企て《3》
ドン、と扉を蹴り破る。
「だーっ、クソッタレ!! アイツら、水流しやがったな!!」
水浸しの俺は、肩を貸しているセイハと共に、ドスンとその場に腰を下ろす。
途中から操られている者達が追って来なくなったので、諦めたかと思ったのだが少し安心してしまったのだが……少しして代わりに聞こえてきたのは、ゴゴゴゴ、という何かが唸るような音。
非常に嫌な予感がしたので、セイハが通って来たらしい道を急いで戻っていると、案の定背後から迫り来る、濁流。
押し流されるようにして、途中からはほぼ泳ぎながらどうにか地上へと帰還することが出来たが、正直何度か溺れそうになった。
結構な量の水も飲んでしまった。
全く……前回と言い今回と言い、地下じゃあロクな目にあってねぇな。
この分の礼は、必ずしてやる。
俺はインベントリを開くと、中からタオルを二枚取り出し、一枚をセイハへと渡す。
「セイハ、身体はもう動かせるか?」
「はい、大丈夫、です。すでに魔法の効果は解けたかと」
「そうか……良かった。お前に何かあったら俺、もう何も手に付かなくなるだろうしな」
冗談めかして笑いながら、しかし心底から安堵しながらそう言うと、彼女はジッと俺を見詰め、そして突如仮面を外す。
「……マスター」
「ん?」
短く聞き返すと、彼女は仮面を外した手とは反対の手をこちらへ伸ばし、俺の頬にそっと触れる。
どうしたのかと疑問に思っていると、セイハは少しずつこちらに顔を近付け――俺の唇に触れる、彼女の唇。
熱烈な、情熱的な、彼女の思いがそのまま伝わってくるようなキス。
時間が止まったかと錯覚するほどの濃密な時の中で、その柔らかい唇の感触と絡みついてくる舌の感触を味わっていると、ふとセイハは俺から顔を離す。
「あ、あの……今は、こんなことしか出来ませんが……今回のことが終わったら、たくさん、奉仕させてください。マスターにはまた、命を救っていただいたので……」
瞳を潤わせ、頬を赤くし、はにかみながら上目遣いでそんなことを言ってくる褐色の少女。
「…………」
俺は、セイハのあまりの可愛さに何も言うことが出来ず、ただ彼女の濡れた頭に片手を回し、ギュッと掻き抱く。
「あっ……」
濡れた身体に心地良く感じる、彼女の温もり。
甘い、鼻孔をくすぐる少女の香り。
……俺はもう、この子無しじゃあ、生きられんな。
しばしの間二人でそうした後、非常に名残惜しくはあるが、いつまでもこうしている訳にはいかないので、彼女から手を離す。
「本当はずっとこうしていたいが……それは、あの枢機卿を殺した後にしようか」
「はい……続きはその後で、ですね」
妖艶さの垣間見える表情で微笑むセイハに、俺は色々なものをグッと抑え、口を開く。
「よし……まずはジゲルと合流しよう。確か、中央教会を探ってるはずだったな?」
「はい、そのはずです」
「なら、その後にクソ枢機卿がどこへ行ったのか、探るとしよう。どうやら、俺達が思っているのとは別に意図が――」
そこまで言って俺は、言葉を止める。
「…………」
「? マスター?」
不思議そうにこちらを見るセイハは視界に入らず、俺は無言で思考に没入する。
――何か、しっくり来ないというのは、以前から感じていた。
最初にそれを感じたのは、第一王子の戴冠を確実なものにするためにスタンピードを起こしたのではないか、という予想をオルニーナでジゲルとゴブロと話していた時だ。
何と言うか……あまりにも大袈裟では、と思ったのだ。
スタンピードは、こちらの世界では災害の一つに数えられる程の脅威だ。
にもかかわらず、それをわざわざ自分達で起こすというのは、やり過ぎな気がしてならない。
幾ら他者の命を食い物にしている、クソ野郎の奴らとて、これから奪おうとしている国の被害をわざわざ増やすような真似をするだろうか。
元々、勢力的に優勢なのは向こう側であり、このまま時が経てば国王の座は奴らが得ることになる。
危ない橋を渡る必要性はあまりないだろうし、そもそもとして、そういう被害が出ることを厭わない危険な作戦というのは、形勢逆転を狙う劣勢側が行うのが常道である。
優勢な側が行うには、ハイリスクローリターンの典型例だろう。
そう、これは危険な作戦だ。
それでもこうして、入念な準備がされた後に決行されている以上、決行しなければならないだけの理由があるのではないだろうか。
枢機卿自身も言っていた。
第一王子を玉座に座らせるつもりはない、と。
翻せばそれは、別の者を王にするということだが……。
「……あの野郎、もしかして、自分が王位に就こうとしているのか?」
「……枢機卿自身が、ということでしょうか?」
「あぁ。今回のスタンピードをあのクソ野郎が解決したら、それも可能になるんじゃないか、って思ってさ」
それを可能にする手札は、持っている。
ゴルド・カルネだ。
あの武器と奴自身が使える洗脳魔法の合わせ技があれば、魔物達を自分の思うがままに操ることも可能だろう。
実際、数多の人間を洗脳して操っていたのだ。
それが可能なことはすでに確認している。
例えばだが、スタンピードを起こし、血の気の多い第一王子を戦場に釣り出して、魔物達に殺害させる。
次期国王候補が死ねば大混乱が起こるのは確実で、その状況の最中枢機卿自身がスタンピードを治めることにより、民は称える訳だ。
――おぉ、あのお方こそ、我らが救世主だ、と。
宗教家というのは、古来より扇動が十八番であると相場が決まっている。
聖職者の重鎮とも言える枢機卿ならば、その辺りの世論の誘導は息をするくらい簡単に行えることだろう。
ただ、普通は王家の血筋でなければ、玉座は得られないだろうが……この国のことを知ろうと、以前ゴブロに色々と聞いた時がある。
奴曰く、このセイローン王国は魔物の軍勢から民を守り切った、一人の平民が王となって建国をした国なのだそうだ。
枢機卿は平民とは言えないが、国の根幹を成す建国神話にそのような前例が存在すれば、王家の血筋でないものが王となるだけの根拠には、十分になるのではないだろうか。
後は、王族の女性を娶りなどして、王家の血を入れれば万全だろう。
まあ、俺は法の専門家などではないので、本当にそれが可能かどうかはわからないが……可能性としては、決して低くないように思う。
「……悪党の、考えそうなことですね。だとすれば……急がないと」
「あぁ。ま、どうであろうと、やることに変わりはないがな。俺達は敵を殺すだけだ。……それと、セイハ。お前には先に言っておこう。俺は、国王を撃ち殺した」
「! ……国王を、ですか」
少し驚いた様子で、俺の言葉を聞くセイハ。
「地下の操られていた彼らと同じように、敵の魔法で洗脳されていてな。こっちの不意を突いて攻撃魔法を発動されて、やむなく、って感じだ。だから、その分の、善人を殺しただけの責任は取ろうと考えている。――セイハ、手伝ってくれ」
手伝ってくれないか? ではなく、手伝ってくれ。
問い掛けでないのは、俺は彼女の意志を、よく理解しているからだ。
ここで彼女の意志を問うのは、彼女に対する信頼へ疑義を示すことと同義だろう。
俺の言葉に、褐色の少女はコクリと頷き、表情を引き締め、仮面を再度顔に装着する。
「はい、お任せを。私の力は全て、マスターのために」
京アニ……一オタクとして、割とマジでショックですね……。
本当に、もう……。




