緊急会議
――王都セイリシア、その王城にて。
「ギルドの見解を聞こう」
かっちりと軍服を着込んだ老齢の軍人の言葉に、ギルドマスターの老女、レンダ=ネマンダルは腕を組み、険しい表情で答える。
「スタンピードで間違いないさね。あちこちで魔物の増加が確認されている上に、魔物の生息域までメチャクチャになっている。今回は、あのボンクラが張り切って勝手に準備を進めていたことが吉と出たね」
「むっ、不敬だぞ、レンダ!」
そう怒鳴るのは、同じく軍服を着込んだ、頭を刈り上げた中年の軍人。
「フン。むしろアタシは、何でアンタらが、あんな男に好き勝手やらせているのかが謎なんだがね」
チラと老齢の軍人の方を見ながらそう言うと、彼は苦虫を噛み潰したような顔で押し黙っている。
――なるほど、何かしらの弱みを握られてるって訳かい。
別に、珍しい話でもない。
政府が新たなものに変わるとなれば、このような裏のやり取りは必然的に多くなるものだ。
敵対的な派閥の者ならば、潰すか弱みを握って黙らせるか。
よくある手だ。
と、レンダの言葉に、中年の軍人が鼻息荒く答える。
「殿下と共にいれば、きっと貴様も理解出来るだろう!」
「そうかい。まあ、どうでもいいさ。とにかく今は、スタンピードに対する対処が先だ。中央軍は、今どれだけ動ける?」
彼の言葉を軽く流し、そう老齢の軍人に問い掛ける。
「四割が限度だ。陛下が倒られてから、増えた国境線沿いの小競り合いを鎮圧するのに方々へ送っていたのが仇になった。物資も急ピッチで集めておるが、何分急な故、物自体が足りておらん。辺境に送るはずだった分を無理やり掻き集めているのが現状だ」
「……全く、面倒ってのは重なるもんさね。――宰相、アンタの方は?」
と、ここまで黙っていた宰相に問い掛けると、彼は手元の報告書に目を落としながら答える。
「財源は問題ない、その分はスタンピードの話が出て来た時から念のため確保しておいた。軍備が整うまでの間、冒険者に対処させるだけの資金はある」
「む、そうかい。なら話は早い。アタシの方で緊急依頼を出すから、アンタは金をよこしな」
「……レンダ、お前も立場があるんだ。もう少し口調に気を遣ったらどうだ?」
「上品に言ったら出す金の量を増やしてくれんのかい? なら考えてやるさね」
皮肉気にそんなことを言うギルドマスターに、宰相は苦笑を溢す。
「ゼーガン、ジョーダ、アンタらはさっさと軍を使える状態にしな。あんまりモタモタしてると、ウチが全部手柄を取るよ」
「うむ……集結を急がせよう」
「フン、言われずとも」
――そう、話が纏まりかけた時、バタンと乱暴に会議室の扉が開かれる。
「話は聞いた! やはり、スタンピードだったようだな!」
現れたのは、第一王子――ヴェルディ=ロードスト=セイローン。
彼の登場に、中年の軍人、ジョーダ以外の者達が一瞬嫌そうな顔を浮かべ、それから全員が即座に王族に対する敬礼をする。
嫌そうな顔をされたことには全く気付かず、彼らの対応を慣れた様子で片手を振ってやめさせてから、第一王子は言葉を続ける。
「ゼーガン、出せるだけ軍を出せ! さっさとこの騒ぎを終わらせよう! 明日にでも俺が率いて魔物どもを残らず冥府に叩き落してやる!」
会議を根本からひっくり返すようなその発言に、慌てて老齢の軍人、ゼーガンが答える。
「なっ、で、殿下、お待ちを! まだ物資も人員も十分に揃っておりません、今出るのは無茶です!」
「方々に中央軍を送っていたことは知っている、だが残りがまだあるはずだろう! 俺が準備させた騎士団なども、もう動ける段階にある! 合わせれば結構な戦力になるはずだ!」
「それでも数が足りておりません! 以前のスタンピードの際、魔物達の戦力を甘く見て大きな被害が出たことは殿下も知っていらっしゃるはず!」
「緊急時に必要なのは何よりも対応の素早さだ! 今も、魔物どもによる被害が増加しているのだろう?」
「素早い対応が必要なのは仰る通りです、なので冒険者達と協力することになっております! 軍の集結までの被害は彼らに抑えていただき――」
と、老齢の軍人の言葉を遮り、第一王子は怒鳴り声をあげる。
「冒険者? 何故そんな奴らに頼らねばならん!!」
「彼らにはまとまった戦力があります、一時的な対処を任せておけるだけの力はあるかと――」
「ええい、ゼーガン、貴様は言い訳ばかりだな!! もういい、黙っていろ!! ――ジョーダ!!」
「ハッ!」
「すぐに出る、準備しろ!」
「畏まりました!」
そして、ズンズンと会議室を去って行く第一王子に続き、中年の軍人もまた勝ち誇ったような笑みを浮かべ、「では、準備があるので失礼する」と去って行った。
残された三人は、揃って同時にため息を吐き出す。
「……これだからタカ派ってのは嫌いなんだ。ったく……バカどもの尻拭いはアンタの仕事だ。どうにかすることさね」
「あぁ、わかっている。……ハァ、頭が痛い」
額を指で揉む、老齢の軍人。
なし崩し的に会議が終了し、彼らもまた各々の仕事に移るため会議室を後にし――離れ際、ポツリと宰相がギルドマスターに向かって呟く。
「レンダ、事態が動くぞ。気を付けろ」
「! ……忠告感謝するよ」
それ以上言葉は交わさず、互いを見ることもせず、二人は離れて行った。
* * *
――昼休憩の場所で出会った魔物、『ブラッド・オーガ』なんて名前のオーガだったようだが、どうもかなり強い魔物だったらしい。
我がペットのベヒーモスとは比べるまでもないが、その一ランク下辺りには位置する程の強さがあり、イル曰くあの森には棲息するはずのない魔物なのだという。
周辺地域の、ヌシレベルだという話だ。
確かに、背後から首を斬り落とす時にやたら皮膚が固いとは思ったが……ついこの前、ゴーレムを前に小太刀とソードオフショットガンではなす術なかったことを反省して、もっと斬れ味のある武器に変えていたのが功を奏したな。
現在使っている小太刀は『骨』シリーズから変更し、『轟鉄斬』という『轟鉄』シリーズに分類されるものを使用し、銃は今まで使っていたソードオフショットガンを一段階強化した『三連式ソードオフショットガン』というものを使用している。
骨シリーズは軽くて非常に扱いやすく、しかも割と簡単に作れるというメリットがあるが、その分他のシリーズと比べると斬れ味が微妙に下がるというデメリットがある。
対して『轟鉄』シリーズは、斬れ味は抜群のものがあるが、その代わりすんげー重い。
この『轟鉄斬』も、小太刀なのに両手剣と変わらないような重量があるという、非常に極端な武器である。
まだ中級武器錬成しか使えない俺が作れる武器は、そんなものである。
上級武器錬成が使えるようになれば話は別だが、今の俺では何か一つメリットを取れば、何か一つデメリットが生まれてしまう。
これに関しては、今後地道に強化していくしかないな。
上級武器錬成が出来るようになるには、炉をアップグレードするための希少素材が圧倒的に足りていない。
ゴブロを介して集めたとしても、希少素材は希少故に希少素材なのだ。
必要なものが全て集まるには、時間が掛かるだろう。
ちなみに、セイハの方は骨素材のダガーが非常に気に入ったようなので、そのままそれを強化する形で使わせている。
ブラッド・オーガなるオーガの素材が良さげなので、回収した素材を使って後程良いのを作ってやるとしよう。
「やっぱり、スタンピードで確定っぽいか」
「そのよう、でしたね。ギルドの者達も、かなり忙しい様子でしたから」
森からギルドへと報告に戻った際、内部は大分慌ただしくなっていた。
例のスキンヘッドおっさんがおらず、詳しいことは聞けなかったが……代わりに受付を担当した者からは、恐らく明日か明後日には報せがあるだろうと言われた。
何かしら、事態に進展があったのだろう。
「それにしても、イルはいい子だったな。セイハも大分打ち解けていたようだし」
「いい子……そうですね。彼女は、いい子でした。夕食を共に出来ないのは、少し、残念です」
「あぁ、ホントにな」
どうも彼女、魔法学園の寮暮らしであるらしく、なるべく早く戻らないといけないらしい。
オルニーナで晩飯を食わないか誘ったのだが、物凄い心惹かれているような顔で「ごめんなさい」と言われた。
ま、今日が無理でも、お互い冒険者なのだし、またその内そんな機会もあるだろう。
そう魔法使いの少女に関して話している内に、俺達はオルニーナへと戻り――。
「――む。お帰りなさい、ユウ、セイハ」
「ようやく戻ったな」
――待っていたのは、ジゲルと、ゴブロ。
「ただいま戻りました」
「ただいま。――ゴブロか。何かそっちでも進展があったのか?」
「あぁ。色々あるが……とりあえずまずは、コイツだ」
そう言って彼は、ポンと俺に黒く丸い何かを投げ渡してくる。
パシ、と受け取ると、指に程良い弾力が返ってくる。
「! ゴムか!」
「テメーの工房にも同じものを送っといたが……そんなん、いったい何に使うんだ? 工業用品だぞ?」
「完成したらお前にも見せてやるよ」
俺は頬を緩ませながら怪訝そうな表情のゴブロに答え、受け取ったゴムをしまう。
「……ま、ならそん時を楽しみにさせてもらおうか。――ジゲル、話を戻そう。ユウ、そんで仮面。テメーらも聞け」
「ん、あぁ、わかった」
「……わかりました」
そして小男は、話を始めた。




