異変
――その部屋にいたのは、二人の男達。
どちらも祭服を身に着けており聖職者であるようだが、しかしその祭服には差が存在し、片方の男のものは何の変哲もない通常の祭服だが、もう片方の男のものには美麗な刺繍が編み込まれており、一目で二人の位に違いがあることが窺える。
そして、美麗な刺繍が編み込まれている方――身分の高い方の、初老に差し掛かった程の神父は、まるで作り物めいた微笑みを顔に張り付けながら、目の前で跪く部下の神父に向かって口を開いた。
「――それで、本日はどうしましたか?」
「報告を。閣下の正体が、知られた可能性があります」
部下の言葉に、『閣下』と呼ばれた神父は少しだけ眉を動かす。
「続けなさい」
「中央教会の地下にて、ニール神父及び王国第一騎士団の者の死体が二体発見され、また幾つかの作戦計画書が無くなっていました。侵入者がいたのは、確実かと」
「計画書は、燃やしなさいと言ってあったはずですが?」
「申し訳ありません。第一騎士団の者達との会合の日に、ニール神父が削除する予定でした」
「ふむ……となると、会合の情報からして漏れていた、ということですね」
「恐らくは。先日失敗した、第一騎士団の者による第三王子の襲撃により、第一騎士団自体が監視下に置かれていた可能性があります。――それと、もう一つ。会合が予定されていた日に、例の店の者達の姿が確認されました」
部下の言葉に、初老の神父はス、と視線を鋭くさせる。
「……オルニーナ、と言いましたか」
「はい。侵入者は、その者達かと」
「……鼠のようにウロチョロとしていたのは知っていましたが、そろそろ目障りですね。消しなさい」
「ハッ」
それから、初老の神父は少し考える素振りを見せ、静かに口を開く。
「……魔力波発生装置の進捗を聞かせていただけますか?」
「七割方が設置完了、中央教会に設置する分が妨害に遭ったようで遅れていますが、じきに終わるかと」
「わかりました。では、皆に事を急ぐよう伝えなさい。今までは表へと出ないよう慎重にやって来ましたが――もはや、潮時でしょう。抜かりのようお願いしますね」
「御意」
部下の神父は一礼し、そして次の瞬間には、その場からいなくなっていた。
* * *
冒険者ギルドにて。
「――魔物が増えている?」
俺の言葉に、俺達の担当職員らしいいつものスキンヘッドのおっさんが、少し険しい表情でコクリと頷く。
「あぁ、王都近辺での魔物の数の増加が確認されていてな。商隊や旅の者達などに被害が続出している。今、その原因究明のためにギルドが本腰を入れて調査を開始しているため、それに参加してもらいたい」
「調査……どういうことをするんだ?」
「基本的には、普段通り森に入って魔物の様子を探って来てもらう。数が異常に増えていないか、見たことのない魔物が増えていないか。――つまり、スタンピードの兆候を確認してもらうことになる」
『スタンピード』とは、十年に一度くらいの間隔で発生する、魔物の異常発生のことだ。
原因は様々で、魔物の縄張り争いが激化して生息域の変化が理由だったり、気候変動が理由だったり、どこかの国の魔物を使った攻撃だったり。
規模に関してもデカかったり小さかったり、一概に言えるようなものではないそうだが、ただ放っておくと異常発生した魔物どもの糧が足りなくなり、近場の人里を襲い始めるようになるらしい。
そして――ここらの人里と言えば、それはつまりここ、王都である。
異常に増えた魔物どもが、一斉に押し寄せてくるのだ。
しっかりと対処しなければ、それなりに酷い被害が出るだろうことは、想像に難くないだろう。
「……探ってもらうと言われても、こっちもそこまで魔物に対する知識がある訳じゃないが、いいのか? わかってるだろうが、こちとら冒険者成り立てだぞ」
「あぁ、それは理解している。だから、調査の出来る冒険者と組んでこの依頼に当たってもらいたい」
……組んで、か。
俺が少し難色を示したのがわかったのか、おっさんは言葉を続ける。
「ベテランはすでに、総動員させていて人手が足りん。こちらとしては、魔物の増加という危険な兆候が見られる以上、戦闘能力のある冒険者にはなるべく全員に手を貸してもらいたい。……それに、先に言っておくが、これは緊急依頼になる可能性が高いぞ」
緊急依頼は、一度発令すると、冒険者全員強制参加となる。
怪我や病気などののっぴきならない事情がある場合を除いて、不参加は冒険者資格剥奪となり、二度とギルドの敷居を跨ぐことが出来なくなるそうだ。
まあ、スタンピードが国としての危機である以上、少しでも戦力を確保するためにそんな罰則を作るのは、当然と言えば当然の対応ではあるだろう。
「これが正式にスタンピードと認められれば、王国軍が出張って来ることになる。ギルドも戦力として期待される故、緊急依頼が国から下される可能性は重々にある。その際、事前に調査員として調査に参加しておけば、ただの戦力として組み込まれるより自由に動けるようになるはずだ。無論、まだ緊急依頼ではないため、この調査依頼は断ることが出来るが……どうだ?」
「…………」
彼の言葉に、少し俺は考える。
どちらにしろ、冒険者として参加しなければならないのならば、おっさんの言う通り自由に動けていた方がいい。
他の者と組むとなると、少し対処を考えなければならないだろうが、まあ面倒なだけで、どうしても嫌という訳じゃないしな。
それに……魔物の調査に関して言うと、俺は少し当てに出来るものがある。
我がペット――ベヒベヒ君こと夜叉牙だ。
森でずっと放し飼いにしている奴ならば、魔物の動向に関しても、少しは何かわかるのではないだろうか。
そろそろ一度、我がペットの顔も見ておかなかきゃとは思っていたし、ちょうどいいと言えばちょうどいいタイミングだろう。
全く……忙しい時はとことん忙しくなるものだな。
「……わかった、その調査、引き受けよう。代わりに、と言ったら何だが、おっさん、一つ頼みがある」
「……それは、もしかしてその子供達に関してか?」
そう言って、スキンヘッドおっさんは俺の隣へと顔を向ける。
――ニコニコ顔を浮かべている燐華と、お澄まし顔を浮かべている玲の方に。
「あぁ。この子達の冒険者登録、お願い出来るか?」
「よろしく、おじちゃん!」
「よろしくお願いします」
元気良く挨拶する燐華に、ペコリと小さく一礼する玲。
二人の姿を見て、何とも言えないような表情を浮かべるおっさん。
「あー……ユウよ。確かに冒険者は犯罪者でもなけりゃあ誰でもなれるが、けど誰にでも仕事をさせるって訳じゃねえんだ。そこのところ、わかってるか?」
「なら大丈夫だ。二人とも犯罪者とは無縁の超絶いい子な上に、能力もピカイチだからな」
「えへへ、燐華、いい子!」
「あ、ありがとうございます、主様」
褒められて嬉しそうにする燐華に、褒められて照れる玲。可愛い。
いやー、冒険者証のドッグタグを見た二人に、「燐華も冒険者やってみたい!」「……う、ウチも、やってみたいです」なんて言われてしまったら、もう俺としては否とは言えないですよ。
元々今日ここにやって来たのも、二人の冒険者登録が目的だったりする。
「……本気で言っているのか?」
「本気で言っているとも」
肩を竦めて言葉を返すと、おっさんは大分悩んだような様子を見せてから、一つ溜め息を吐き出した。
「……わかった、いいだろう。だが、一度適性試験を受けてもらう」
「適性試験?」
「未成年に課される能力テストだ。戦えるだけの能力を有しているかどうかを見極めるための、な。ここが幾ら万人に開かれていると言えど、戦えもしない者を組織に抱え込むことは出来ん。だが、本当に戦えるのならば、問題なくクリア出来るはずだ」
「おう、多分、というか間違いなく余裕でクリア出来るぞ。な、二人とも」
「任せて! おじちゃんの度肝抜いちゃうんだから!」
「……街中でやるなら、物を壊したりせえへんよう気を付けんと」
「いや、ホントに、気を付けてね、二人とも」
その俺達の様子に、彼は苦笑いを浮かべて受付を立ち上がる。
「なら、こっちだ。付いて来い」
――この後、燐華が魔法、玲が刀技を披露し、何の文句もなく適性試験をクリアしたことは、言うまでもないだろう。
スキンヘッドおっさんの、あんぐりと口を開けた顔が見ていて面白かった。




