調査《1》
――翌日、早朝。
まだ日が出て間もないような時間帯に、王都セイリシアをグルリと囲む防壁から外へと繋がる大門の前にいると、聞こえてくる俺達を呼ぶ声。
「あ、あの! ユウさんとセイハさんですか?」
声の方向に顔を向けると、そこにいたのは制服のような姿に魔女っぽい帽子を被った、一人の少女。
装備は、杖。
光る淡い宝玉のついた、古めかしい木で出来ており、それなりにレア度が高そうな見た目をしている。
典型的な、魔法使いといった様相だ。服が学生のような制服だが。
「おう、そうだ。君が『イル』だな。よろしく」
「よろしく、お願いしますね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ペコリと頭を下げる少女――イル。
――この子が、スキンヘッドおっさんの言っていた、俺達が組む調査の出来る冒険者である。
若いが実力があり、魔物の生態に関する知識で言うと、冒険者の中でも一級品であるそうだ。
また、制服を着込んでいるが、実際に学生らしく、この王都内にある『魔法学園』なるもので日々勉学に励んでいるらしい。
スキンヘッドおっさんには、「一応言っておくが、手を出すんじゃねぇぞ。ウチにまで被害が来るからな」なんて釘を刺された。
そんなことする訳ないだろう――と言いたいところだが、相手は血の気の多い者が多い冒険者だからな。
冒険者が学園の生徒に手を出した、なんて風評が流れれば、ギルドとしてマイナスなのは間違いないので、おっさんとしては心配なのだろう。
ウチと組ませたのも、もしかするとセイハがいるから、という理由があるのかもしれない。
冒険者は女性もそれなりにいるとはいえ、やはり圧倒的に男が多いからな。
可愛らしい少女を組ませるには、適していないことは確かだ。
まあ、この少女も冒険者という荒事を仕事にしている以上、毎度毎度そんな気遣いをされている訳ではないだろうが、今回はちょうどよく俺達がいたから組ませた、というのはあるのではないだろうか。
「君も大変だな、学園に加えて冒険者の仕事までして」
「あはは……確かにそれなりに忙しくはありますが、冒険者の仕事も、魔物に関する研究の一環のようなものですから。お気遣いありがとうございます」
苦笑い気味の笑みを溢しながら、そう言うイル。
うむ、礼儀正しい良い子である。
「……学園、ですか」
と、俺の隣でポツリと呟くのは、セイハ。
……そう言えば、この少女は物心ついた時から裏社会で生きているんだったな。
「セイハも学校、通ってみたいか?」
「いえ、特には。私のいるところは、マスターのお傍。どういうものか、少し気になりはしますが……それ以上に今、マスターと共にいられるのが幸せですから」
「……そうか。ありがとうな」
ポンポンと撫でると、セイハはちょっと照れ臭そうにしながらも、大人しくされるがままに撫でられる。
うむ……ウチのも、可愛くて良い子だな。
その内、大学みたいなところがあるのならば、一緒に行ってみても面白いかもしれない。
「あ、あのー……そろそろ、行きませんか?」
「おっと、失礼」
少し困ったような微笑みを浮かべていたイルを見て、俺は触り心地の良いセイハの頭から手を放す。
……あー、セイハよ。そう不満そうな様子でイルを睨むんじゃない。
仮面をしているからって、あなたが今どんな顔をしているかはわかりますからね。
後で、いっぱい撫でてあげますから。
イルが仮面の下のセイハの表情に気付く前に、俺は一つコホンと咳払いし、言葉を続ける。
「んじゃ、行く前にちょっとだけ確認しよう。こっちは俺が前衛で突っ込んで、セイハが後衛って形でいっつもやってる。んで、武器は二人とも近接戦闘型だ。イルは、支援魔法が得意なんだったか?」
「は、はい。支援魔法と回復魔法が使えます。ただ、敵にダメージを与える魔法は、少ししか使えません」
「オーケー、そこは俺達が補うから問題ない。それじゃあ、調査時は俺達はイルの護衛に回る。戦闘時は君は後ろに下がって、魔法で俺達をサポートしてくれ」
「了解です。危険な役目をお任せしてしまって、申し訳ないのですが……」
「いや、気にするな。こういうのは役割分担が重要なんだ。俺達には、イルみたいに魔物に関する知識はないから、魔物の調査に関しては君に一任する訳だしな。君は、君が出来ることをやってくれればいい」
「マスターであれば、そこらの魔物など全く問題になりません。あなたは無駄な心配はせず、自身の仕事をすればいいのです」
うむ……褒めてくれるのは嬉しいが、セイハさん、君はさらっと私のハードルを上げますよね。
まあ、確かにそこらの魔物程度にやられるつもりはないんだけどさ。
俺も、俺の仕事を頑張るとしよう。
「……そ、そうですね。わかりました、是非とも調査の方はお任せください! 私の知識を全て発揮して、頑張ります!」
「あぁ、頼むよ。と言っても、そこまで気負わず、気楽にやってくれりゃあいいからな」
俺は笑ってそう言い、二人を連れて王都の外へと出て行った――。
* * *
「……む?」
オルニーナにて情報の整理をしていたジゲルは、ピクリと反応して動きを止める。
「……朝早くから、ご苦労なことですね」
彼はそう呟いてから、カウンターテーブルの上で幸せそうに朝食のビスケットを齧っていたファームへと、口を開いた。
「お食事中すみません、ファーム。上からネアリアを起こして来ていただけませんか」
「んー? わかったー! もしかして、お仕事?」
「えぇ、どうやら面倒なお客様が現れたようです。私だけでも問題なさそうな相手ですが、少し数が多いので、一人も逃がさぬためにファームとネアリアにもお手伝いしていただきたく」
「オッケー、任せて! ――って、あ!」
「? どうしました?」
口に手を当て、何事かを思い出したかのような素振りを見せるファームにそう問い掛けると、彼女は形の良い眉を曲げ、申し訳なさそうな様子で言葉を続ける。
「侵入者で思い出した! ごめ~ん、教会に行った時に、悪い人をリンカと一緒に見つけて、『時の牢獄』に突っ込んでたの! 後でジゲルに渡そうと思って、忘れてた! もう死んじゃってるかも!」
捕まえたおじさん達にもちょっと悪いことしちゃったな~、と溢す彼女に、ジゲルは一つ苦笑を溢す。
「そうでしたか。わかりました、後程確認しましょう。次からは気を付けるようにお願いしますね?」
「うん、気を付ける! 悪い人が何をやっていたのかの情報は、大事だもんね!」
「えぇ、その通りです。悪人は、悪いことをしているからこそ悪人なのですから。そこで何をやっていたのか、という情報はとても重要です。――さ、ファーム。ネアリアをお願いします」
「はーい!」
ファームが二階へと飛んで行ったのを見送り、彼は傍らに置いてあった白手袋を手に嵌める。
そして、オルニーナの扉を開け、早朝で人通りの全くない路地へと出ると、一人口を開いた。
「おはようございます、皆様。朝早くからご苦労なことですが……お客様に来ていただいた以上は、心よりのおもてなしをさせていただきましょう」
後頭部斜め上の完全な死角から、ヒュッと音もなく放たれた矢を、見もせずに空中で掴んで圧し折り、彼は笑った。




