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断罪の暗殺者  作者: 流優
監獄闘技場
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仮面《3》



 一人、通路を歩く。


 時折通りかかる看守が、こちらを見て一瞬胡乱げな表情を浮かべてから、すぐに正体を察したらしく身体を強張らせ、道を開けて敬礼する横を無言で通り過ぎる。


 常にローブを纏い、フードを被り、仮面を装着している自分は、きっと得体の知れない存在として恐れられているのだろう。


 一応、味方であると言える者達からしても、この反応。


 自身の『飼い主』である、あの醜い肥え太った貴族すらも、この身に対しては気味の悪いものを見るような視線を送り、近寄ろうともしない有様。


 ここでは自分は――いや、ここでも自分は(・・・・・・・)、異端なのだ。


「……フフ」


 そこまで考えたところで、小さく笑い声を漏らす。


 ――不思議な青年だった。


 年若い、もしかすると自分と幾つかしか歳が違わないくらいの、この牢獄には全く似合わない平凡な青年。

 珍しい黒色の髪と瞳、そしてこちらの地域ではあまり見ないような顔立ちは特徴的と言えば特徴的かもしれないが、それ以外に特に目立ったものもない、ただ善良なのだろうことが窺える風貌。


 一見すれば、取るに足らないような相手であるが……その身に秘める力は、ここにいる者達とは隔絶するものがあった。


 この監獄にいる剣闘士の中では、トップに入るだろう実力を有していることは、まず間違いない。

 幾度か彼の試合を見て、そして実際に相対し、そのことは重々理解した。


 非常に、目が良いのだ。


 今まで、避けられた経験など数える程しかない自身の攻撃を、曲芸染みた様子で軽々と避けられれば、嫌でもその実力の程は感じられる。

 まるで、手の平の上で踊らされているかのような気分だった。


 恐らくは、自分よりも圧倒的に強いのだ。


 だが……あの青年は、攻撃を避けられ幾度か隙を晒してしまった自分に、一度も反撃をしてこなかった。

 いや、攻撃をしてきたことはあったが、どれもこちらに当てようという意思を感じられないような、意図しての空振りばかり。


 舐められているのか、とも最初は思ったが、しかしこちらの攻撃がヒットし始め、急所は避けられても青年にダメージを与え始めたところで、その考えも薄れていった。


 何を考えているのかわからず、ただただ疑問を感じながら、しかし試合で手を抜く訳にもいかないので攻撃を止めることはしなかったが……結局、そのままこちらの勝ちで終わってしまった。


 だからこそ、脳裏を占める疑問を解消しようと、この監獄兼闘技場に来て初めて対戦相手の下まで向かい――そしてわかったのは、彼が変わり者(・・・・)だということだった。


『君、俺より年下だろ』


 彼の言葉は、今も頭の中に残っている。


 先程は何を言っているのかわからず、少し間の抜けた答えを返してしまった気がするが……つまり彼は自分を、気色悪いと恐れられるこの身を、ただ一人の年下としてしか見ていなかったのだ。


 異端である自分を、だ。


 何だか、自分達とは、一つ別のところで生きているような人。

 何が違っているのかはわからないが、しかし彼が変わった存在であるということは、よくわかる。


 人殺し、密売人、強姦魔、麻薬ディーラー、組織犯罪者、政治犯罪者、戦争犯罪者、悪徳貴族、囚人と取引し金儲けする看守など、非常に多種多様な者達がいるこの悪人の坩堝においてすら、変わった存在。


 あの青年もまた自分と同じく、異端な者達の中でさえ異端な存在なのだ。


 ――彼と、もう少し、話がしてみたい。

 

 そんなことを思う自分がいることに気が付き、彼女は、再び小さく笑った。



   *   *   *



 ――セイハとの試合があった、翌日。


「おぉ……これが俺の新しい部屋か」


 看守に連れられた牢の中で、俺は小さく歓声をあげる。


 仮面少女セイハとの試合は負けてしまったが、それまでに連戦連勝を重ねていたので、褒美として今までとは別の牢を用意されたのだが……これは、頑張った甲斐があったな。


 厚めの毛布のある木製ベッドに、ちょっと小綺麗な汲み取り式トイレ。

 一つだけだが、頼めばロウソクを補充してくれる部屋に備え付けの燭台。


 まあ、相変わらず石製で寒々しい小部屋ではあるのだが、檻の中が丸見えの鉄格子の扉ではなく、ちゃんとした普通の壁に普通の扉へと変化していることが俺の中では一番嬉しかったりする。


 起きている時ならまだしも、寝ている時とかだと、看守の巡回が気になったり、というか単純に風が入ってきて寒かったし、ストレス溜まりまくりだったからなぁ……。


 一通り確認して満足した俺は、新しいベッドに寝転がる。


 固めではあるが、敷布団にシーツがあるだけ断然マシだ。


「――よし」


 頭を切り替える。


 ――脱獄の手順を考えよう。


 まずは……必要なもの。


 考えなければならないのは、武器だ。

 それ以外のものはどうとでもなる。


 闘技場では長剣を使っているが、ゲームでの俺のメインクラスは長剣を扱うものではなかったため、実は現在、膨大に取得しているメインクラスのスキルが全然使えなかったりする。


 どうしようもなさそうであれば諦めるが、万全を期すためにも、扱いに慣れている俺のメインクラスの武器が欲しい。


 だが、当然ながら「武器が欲しいのでください」なんて看守に言ったところでくれるはずがないので、どうにか調達手段を考える必要があるのだが……実はそれに関しては、すでに考えがある。


 ――生産系スキルである。


 俺は、ゲームでは普通に戦闘系クラスに就いていたが、長くやり込んでいれば自然と生産系スキルも覚えるものだ。


 ……というか、一時期すんげーハマって、一部の生産系スキルに関しては、解放するための関連クエストを全て終えて最上位スキルまで覚えていたりするので、材料さえ揃えば最高級装備まで作れたりする。


 本職の生産職と言っても、差し支えないくらいの生産系スキルが揃っているのだ。

 である以上、武器がないならば自分で作ってしまえばいいだろう。


 ただ、一つ懸念としては、果たしてこちらの世界の素材でも生産系スキルが発動するのかどうか、という点か。


 こればっかりは、やってみないと分からないな。


 何を作るかはすでに決めてあるので、必要になる素材もわかっているのだが……素材に関してはゴブロに調達方法を相談してみるか。

 ヤツならきっと、良い手段を教えてくれることだろう。


 それで調達した素材じゃあスキルが発動しなかったら……その時またどうするか考えるとしよう。


 ――と、そうして脱獄の計画を練っていると、何やら廊下の方から、喧噪が聞こえてくる。


「ほら、大人しく歩け! もう試合は終わったんだ、何でお前はそうも喧嘩っ早いんだ!」


「フン、向こうが突っ掛かってきたから、少し小突いただけだ」


 看守の言葉に、鼻を鳴らしながら答える、囚人らしき者の声。


 ……聞いたことのある声だな。


 この声は、闘技場で初めて戦ったライオン男のものか。


「鼻の骨を折るのを、少し小突いただけとは言わねぇんだよ! ったく、牢で大人しくしていろ!」


「へいへい、仰せのままに。――って、あ? 誰か隣に入ったのか?」


 看守が遠ざかる足音と同時、そんな怪訝そうな声が隣の牢から聞こえてくる。


「どうも、今日から隣人だ」


「その声は……前に俺が負けた男だな。なるほど、もうこの部屋が与えられる程に勝ったのか。流石だな」


 向こうも俺の声を覚えていたらしい。

 些か感心した声色で、そのような言葉が壁の向こうから帰ってくる。


「どうにかこうにかな。ま、アンタと戦った時が、一番大変だったよ」


「おう、嬉しいこと言ってくれるねぇ。そりゃあ、光栄だ」


 セイハとの戦闘も大分骨が折れたが、このライオン男との試合の時は何もわからず戦わされていたので、苦労具合で言えば段違いで後者に軍配が上がるだろう。


「それより、何だ。さっきの看守とのやり取りを聞く限り、喧嘩でもしたのか?」


「いいや、喧嘩じゃねぇ。食堂で隣に座った男が『獣臭ぇ』だの『毛が暑苦しい』だの言いやがるもんでな。つまりコイツは、俺と仲良くやりてぇ(・・・・・・・)っつー挨拶をしてるんだと思ってよ、それに相応しい返事をすべく鼻面を殴ったら、そのままひっくり返って気絶しやがったんだ」


「へぇ……アンタとそんなに仲良くなりたいヤツが、この監獄にいたとは驚きだ。随分と無謀な男もいたもんだな」


「ガッハッハ、多分、新人だったんだろうよ。それか、獣人嫌い(・・・・)の奴だったのか」


 ……なるほど、人種差別――いや、種族差別か。


 まあ、前世の人間なんかも、単一種族の中で肌がどうの人種がどうのと言って色々やっていた訳だし、実際種族の違う者達がいるこの世界ならば、そういうヤツらもいっぱいいるのだろう。嫌だねぇ。


 それにしてもコイツ……試合をした時と、受ける印象がかなり違うな。


 もっと荒れ狂った男なのかと思っていたら、そういう訳でもなく、ちょっと陽気なおっさんといった感じだ。


「おう、隣人よ。お前さんの名前を聞いておこう」


「俺は、ユウだ。アンタの名前は聞いてるよ、ラムドだろ?」


「そうだ。獅子族、ラムド=レバラドスだ。口だけ達者なバカじゃあなく、実力のある男は嫌いじゃねぇ。精々お隣さん同士、仲良くやろうぜ」


 割と社交的なライオン男、ラムドに少し興味を覚えた俺は、彼に問い掛ける。


「……ラムド、アンタ、何をしてここにぶち込まれたんだ? 答えたくないんだったら、答えなくていいが……」


「俺か? 俺はこの国の兵士をぶち殺しまくった。敵の大将もぶち殺してやったんだが、その後不覚にも力尽きて捕まっちまってな。あれよあれよという間に、気付けばこの監獄で見世物小屋の猿よ」


「あー……ラムドは、兵士か何かなのか?」


「そうだ。俺は一族の戦士だ。戦うことが俺の全て」


 つまり、コイツは敵対国家の軍人だった訳か。

 いや、一族、と言っている以上、国家よりは部族の方が近い感じだろうか。


「……そりゃあ、なんつーか、災難だったな」


 俺の言葉を、だがラムドは愉快そうな声色で否定する。


「そうでもねぇさ。俺は戦士で、戦士は戦うことだけが至上の目的。だから、好きなだけ戦えている今の生活はそんなに悪くねぇ。――ま、あの所長のクソブタはいつか必ずぶち殺してやるがな!」


 そう言ってラムドは、豪快に笑った。


 ――ここは監獄で、犯罪者を収容する場所だ。


 だが……一口に監獄と言っても、セイハやゴブロ、ラムドのように、こんな場所でも色んなヤツがいるらしい。


 俺は、この時初めて、この場所を少し面白いと思った。


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