企て《4》
街の方の様子を少し探ってみたが……どうやら、国王が死んだという情報は、まだ伝わっていないようだ。
スタンピードに関する情報は出回っているため、不安そうにしている市民は多く見られるが、嘆き悲しんでいるような様子は見られない。
恐らく、上の方で情報が止められているのだろう。
国王が何者かに殺害されたとなれば、当然その管理体制の緩さを糾弾されるだろうし、どうあがいても混乱は必ず発生する。
それよりは、時期を見計らって病死として発表した方が、四方丸く収まるだろう。
こういっては失礼だが、国王は元々死に掛けだった身だ。
民衆も、悲しみこそすれ、その死をすんなり受け入れられることだろう。
「いた! ジゲル――ジゲル、それ、大丈夫なのか?」
そう問い掛けると、彼はニコッと微笑んで答える。
「あぁ、お二人ですか。問題ありません。全て返り血ですので」
――人気の非常に少ない通りで発見したジゲルは、全身血塗れだった。
いつもの接客用の服ではなく、変装したらしい神父服にべったりと血が垂れ、割と猟奇的である。
そして――彼の隣にいる、見覚えのある人物。
以前の晩餐会で、俺達のお付きのメイドをしてくれていた第四騎士団の女性、フェイマだ。
俺が彼女の方を見ていることに気付いたのか、ジゲルがその説明をする。
「フェイマさんから王城でのこと、色々と聞きました。……お辛い選択をしましたね」
「……辛いのは俺じゃないさ。あの国王を慕っていた人達だ」
俺には、国王に対し思い入れがない。
彼を殺して思うことは、身を守るために仕方のないことをした、というだけ。
だからこそ、セイハにも言ったが、俺はこの国に対しやれることをやらねばならないのだ。
「そうですか……」
ジゲルは気遣わしげな表情を一瞬浮かべ、だがすぐに切り替えて言葉を続ける。
「……話を進めましょう。そのずぶ濡れの様子から察するに、何かそちらで進展が?」
「あぁ、察しが良いな。地下空洞で敵と戦闘になった。――ジゲル、敵は枢機卿ヴェーゼルだ」
「ヴェーゼル……? いえ、しかし、彼は中央教会にて説教をしていましたが……影武者、ですか」
「ジゲル様、私も確認しました。ジゲル様に指示された者を追った先で、その男が。影武者がいるのは間違いないかと」
「あのクソ野郎、俺達の予想よりも大それたことを考えてるようだぜ。恐らくなんだが、第一王子じゃなくて、自分が玉座に座るつもりなのかもしれない。スタンピードを利用して、第一王子も利用して、な」
「! なる、ほど……」
俺達の言葉を聞き、険しい表情を浮かべるジゲル。
「となると……少し、不味い事態ですね。第一王子は、スタンピードを治めるべくすでに出陣してしまっています」
「なっ、緊急会議が終わっちまったのか?」
「えぇ。第三王子――レルリオ陛下と宰相閣下が中心になって引き伸ばし工作を行っていたようですが、途中第一王子が会議を無視して子飼いの部下を率い、上層部の制止を振り切って勝手に出陣。そのせいで、なし崩し的に会議が終了してしまいました」
「チッ、面倒な……なら、枢機卿はそれに付いていった可能性が高いか」
ジゲルはコクリと頷き、少し考える素振りを見せてから、口を開く。
「この後の動きを変更しましょう。フェイマさん、あなた方第四騎士団は、枢機卿ヴェーゼル本人、及びその影武者の捜索と、可能ならば確保をお願い出来ますか。我々よりもあなた方の方が、そういう仕事は――」
老紳士の言葉を、俺は途中で止める。
「あ、待て。あの野郎、ちとマズい武器を持ってて、それを使ってバンバン洗脳魔法を放ってきやがる。そっちにその対抗手段があるならいいが、無いなら居場所を突き止めるだけに留めてくれ。確保は、こっちでやろう」
洗脳魔法、と言ったところでピク、と一瞬眉を動かすフェイマ。
「……わかりました。第四騎士団は、居場所を突き止めることに全力を尽くしましょう。その後のことは、頼みます」
それだけを言って彼女は、俺達に一礼すると、この場を急いで去って行った。
「洗脳魔法……あれは、一朝一夕で相手に掛けられるものではないはずですが、それを使ってくると?」
「あぁ。使ってる武器がかなり強力なものでな。簡単に言うと、魔法使いならデメリットがほぼゼロになる。俺は耐性があるし、その耐性の付与が出来るから一緒にいれば大丈夫だが、一人では戦わないでくれ」
「了解しました。では、私はレギオン――はレルリオ殿下の護衛で動けないでしょうから、他の枢機卿を探っているシャナルとファームを回収してから向かいます。敵がスタンピードに関連した動きをしていると仮定して、王都外に設立された、臨時司令本部で合流しましょう」
「わかった。ええっと、司令本部の場所は……」
「マスター、私がわかりますので、大丈夫です」
「そうか、なら俺達は今すぐそっちに向かう。そうだな……ウチの幼女達とネアリアと先に合流してるよ」
老紳士はコクリと頷くと、フェイマと同じく駆け足で去って行った。
……どうでもいいが、血塗れの服のまま行ったな。
途中で、衛兵とかにしょっ引かれないといいが……。
「……よし、セイハ、俺達は今すぐ枢機卿を追おう。本当に玉座を狙ってるんだったら、どこかのタイミングで何かしらの行動を起こすはずだ。それを阻止出来るのは、俺達だけ。地下空洞から逃げるのに少し時間が掛かっちまったから、急いで追わないと」
「……はい。すぐに馬の準備を――」
「おっと、待てセイハ。実は乗り物に関しては、それより良いモンがあるんだ」
――ようやく、使い時が来た。
俺は、ニヤリと一つ笑い、メニュー画面を開くと――ドスン、と、その場にソレを出現させる。
――それは、一台のバイク。
名は、『ブラフ・シューペリアSS100』。
世界一美しいとまで言われた、『クラシック』と呼ばれるジャンルに分類されるバイクであり、ゴブロの協力により必要素材を全て集め終え、俺の工房でついこの前完成した。
前世ではもう、ガソリンを使用する車やバイクは販売されていなかったが、古き良きガソリン車は根強い人気があり、ファンが多かった。
ただ、現実では排ガス規制に引っ掛かってガソリン車は公道を走らせることが出来なくなっていたが――現実で無理ならば、VRゲームで乗ればいい。
そんな発想から、アルテラ・オンラインにも車やバイクが移動手段として実装されており、このクラシックバイクもその一つとして存在していたのだ。
……まあ、と言っても燃料は『魔力』という設定だったので、コイツもガソリンでは動いていないのだが。
あんまりリアルに再現し過ぎると、むしろ不便になってしまってユーザーに嫌がられるからな。
錬金術を育てていれば自分で製作することも可能という点も相まって、そのマニアックさから、ユニコーンやドラゴンみたいなバリバリのファンタジー的乗り物とは、また一味違った人気があったのを覚えている。
この世界の技術水準的に見ても、バイクという移動手段は遠からず登場していただろうし、最先端技術ではあるだろうが、そこまでオーバーテクノロジーな品でもないだろう。
「これは……乗り物、ですか。見たことのない形……」
「へっへっ、かっこいいだろ?」
キックペダルを数度蹴ってエンジンを始動させ、ドルルゥンという小気味良い音がマフラーから聞こえてくる。
調子は……良さそうだな。
ぶっちゃけ、こちらの世界ではそんな暇がなくてテスト走行を一度もしていないので、ちゃんと走るのかどうか微妙に怖い部分があるが……ま、まあ、多分大丈夫だろう。
「それじゃあ、後ろに座って、俺の腰に腕を回してくれ」
「は、はい――わっ、わわ……!?」
「行くぞ!」
おずおずとタンデムシートに座り、俺の腰に彼女が腕を回したのを確認して、俺はクラッチを繋いでアクセルを噴かす。
刹那、我がバイクは勢い良く発進を開始し、快音を鳴り響かせる。
流れる景色。
風が前から後ろへと流れ、通りがかりの一般人が排気音に驚いて皆こちらを振り返る。
「は、速い、ですね……!」
おっかなびっくりの様子で、腕にギュッと力を込め、密着してくるセイハ。
「飛ばすぞ、しっかり掴まっててくれよ!」
前方の障害を右に左にと避け、俺は王都外へ向かってバイクを走らせた――。
ブラフ・シューペリアSS100は、実在するバイクです。超絶カッコいいです。
いつか作者も乗ってみたい……ウン千万するがな!




