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断罪の暗殺者  作者: 流優
政権転覆
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その頃

 いつも感想等、ありがとうございます。



 ソレは、起き上がった。


 ――鬱陶しい。


 遠くから感じる、魔力を震わす『何か』。


 最近感じるようになったこれが、鬱陶しく、頭に響く。


 苛立ちが募る。


 ――これはいったい、どこからだ。


 ソレは、苛立ちの原因を排除すべく動き出した。


 いつもなら気にしないのだが、周囲の魔物達が怯え、ウロチョロと逃げていくのが何だか今は非常に目障りに感じ、通り過ぎざまに踏み潰し、咀嚼し、常時頭に響く『何か』が感じられる方向へと向かって行く。


 そうして、先へと進むにつれ――だんだんとソレは、おかしな(・・・・)気分(・・)へとなっていく。


 自分が自分でないような、意識に霞が掛かったような、曖昧な感覚。


 わからない。

 いったい、自分は何をしにここに来たのだったか。


 訳がわからなくなり、ただどうしようもなく不快な感覚だけが、頭に残る。


 ただそれだけが、はっきりしない意識を染め上げる。


 ――全てを、ぶち壊してしまいたい。


 そしてソレは、自意識がなくなった。



   *   *   *



 その日も、その場所は儲かっていた。


 裏社会に生きる者達御用達の、カジノ。


 そこでは、バーに加え男が欲望を(・・・・・)発散するための場所(・・・・・・・・・)が併設されており、酒と葉巻の臭いが充満したこの場所で、現在も水商売の恰好に身を包んだ多くの女達がしなを作り、男達の接客をしていた。


「そこの! 私に酌をしたまえ!」


「はい、ただいま」


 だらしなく頬を緩ませた、貴族らしい男の下へと給仕に向かうのは、ウェイトレスの恰好に身を包んだ色気のある少女。


 にこやかな愛嬌のある笑顔を浮かべ、貴族が出してくるグラスにワインを注ぐ。


「ふむ、見ない顔だな? 新しい者か?」


「はい、今日から働かせていただいています」


「そうかそうか。名前は何と言うのだね?」


 ニヤニヤと欲望を顔に張り付けた男の手が、ウェイトレスの臀部に伸ばされ、撫で始める。 


 瞬間、ビキ、とウェイトレスの頬が引き攣るが、しかし貴族に気付かれる前に笑顔に戻り、質問に答える。


「私は、ネーアと言います。よろしくお願いします」


「ほう、ネーアと言うのか。では、私がここでの働き方を教えてあげよう。若い新しい子を見ると応援したくなってしまう性分でね。どうだね、二人だけで楽しくおしゃべりでもしないか?」


 そう言って貴族が顎をクイとやって示すのは、カジノの端にある、個人用のお楽しみ部屋。


 今も女を侍らせた多くの男達が出入りをし、あの場所が一番の目的で、カジノやバーは順番待ちの間の暇潰し、という者が多くいることが窺える。


「わ、わかりました……その、や、優しくしていただけると……」


 いじらしい態度で答えるウェイトレスに貴族は興奮を覚えたらしく、鼻息荒く立ち上がると、彼女の肩に手を置いて軽く抱き寄せる。


「あぁ、勿論だとも。そうだ、ネーアよ。これを吸うといい。きっと、君もとても気持ち良くなれる」


 そう言って貴族は、葉巻のようなものを一本取り出し、それをウェイトレスへと渡す。


「……あら、ありがとうございます」


「ほら、火を点けてやろう。咥えてみなさい」


「部屋に入ったら、いただきますね」


 そう話している内に、彼らはカジノの端まで辿り着く。


 優遇されているのか、VIP用らしい部屋の一つへとすぐに通され――その部屋の中には、白髪に(・・・)イヌミミと尻尾(・・・・・・・)を生やした(・・・・・)、メイド服の女性が入っていた。


「む? 何だ、三人でやるのか? クックッ、それも、いい娯、楽、だ……」


 ――そこまで喋ったところで、突如貴族の身体からガクンと力が抜け、地面に崩れ落ちる。


「……ぐぅぅ……ぐぅぅ……」


 荒い寝息が、貴族から聞こえ始める。


 睡眠の魔法を発動したメイド服の女性――シャナルは、ウェイトレスの少女へと労うように言葉を掛ける。


「お疲れ様です、ネアリア(・・・・)


「チッ……クソ貴族め、頭のイカれた女とやるのが好みってか、クズがっ!」


 意識を失った貴族に対し、ウェイトレスの少女は張り付けていた笑顔をやめ、苛立ちの感じさせる表情でゲシ、と男を蹴り飛ばす。


「ネアリア、それ以上やると目を覚ましてしまいますので、その辺りで。何かされましたか?」


「あぁ、アタシに魔薬を吸わせようとしやがった上に、ケツを撫で回された。何度ぶち殺してやろうかと思ったことか」


 フン、と鼻を鳴らしながら、ウェイトレスの少女は顔の前を手で払う動作をし――次の瞬間、彼女の顔が全く別人のもの、元のネアリアの顔へと戻る。


 変装の魔法を解き、頭のカツラを外した彼女は、眠った貴族の身体を持ち上げて椅子に座らせると、ゴソゴソと懐を漁り始める。


「お、やっぱ持ってやがったな」


 探り出したのは、十数個の錠剤。


 その全てを一度に貴族の口に放り込み、部屋に置かれていたワインのコルクを抜いて無理やり飲ませると、ネアリアは先程受け取った葉巻に火を点け、それを男へと咥えさせた。


 煙が、部屋に充満し始める。 


「うし、これでオーバードーズで死んだアホ貴族の完成だな。シャナル、アタシの雇用履歴は?」


「大丈夫です、しっかり削除しておきました」


「りょーかい。……ったく、貴族の処理ってのは何でこんな面倒なんだ。もっとサクっと殺させて欲しいもんだな。こっちは忙しいってのに」


「仕方ありません。始末するにも、貴族の殺害とあっては流石に騎士団が動きますから。それに、私達に敵が多いことは確かですからね。この貴族も配下をやられて私達への報復のために私兵を揃えていたようですし、後でちょっかいを出されるよりは、多少面倒でもしっかりと準備して排除するのが大事かと」


「言いてぇことはわかるがよ。アタシがこんな、頭の弱い尻軽女みてぇな恰好で、猫撫で声でアホを誘惑するフリなんかしねぇでも、ユウ辺りに頼みゃあ誰にも気付かれず暗殺してくれんだろ。アイツの隠密技術、大分やべーぞ?」


 扇情的な服のスカートを無造作にヒラヒラさせながら、そう言うネアリア。


「そうですねぇ。彼、普通にしてると好青年にしか見えないですけれど、能力はちょっとえげつないものがありますからねぇ。けどネアリア、その恰好、とても可愛いですよ? 服のスリットがちょっと扇情的ですが、よく似合っているかと」


 ニコニコ顔のシャナルに、ネアリアはげんなりした表情で答える。


「勘弁してくれ。こんなフリフリで趣味わりぃのを着るくらいなら、まだそこらの娼婦の恰好でもしてた方がマシだ。――それより、とっととずらかるぞ。通勤初日でバックレる訳だかんな、誰かに見られてキレられる前に逃げねーと」


「フフ、そうですね、早くオルニーナに帰りましょう」


 そうして彼女らは従業員用の出入口から裏に抜け、店を出る。


 外はすでに暗く、人通りもほぼない。


「――お、いた。おーい、お疲れ二人とも。って、ネアリア、すごい恰好してんな……」


「? ユウか? どうしたんだ?」


 声を掛けてきたのは、つい先程まで会話に出ていた、黒髪の青年。


 いつも付きっきりでいる仮面の少女は近くにおらず、彼一人である。


「ちょっとこっちで進展があってな。真っ直ぐ帰ってほしいから、ジゲルに頼まれて呼びに来たんだ。――それよりほら、これでも着とけ」


 そう言ってユウは、何か魔法を使ったらしく何もない空間からポンと上着を生み出すと、それをネアリアへと渡す。


「おう、サンキュー」


 受け取った上着に腕を通し――何を思ったのか、ふとネアリアはニヤリと笑みを浮かべると、彼の肩に腕を回してもたれかかる。


「おわっ、な、何だ」


「なぁ、聞いてくれよ色男。アタシ、さっきまでバカの相手をしててな。ほとほと疲れたから、ユウ、アタシを労って、後で酌してくれねーか」


「酌って、お前、禁酒してたんじゃねーのか」


「減らすようにしてただけだ。今日は大分ムカついたんでな、ストレス発散のためにゃあ、アルコールが一番だ」


「あら、では私はおつまみを作りますね。ネアリアには嫌な役回りをしてもらいましたし、今日はいっぱい飲みましょうか」


「シャナルのつまみ! そりゃ最高だ、クソ野郎の相手をした甲斐があったな!」


 そんなことを言う二人に、ユウは苦笑を浮かべながら言葉を返す。


「ま、いいけどよ。それじゃあ、是非とも労わせていただくとしましょう。俺も、美人さん方と飲むのは悪い気分じゃないんでね」


「お、言うねぇ。今のはセイハには黙っといてやる」


「……そうしてくれ」


 そして彼らは、笑いながらオルニーナへと戻って行った。


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