スタンピード《2》
――王都郊外の、街道沿いの森の中にて。
「おいおい、何だいったい。急に元気になったな、コイツら」
迫り来る魔物達を、ユウに製作して貰ったライフルで撃ち抜きながら、怪訝な表情を浮かべるネアリア。
このライフル、相当に良い。
クロスボウと違い射程が非常に長く、肉眼で捉えられる範囲ならばほぼ弾丸の軌道を読む必要もなく、ただマウントに取り付けられたスコープを覗いて狙うだけで、よく当たる。
無論、距離によっては多少弾が落ちたり、風に流されたりするようだが、今までクロスボウを武器として使用していた身としては、その程度の影響は存在しないのと同じである。
十数度の試し撃ちで仕様をある程度理解した今では、ほぼ百発百中だ。
銃というものは、弾丸が真っ直ぐ飛ばないものだと聞いており、実際一度、違法取引をしていたどこかのアホ武器商人から押収した銃でも、試し撃ちをしてみたことがあるのだが、精度が悪くしっくり来ない印象だった。
ユウはライフリングと銃弾の形がどうのと言っていたが……とにかく奴が作ったコレは、相当にご機嫌な武器であると言えるだろう。
発砲音はあるため、今のようなただぶっ放すだけの時はともかく、状況如何でクロスボウとの使い分けは必要になってくるだろうが、この武器に関してはもう拍手喝采、ユウに抱き着いて色んなサービスをしてやってもいいくらいである。
まあ、そんなことをすれば、あの男にぞっこんである褐色の少女に殺意混じりの恨みがましい視線を送られそうなので、やらないが。
セイハは裏社会で生きてきた割にあまり擦れておらず、ユウを出汁にして彼女をからかうのは正直かなり楽しいのだが、あんまりやり過ぎると刺される気がしなくもないので、程々にするよう気を付けているのだ。
――っと、んなこたぁ今、どうでもいいんだ。
「おーい、ガキども、なんか魔物どもの動きが変わった。注意しろよ」
「はーい! どっかーん!」
狐耳幼女――燐華が両手を広げると同時、ランスのような鋭い水の柱が出現し、それが物凄い勢いで周囲の木々をなぎ倒しながら中空を走って行ったかと思うと、迫って来ていた数匹の魔物をミンチにする。
そして、魔物の血と肉片が混じり赤く染まったその水の柱は、最後に爆発して周囲一帯の全てが消し飛んだ。
……明らかに、オーバーキルである。
「お燐、主様から、あんまり森を破壊するなと言われてるじゃろ」
そう言いながら、別の方向から迫って来ていた魔物を、具現化した刀で的確に斬り刻むのは、鬼の幼女――玲。
こちらは威力を抑えているようで、多少周囲の森に被害を出してはいるものの、まだ常識の範囲内であると言えるだろう。
「むっ! そうだった! でも燐華、威力の弱い魔法、あんまり使えないからな~」
「うーん……中位水魔法辺りなら、まだ控えめじゃろ?」
「えー、それも、結構威力あった気がするんだよねー……」
燐華が前に手を伸ばすと、その先に生み出される水球。
それを、彼女はヒュッと遠くへ投げ――まるで爆撃でもあったかのように、ドカンと爆発して更地が出来上がる。
先程の水の柱よりは威力が低いようだが……威力がオーバーであることには、変わりないだろう。
「玲ー……これ、セーフかなー?」
「あー……まあ、さっきのよりはマシじゃが……」
そんな彼女らのやりとりを見て、微妙に引き攣ったような表情を浮かべるネアリア。
「……っとに、とんでもねぇガキどもだな」
ユウが「二人だけにしとくと、やり過ぎそうでちょっと怖いから、見ていてくれ」などと言っていたが、その理由もわかろうものだ。
最初は魔物のひしめく森へ連れて行って、大丈夫なのかとかなり心配だったのだが……ここまでの道中からすると、むしろ自分が一番仕事をしていないのではないだろうか。
――現在、彼女らは冒険者に混じり、緊急依頼を熟していた。
一言で言えば、ユウとセイハの代わりである。
彼らが熟すはずだった森での魔物の間引き――主要街道付近に近付く魔物の排除という、それなりに重要な任務を代わりに行なっている訳だ。
どうも冒険者ギルドのギルドマスターがジゲルと知り合いだったらしく、オルニーナからの出向だと言った瞬間、有無を言わせずこの任務に放り込まれた。
曰く、「子供らもいるようだが……ジジィの人選なら信用しよう。アンタのところのお仲間に頼もうとしていた仕事だ、しっかりやってくれよ?」とのことだ。
あの二人が稀有な才能を持っており、対して自分はほぼ戦闘しか出来ないため、この役割分担になるのはわかる。
これが必要なことだというのはわかっているが……仲間が黒幕を探るために敵地へ侵入している時に、自分だけこの子供達とのんびり森の中を歩いているというのは、微妙に思うところがなくもない。
特に苦戦もしていないというか、むしろかなり楽なので、その思いもひとしおである。
「ハァ……アタシは何をしてんだがねぇ……」
ポツリとネアリアが呟くと、燐華がこちらを振り返る。
「お姉ちゃん、何か言ったー?」
「……いいや、何でもねぇ。それより、やっぱりちと魔物の数が多いな。アタシらだけでここを抑えんのも、無理じゃあないが面倒になって来たし、一旦帰るのも視野に入れとくぞ」
「はーい!」
「確かに、魔物達の動きに変化があるみたいやね……了解です」
と、今後について話していたその時、背後の王都の方から街道を駆ける音が聞こえてくる。
一応念を入れていつでもライフルが撃てるようにしながらネアリアが振り返ると、視界に映ったのは、馬に乗ってこちらに走って来る冒険者。
その男は、こちらに近付きがてら声を張り上げる。
「伝令だ――って、子供!? な、何で子供がこんな前線に!?」
「コイツらも歴とした冒険者だ、そこらの素人臭ぇ冒険者よりよっぽど実力はあるから心配すんな。早く伝令を言いな」
手をヒラヒラさせながらネアリアがそう言うと、冒険者は一瞬面食らった様子を見せてから、口を開く。
「あ、あぁ、そうか……本部からの通達だ。第一防衛線が突破された、第二防衛線まで引いてくれ!」
「あん……? もう突破されたってのか?」
「どうも、魔物が突然組織立って、王都に向かって侵攻を開始したらしい! 今、急ピッチで防衛線の張り直しが行われている、急いで撤退してくれ!」
それだけを言って冒険者は、次の者に伝令を伝えるためか、すぐに馬を走らせ去って行った。
「だとよ。アタシらも撤退するぞ」
「わかっ――あ! ならこれで、冒険者の人達は大体みんな、後ろに退いたってことかな?」
「そうやね。……もしかして、ベヒベヒを?」
「そう! 今なら、ベヒベヒ君を呼んでも大丈夫だと思うの!」
「……? ベヒベヒ……?」
怪訝にそう問い掛けると、燐華が元気良く答える。
「あのねあのね! ベヒベヒ君は、あんちゃんのペットなの! とってもおっきくて強いから、きっと魔物をいっぱい倒してくれると思うの!」
「戦力になるのは間違いないです。主様が唯一配下にしている魔物ですから。あの子がいれば、このままここで、他の冒険者と連携するより多くの魔物が狩れるかと」
「へぇ……まあ、わかった。とりあえずソイツを呼んでくれ。それから考えよう」
「りょうかーい! ほいっと!」
燐華は片手に火の玉を生み出すと、ポンと真上に向かって飛ばす。
その火の玉は周囲の木々の頭を飛び越え、かなり高く上がったところで、パンッと爆ぜて消える。
「今のが、合図か」
「うん! あんちゃんがベヒベヒ君とそう決めたの!」
それから少しの間、彼女らはそこで魔物を排除しながら待機し――変化はすぐに訪れた。
ドド、ドド、という何かが駆ける音。
響いて来る、まるで森全体が震えているかのような地響き。
それが近付くにつれ、ネアリアは表情をどんどん険しくさせていき、片手に握ったライフルに弾をいつでも構えられるようにと神経を張り詰める。
――やがて見えたのは、黒の巨体だった。
牙も、角も、爪も、その肉体に見合ったぶっといサイズで、盛り上がった筋肉は巨木と同程度の太さがあるだろう。
その口はこちらのことなど一口で丸呑み出来てしまいそうな大きさで、発される威圧感にツー、と冷や汗が垂れる。
――ベヒーモスである。
「ベヒベヒ君、久しぶり! 元気してた?」
「王都からの魔力波がキツいって話やったけど、気分はどうじゃ?」
思わず固まってしまっていたネアリアは、二人がデカブツに構い出したのを見て、ハッと再起動する。
「お、おい……コイツ、大丈夫なのか? 攻撃してこねぇのか?」
「大丈夫だよ! ベヒベヒ君は、とっても賢いあんちゃんのペットだから! ね、ベヒベヒ君!」
「グルゥ」
マヌケな呼ばれ方をしているベヒーモスは、しかし怒った様子もなく、どこか諦めたような表情で大人しくしている。
――なる、ほど、な。
この業界で過去を詮索するのはタブー。
故に詳しいことを聞いたことはなかったが……ユウとセイハが、恐らくスラムにある監獄闘技場の方から逃げてきたのだろうということは、薄々だが気付いていた。
そして、つい最近あそこから逃げ出し、最後まで捕まらずどこかへ消えて行ったという、ベヒーモスの話があった。
ベヒーモスなどそんじょそこらに棲息している魔物ではない以上、ユウのペットだというこのベヒーモスが、闘技場から逃げ出した個体と同一個体なのだろう。
コイツを利用して、あの二人は脱獄してきた、という訳か。
「ベヒベヒ君、今燐華達、魔物をいっぱい倒してて、そのお手伝いをしてほしいの! 動くのは、大丈夫?」
「無理しない範囲で、魔物の排除を頼みたいんじゃが……」
幼女達の言葉に、問題ないとでも言いたげな様子で、コクリと頷くベヒーモス。
どうやら本当に危険はないらしいと判断したネアリアは、トリガーに掛けていた指を外し、ライフルを肩に担ぎ上げながら一つ苦笑を溢す。
「……お前らはアレだな。とにかく、こう、揃いも揃ってぶっ飛んでやがるな。確かにソイツがいるなら……アタシらは撤退せずに、奥で暴れた方が良さそうか。他の冒険者にソイツ、見られる訳にも行かねーだろうし」
「なら、決まりだね! よーし、行くぞー! ベヒベヒ君!」
「魔物をいっぱい倒すんじゃー!」
彼女らは撤退をやめ、その場に留まることにした。




