勧誘
囚人達には、グループがある。
それは種族や部族、所属組織ごとだったりで、犯罪者の集う色々と危険な監獄内で安全に過ごすため、群れて身を守る訳だ。
そのグループ同士は基本的には相互不干渉でやっているようだが、しかし何か些細なきっかけがある度、バチバチ喧嘩を繰り返しており、隙あらば勢力を伸ばそうとしているのが実情である。
この場所では、残念ながら博愛精神はいつでも売り切れなので、雑魚と判断されてしまうとカモとして色んなところから攻撃されるようになるため、勢力を保とうとどこも必死なのだ。
力が全てを支配する世界では、根底ルールが弱肉強食。
そのことを、囚人達はよく理解しているのである。
その中で俺は、どのグループにも属していない、言わば第三勢力に属している身である。
別に一匹狼を気取っている訳ではなく、この身体のおかげではあるがこれでも実力的に上位に位置する剣闘士なので、囚人達もそう簡単には絡んで来ないし、ゴブロ情報があるおかげで危険も事前に避けられているため、どうしてもどこかのグループに属さなければならないような差し迫った危険がある訳じゃないのだ。
上位剣闘士にはそういうヤツが多い。
つい先日隣の牢になったラムドなんかもそうだしな。
というか、ここでどこかのグループに属するということは、犯罪組織や裏ギルドなるものに所属するということと同義である。
俺が何の力もない一般人であれば、生き残るためにその選択肢を選んだ可能性もあるが、戦う力を持っている今はそれらとは出来る限りで距離を取っておきたい――のだが。
「君の実力は知っている、どうだ、ウチに来ないか? 良い思いをさせてやるぞ?」
ここ、囚人用に開放された運動場で現在、俺の前にいるのは、どこぞの組織の幹部だというメガネを掛けたインテリっぽい男。
その両脇を、同じ組織の者らしい強面の男達が挟み、極悪人面ながらもにこやかな雰囲気で俺のことを見ている。
まあだが、にこやかにやっているのは、俺が味方になる可能性のある今だけだろう。
真ん中の男が勧誘係なら、両脇の二人は暴力担当ってところか。
「ウチには君みたいに戦える剣闘士が数人いる。君が来れば、この監獄内で天下を取ることも可能になるだろう。そうなればもう、思いのままだ。監獄中だろうが女は抱き放題、美味いものも食い放題、看守達もある程度は目を瞑るようになる。あぁ、勿論、『外』に出た後も箔が付くぞ。どうだ、悪いことは言わない、ウチに来い」
あくまでおだやかに、「お前を評価しているぞ」という態度を崩さずそう言う勧誘係に、俺は顔面の筋肉を総動員して、申し訳なさを装いつつ口を開く。
「あー……悪いが、遠慮しておこう」
俺が断りの言葉を言うと同時、ピク、と一瞬頬を反応させる勧誘係。
「……へぇ? 断ると?」
「あぁ。お誘いはありがたいが、どこかの組織に所属するつもりはないんだ。悪く思わないでくれ」
クソ程もありがたいとは思っていないが、あまり事を荒立てる訳にはいかないので、なるべく丁寧に聞こえるよう断るが……向こうには、その俺の気遣いは伝わらなかったらしい。
「テメェ、ロサンツォさんが下手に出てりゃ、勝手なことを言いやがって!」
ズイと傍らの男二人が、憤怒の表情で一歩前に踏み出し、近距離から俺にガンを飛ばす。
……こう来ると思った。
自分達の仲間にならないのであれば、それはつまり潜在的な敵である。
まずはにこやかに勧誘し、それでダメなら力で脅し、それでもダメなら――敵にならない内に、排除だ。
ここの、常套手段である。
「待て待て、別に、アンタらと敵対しようって訳じゃない。それに、アンタらの誘いを断ったからって、どこか他のグループに入る訳でも――」
「ごちゃごちゃうるせぇ!!」
と、俺が話している途中にもかかわらず、暴力担当の一人が怒声と共に俺に向かって拳を振り上げる。
なっ――恐ろしく手が早いな!?
一瞬驚いて硬直してしまったが、しかしどこかのタイミングで襲ってくるだろうとは予想していたため、そう苦労せず暴力担当の拳をパシッと手の甲で払い、回避。
そのまま流れる動作で、ソイツの顎に肘打ちを食らわせると、暴力担当その一は脳震盪でも起こしたのか、グルンと白目を剥いて崩れ落ち――と、そこで俺はハッと我に返る。
マズい、やっちまった。
余計な敵を作りたくないのでなるべく穏便にやるつもりだったのに、最近ずっと闘技場で戦っていたもんだから、攻撃されたら反撃、が身体に染みついて思わず手を出してしまった。
「テメェ!!」
案の定、仲間を伸されたことで激高した暴力担当その二が前蹴りを繰り出してきたので、一歩後ろに跳ぶことで回避する。
「いいぞ!!」
「殺せ!!」
「首をもぎ取れ!!」
喧嘩の気配を察知した他の囚人達が、歓声をあげて囃し立て始める。
……仕方がない。
元より、向こうが手を出してきた時点で、反撃しなきゃ俺が一方的にボコられるだけか。
方針変更。この監獄の流儀らしく、話がこじれたら力で解決、だ。
「オラァッ!!」
暴力担当その二が繰り出す拳を掴んで引っ張り込み、無理やり体勢を崩させる。
こちらに倒れ掛かってきたところを、ソイツの水月に拳を叩き込むことで無力化する。
「チッ……!!」
勧誘係が焦りの表情を浮かべ、懐から何か武器らしきものを取り出そうとするが、元々戦闘員じゃないのか攻撃に移る判断が遅い。
俺は、勧誘係が懐に伸ばした腕を片手で掴んで止め、そして反対の手でガッと首根っこを締め上げる。
だが、意識を失わない程度に、だ。
コイツにはまだ話がある。
「グッ、このッ、俺達を敵に回してどうなってるかわかってるのか!? 『グロファルザ・ファミリー』の構成員全員が貴様を殺しに来るんだぞ!?」
「知らねぇよ、お前らの組なんてよ。聞いたこともないし興味もない。お前はどこの誰で、どいつらが俺を殺しに来るんだって?」
「ッ……!」
俺の挑発に、言い返せずギリィと歯を食い締める勧誘係。
……やっぱりか。
ゴブロ曰く、コイツらグロファルザなんちゃらって組織は確か、この監獄内で劣勢勢力だったはずだ。
故に他の囚人達に軽んじられ、大分立場が悪くなっており、それをどうにか挽回するために選んだ手段が――俺を組織に加入させることだったのだろう。
自分達の組に所属して、天下を取ったら何だかんだと言っていたが、そんなもの毛程も興味ないし、そもそもコイツらなんかと組んだところで天下が取れる気もしない。
耳触りの良い言葉を並べ立ててはいたが、コイツらはそれを可能なだけの戦力を有していないのだ。
「ほら、もう一回言ってみろ。俺はお前らとは敵対しないつもりだったのに、お前らは俺を殺すのか?」
お前らは、俺の敵に回るのか?
脅すように、ギリリ、と少しずつ首を絞める力を増していくと、勧誘係は痛みに表情を歪ませ――突如、叫んだ。
「殺れッ!!」
瞬間、周囲で囃し立てていた囚人達の中から飛び出す数人の姿。
おい、まだいたのか。
クソッ、勧誘に来たんじゃないのかよ。堪え性の無い奴らめ。
引くかと思ったんだが、煽ったのは失敗だったか。
大分嫌な展開だが、コイツらに大人しくやられる訳にはいかない以上……やるしかない。
俺が掴んでいた勧誘係の顔面に裏拳を食らわせ、メガネをかち割って意識を奪ってから、新たに現れた奴らの対処に動き出す。
一人目。
全力のタックルを一歩分ずれることで躱し、相手の攻撃にタイミングを合わせその喉元にラリアット。
二人目。
背後から羽交い締めにしようとしてきたところを、大きく体勢を倒して回避。
地面に手を突き、後ろ回し蹴りを顔面に叩き込む。
三人目。
動きが鈍いので、こちらから距離を詰め、片手で後頭部を掴み膝蹴りを顔面へ食らわせる。
観戦の囚人達の輪によって出来上がった簡易リングの中で、殴り、蹴り、数発殴られ、お返しに同じ数だけの攻撃を相手の顔面に叩き込み、切った張ったの殴り合いを繰り広げる。
どれだけ手下を潜ませていたのか、次から次へと現れるソイツらの相手をしている内に、頬を切り、いくつかアザを作り――だが、いつの間にか立っているのは、俺だけになっていた。
グロファルなんちゃらという奴らは、全員、地面に倒れて動かなくなっていた。
「フー、フー……」
ヒューヒューと調子の良い囚人どもが喝采を上げる中、俺は荒く呼吸を繰り返し――と、その時、こちらに近付く、ガシャガシャという複数の足音を俺の耳が捉える。
「何をしている!! やめろ、馬鹿が!!」
現われたのは、鎮圧用の警棒を携えた看守ども。
いつもは怠惰なヤツらが駆け足でこちらに近付いてくるのを見て、囚人どもは慣れた様子で一斉に両手を頭の上に乗せ、その場に跪く。
だが――囚人どもと違って俺は、この手の対処には、慣れていない。
「貴様がこの騒ぎの元凶だな!! ふざけたマネをしやがって!!」
一人突っ立っていたせいで目立ってしまったのか、看守どものリーダーらしい男が俺を指差し、ズンズンとこちらに歩み寄る。
「なっ、ちょ、ちょっと待て、俺は絡まれただけ――」
「黙れ、囚人!!」
警棒を振り上げる、看守どものリーダー。
俺は、ほぼ反射的にそれを避けようとしたところで――グ、と無理やり身体の動きを止める。
「ギッ――!」
警棒で思い切り側頭部を殴られ、その衝撃で思わず膝を突くと、看守リーダーは丁度いい位置に身体が来たとばかりに、俺の腹部を強かに蹴り上げる。
鎧のつま先が俺の肺に突き刺さり、呼吸が一瞬止まる。
鈍い鈍痛が身体を走る。
無様に地面を転がった俺を、看守どもは容赦せず寄ってたかって警棒でタコ殴りにし、抵抗せずやられるがままでいるとしばらくして満足したのか、やがて殴る手を止める。
「フン……貴様、所長に気に入られていた男だな。だが、勘違いするな。貴様はただの囚人で、それ以上でもそれ以下でもない。これに懲りたら、今後余計な騒ぎは起こさないことだ。――散れ、お前ら!!」
そして看守どもは、周囲の囚人達を解散させると、用は済んだとこの場から去って行った。
「グゥ……いってぇ……」
地面に転がっていた俺は、ノロノロと腕だけを突いて上半身を起こす。
口の中が、血と砂利の味がする。
腕で頭だけは守ったが……代わりに胴体はボコボコだ。
胴の方は、他人からは見えないので後でヒール系スキルを使って回復出来るが……。
「おう、すげー立ち回りだったな、ユウ」
「……ゴブロか」
全身に走る痛みに呻きながら、聞こえたその声に顔を上げると、いつもの小男。
奴がこちらに伸ばす腕を掴み、グッと立ち上がる。
「いってぇ……あの野郎ども、しこたま殴りやがって……」
「さっきのを避けずに、大人しくボコられたの、正解だぜ。回避しようものなら、奴らさらにキレて、あんなもんじゃあ済まされなかったからな」
そう、看守どもの攻撃を俺が一切避けず食らっていたのは、そうしておいた方が一番被害が少なくなると判断したからだ。
反撃なんかしようものなら、まず間違いなくこの監獄で悪名高い懲罰房行きだし、反撃をせずとも回避しようものならブチ切れである。
あの場面では、大人しく殴られておくのが吉だった訳だ。
「あぁ。……ったく、こっちはただ絡まれただけだったってのに、クソ看守どもが……」
「ケッケッ、ま、奴らにとっちゃあそんなことは関係ねーし、さっきの様子を見りゃあ、一番やべぇヤツはテメーだと誰もが思うだろうぜ? 怪獣みてぇな暴れっぷりだったからな」
「にしたってあのクソ看守ども、何にも聞かず俺だけに殴りかかって来やがったぞ? もっとマトモに仕事しろってんだ」
つまりは、他の囚人どもに対する見せしめにされたのだ。
今日のことに関して、俺は何一つ非がないってのによ。
ふざけやがって。このクソ監獄がクソ監獄たる所以か。
「そりゃあ、土台無理な相談だな。ここにいるのは落ちぶれた元兵士がほとんどだからよ。腕っぷしはあってもお頭が足りてねぇ。それに、そもそも元締めがあのクソブタである以上、奴らの対応がまともになることは天地が逆転してもあり得ねぇな」
「嫌な情報だ。クソを煮詰めたような吐き気のする場所だ」
「おう、ようやくそれを実感したか。これでテメーも一端の監獄の住人だな。歓迎するぜ」
「どうもありがとう、皆に仲間入り出来て、涙が出る程嬉しいよ」
吐き捨てるようにそう言うと、愉快そうに笑い声をあげるゴブロ。
「……まあいい。いや、良くはないが……ゴブロ。知りたい情報がある――」