を部下に報告させていた。
スタンピードが発生して第一王子がその討伐へと動こうとすれば、周囲がその妨害工作に出るだろうことは予め予想してあり、故に妨害工作が行われている間冒険者達がどれだけの魔物を排除出来るのか、という調査も徹底的に行ってあった。
その調査結果から立てた事前の想定では、支配下に置いてある魔物達を一斉に王都へと向かって走らせれば、すでに防衛線は王都の外周にグルリと設置されている防壁まで下がっているはずだった。
そうなれば、派閥争いのために軍の妨害工作を行っていた者達は、王都を危険に晒したとして民衆から強い非難を浴び、逆にいち早くスタンピードを治めるため動いた第一王子の派閥――つまり自分達は多大な支持を得ることが出来る。
そういう構図を作り出すことを目的に、ここまで工作に工作を重ね、準備が整ったところで作戦を決行している訳だが……未だ、冒険者達は抵抗を続けており、組織立った動きが失われていない。
放った密偵が持って来る情報を聞くに、押し込んではいるようだが、今一歩戦力が足りていないというのが現状だろう。
第一王子の率いているこの軍にも負荷を掛けることは出来ているが、まだ余裕があるようで、この軍の処理能力の範囲内に魔物の量が収まってしまっている。
……何か、こちらの知らない要因があったことは確実だろう。
地下空洞で戦った、あのどこぞの組織の者達は魔力波発生装置を破壊したと言っていたが、それが原因ではないだろう。
あれは、魔物達を操る装置ではない。
王都中に設置した装置から発生する魔力波を束ね、一つの大きな魔力波とし、遠くへと飛ばすためのものだ。
故に、正しく言えば魔力波発生装置は街中に設置した方の魔道具であり、国王の寝室から行ける隠し部屋に設置したものは、どちらかと言えば中継器であると言えるだろう。
魔物達を操っているのは、その魔力波に乗せて発動させた、自身の洗脳魔法によるもの。
もっと言えば、この黄金の剣によるものである。
一度完全な支配下に置いてしまえば、こちらから解除するか、外部から治療しない限り洗脳魔法を解くことは不可能で、つまるところすでにスタンピードを発生させている今ならば、もう装置を破壊されたとしても問題ないのだ。
そう、問題ないはずなのだが……どういう訳か、先程から指示を出しているのにも関わらず、魔物達の集まりが悪い。
これではスタンピードを抑えたとしても、自身の計画――王へと至るための伝説を作り出すには、インパクトに欠ける。
「……ままならないものですね」
失敗は、許されない。
だがこのままでは、長い年月を賭し一つ一つ準備を重ねたこの計画は、失敗するだろう。
「閣下、いかがなさいますか?」
小声でそう問い掛けるのは、ユウ達と殺し合いを繰り広げた神父の男。
枢機卿の護衛として現在は聖騎士の鎧に身を包んでおり、ただの変装用の道具とは違い、その鎧からは使い込まれているのだろう確かな年季を見て取ることが出来る。
彼の、本来の役職である。
「……その後の影響が予想出来ないので、あまり使いたい手ではありませんでしたが……やむを得ません」
枢機卿の考えていることを察し、神父の男は少しだけ表情を険しくさせる。
「……よろしいので? 奴は、閣下でも操れるかどうかギリギリのレベルだったと思いますが……」
「事ここに至っては、他に方法はありません。それに、事前の調査では洗脳魔法の効果をしっかりと受けていたはずです。――ここが、我々の勝負どころです」
「……了解しました。では、そのように」
神父の男が無造作にス、と片手を挙げると同時、兵に紛れていた部下の一人が、誰にも気付かれぬ内に部隊を離れていき、その姿が戦場から消える。
――それから数分もせずに森の奥から現れる、馬に乗った兵士。
一直線に第一王子へと向かって行くのを見て、護衛の兵に誰何されるが、所属を述べることですぐに解放され、王子の前に跪いた。
「伝令!! ここよりさらに南方に大型魔物が出現、こちらに向かって疾走しています!! 半刻もしない内に接敵するかと!!」
「むっ……大型魔物の名は!?」
第一王子の言葉に、伝令の兵はすぐにその名を口にした。
「ハッ、ギガント・アースドラゴンです!!」
「……何?」
伝令の兵が告げた魔物の名に、第一王子のみならず、周囲にいる者達全員の空気が固まる。
「出現した魔物は、龍族です!! 殿下、すぐにお逃げください!!」
ドラゴン。
つまりは、龍族――世界最強と謳われる種族である。




