王城侵入《3》
「あら、見かけぬ方ですね」
「もしや、王都外からいらした方でしょうか?」
にこやかに話し掛けてくる婦人のシスター達に、神父の恰好をした初老の紳士、ジゲルは好々爺然とした表情で答える。
「二つ隣の町、レーズネルの教会にて神に仕えております。しばし休暇をいただきましたので、中央教会で学ばせていただこうと思いまして」
そう言って彼は、懐から取り出したソレ――ゴブロに用意してもらった、正式な神父の証であるペンダントを見せる。
「レーズネルですか、それは遠いところからいらっしゃいましたね」
「最近、何かと物騒ですから、こちらへ来るのも大変でしょう」
「えぇ、魔物達が暴れているらしく、私が馬車でこちらに来る際も冒険者の方々が護衛に付いていましたよ」
そう、シスター達と和やかに会話を続けながら、チラと一瞬だけ、周囲へと視線を送る。
――視界の先に映るのは、それとなくこちらを注視している神父らしき男。
恰好こそ聖職者を装っているが、およそ神父とは思えない鋭い眼光をしており、身のこなしから一目で
鍛えられているのだろうことが窺える。
と、その男は自身が見られたことをわかったのか、ふと視線を外し、そのまま廊下の角へと消えて行った。
「――では、シスターの皆様。私はこの辺りで」
「はい、良い一日を」
「良い一日を」
「ありがとうございます、皆様にも良い一日を」
笑顔で会釈し、彼女達から離れたジゲルは、呟いた。
「――セイハ」
「はい」
瞬間、フ、とその場に現れる、完全装備の仮面の少女――セイハ。
「釣れました。やはり、私の顔は割れていたようです。追跡を頼めますか」
「お任せ、を。これくらい出来なければ、マスターに顔向け、出来ません」
「無茶はしませんよう。あなたに怪我をさせてしまいますと、後で彼に怒られてしまいますから」
「……は、はい。気を付け、ます。その……私も、マスターには、綺麗な身体を見てほしい、ですから」
彼女は、ちょっと照れたような様子でコクリと頷くと、再びその場から消え去った。
「フフ……全く、ユウも悪い男ですね」
小さく笑って彼は、セイハが動きやすいよう、自らを囮とすべく中央教会内部を堂々と調査し始めた。
* * *
――見つからない。
ゴブロと共に、王城内部の捜索を開始してすでに一時間は経過しているだろう。
重要そうな部屋はほぼ全て見て回り、だが未だに、装置らしきものは見つかっていない。
流石に少し、焦りが出て来る。
現在、スタンピードに対する緊急会議が開かれているようで、途中で会った第三王子や、国の重鎮達は全員それに参加しているらしく、この立ち入り禁止エリアの往来は非常に少ない。
だが、会議が終了すれば、ここに戻って来る者達も多くいるだろう。
俺の隠密は、そう簡単に見破られはしないだろうが、しかし確実に動き辛くなることは確かだ。
「……マズいな。そろそろ、会議も大詰めの頃だ。上層部のヤツらが戻って来ちまう」
「手分けして探すか?」
俺の提案に、しかしゴブロは首を横に振る。
「ダメだ。鍵束は一つ。テメーが監獄で、扉の鍵を簡単に開けたのは覚えてるが、ここの扉は一つ一つ違った特定の魔力で厳重にロックされてやがる。余計な危険は犯したくねぇ」
なるほど……念を入れてか。
「その鍵も、あんまり長くは借りられないんだよな?」
「あぁ。この鍵束を俺達に渡したことが発覚すれば、殿下の継承権剥奪は確実で、場合によっちゃあ辺境の修道院で病死もあり得る。俺達が鍵を持っている時間が長引けば長引く程、殿下の危険が増えちまう」
……それぞれ、命懸け、と。
俺は、少し考えてから、口を開いた。
「――ゴブロ。俺達はもう、隠すんだったらここ、みたいな場所は全部見て回ったな?」
「……あぁ。王族御用達の隠し部屋に、秘密の抜け道。宝物庫に広い中庭。恐らく、と思われたポイントは全部探した」
「そもそも装置が存在しないという仮説はないものとして、つまり敵は、もっと大胆な場所、俺達がまさかこんなところに置かないだろうと、そう考えるような場所に装置を隠している訳だ」
「……そういうことになるな」
「じゃあ、俺達が次に探すべき場所はそういう場所だ。大胆で、それでいて人に見つからず、盲点になっているような場所。そう考えると一つ、思い付かないか?」
俺の言いたいことを理解したのか、ピクと眉を反応させ、ゴブロは答える。
「……陛下の部屋、か」
「隠し場所としては、ピッタリだろ? 怪しい者は何人たりとも侵入を許されず、厳重に警護され、そもそも病人なんだから、面会に訪れる者も少ないだろうし」
「とすると……ちと面倒だな。以前、第一騎士団が敵に回ったかもしれねぇって話をしたことがあんだろ?」
「ん、あぁ」
「これはテメーらが中央教会に潜った際得た情報だから、知ってるかもしれねぇが、正確には未だ陛下に絶対の忠誠を誓っている近衛騎士達と、一部のどうしようもねぇ輩が第一騎士団の中にいた訳だ」
「そうだったな」
中央教会の地下空洞で、どこぞの騎士達と神父の密会を潰した時に得た情報だ。
「んで、その忠誠を誓っている近衛騎士どもの方が、自分達の中から裏切り者が出たってことに酷く憤慨してな。まず、テメーらのところから名前が割れたアホと、ソイツに協力していたらしいバカにそれはもう愉快でハッピーな目に遭わせてやり、現状残っているのは忠誠心が厚過ぎる騎士様方、という訳だ」
「あ、あぁ」
……愉快でハッピーね。
きっと、誰もが笑顔で「それは素晴らしい!」と拍手するのだ。
詳細は聞かないでおこう。
「そこから黒まで辿れれば良かったんだが、相も変わらず徹底して情報封鎖してやがったようで、アホとバカからの線は途中で途切れてやがった。故に残りの第一騎士団のヤツらは、これ以上陛下を危険に晒す訳にはいかないと、今まで以上に張り切って警護に望んでやがる」
「あー……つまり、今も第一騎士団の奴らが、国王の部屋を守っていると?」
「二十四時間付きっきりでな。近衛騎士は陛下が直々に選んだ、この国でトップランクの実力を持つ騎士達だ。テメーの隠密魔法なら、姿を隠し通すのは出来るかもしんねーが、コイツらに気付かれず室内を捜索するってなると、流石に難しいモンがあると思うぜ。そもそも、部屋に入るところからして困難だ」
ゴブロの説明によると、部屋の前に二十四時間体勢で二人の騎士が立ち、内部にも国王の護衛としてさらに四人の騎士が守っており、部屋の窓という窓には全て感知魔法が張られ、開け閉めがあったら即座にわかるようになっているらしい。
警護という点から言うと完璧で、気付かれず侵入するのは現実的ではないとのことだ。
……まあ確かに、鍵があって姿を消すことが出来ても、扉を開ける時には音がする。
加えて、周囲からすると一人でに扉が開くことになる以上、怪しいなんてもんじゃない。
二十四時間体勢と言っても、人員のローテーションはしているだろうし、その時に一緒に中に入る、という手も考えられるが……問題はやはり、時間だ。
交代は、一日三交代らしい。
となると、次彼らが交代するまでに、現在行われている緊急会議が先に終わってしまう可能性は高い上に、そもそも会議の終了は、軍が滞りなく動き出すということを意味する。
今回のスタンピードへの軍の派遣は、多分に第一王子の実績作りの面が含まれている。
それが完了してしまえば、第三王子を王位に付けようとしているこちらからすれば、詰み。
故に俺達は、軍がスタンピードの討伐へと動き出す前に、スタンピードを終わらせることが求められている訳だ。
いつになるかわからない次の交代を待ち続けて、どうにか侵入成功、となったとしても、すでに軍の集結が終わっていて、討伐に動き出してしまっていたら意味がない。
機械を破壊してすぐ、魔物どもが散っていくとも思えないしな。
要するに何が言いたいのかと言うと、俺達には悠長に待っている時間は存在しない、ということだ。
「というか……そんな四六時中ソイツらがいるんだったら、ソイツらは装置から発せられてる、魔力波の存在には気付けないのか?」
「無理だな。多分、ヒト種の中でも人間には気付けねぇシロモノなんだろ。人間は、他種族に比べ魔力に対する適性がそんなに高くねぇ。現に、俺が調べた報告でも、魔力に当てられて倒れたのは、ヒト種の中でもとりわけ魔力適性の高い種ばっかりだったからな」
……なるほど、そういう感じか。
「……お前が、第四騎士団ってコネを使って、中に入れてもらうってのは?」
「無理だ。ヤツら、医者以外は絶対中へ入れねぇよう徹底してやがる。王族すら正式な用事がなけりゃあ、拒まれるって話だ。俺じゃあケツを蹴っ飛ばされて追い返される」
「む……まあ確かに、お前んところ、騎士団全体で怪しさムンムンだもんな」
「それを言ったら、テメーんところもそうだろ。一歩間違えりゃあ、筆頭お尋ね者の集団だぜ」
違いない。
ゴブロ達のところと繋がっていなければ、きっと全員即座に指名手配されることだろう。
……そうだな、俺達は表か裏かで言えば、確実に裏の存在だ。
ならば――それらしく行くとしよう。
「よし、ゴブロ。こういうのはどうだ」
「おう、何だ、良い案を思い付いたか?」
「あぁ。今日の俺達は、城に無断侵入した賊。それも、お互い監獄から脱獄した、筋金入りのお尋ね者だ。である以上ここは、俺達に馴染みのある監獄流で、賊は賊らしくやるのがいいんじゃないか?」
「……おい、まさか」
微妙に引き攣ったような表情をするゴブロに、俺はニヤリと笑みを浮かべると、インベントリを開いて中から二枚の仮面を取り出した。
「仮面、あるぜ。被るか?」
ちょい書き直すかも。




