中央教会《2》
「ユウ、少し来ていただけますか?」
その後、もはや完全にただの観光客となり、色々と教会内部を見て回っていると、教会に併設された居館の方からジゲル一人が現れる。
「ん、わかった。セイ、あー……それじゃあ、セイハは二人を見ててくれ」
「わかりました、妻として、ですね」
よっぽど母親役が楽しかったのか、燐華と玲と手を繋ぎながら二人と談笑しているようだったので、彼女らのことを頼むと、機嫌良さそうにコクリと頷くセイハ。
「ユウ……アンタ、着々と外堀を埋められている感じだな」
「言うな」
俺の返答に、ネアリアはクックッと笑い、それからジゲルに向かって口を開く。
「そんで、ジジィ。アタシらの方はまだいいのか?」
「えぇ。貴方達の方は、色々と確認して、この教会の構造をある程度把握していただければと。こちらは任せます、ネアリア」
「りょーかい。――だってさ、テメーら。施設の確認するぞー」
「探険ごっこだ!」
ネアリアの言葉に、ファームがちょっと声を抑え気味にして両手を万歳させる。
「探険ごっこ!? うわぁ、ワクワクしてきた! 秘密の通路とか見つけちゃうんだね!」
「むっ……確かに楽しそうやね」
「レイは、探偵さんみたいな帽子被ってるから、名探偵役としてバシバシこの教会の謎を見つけちゃってね! それでファームは、名探偵さんの右腕役~」
「なら燐華は、名探偵玲の左足役~」
「左足! 斬新! やっぱりファームは、右足役やるー!」
「それじゃあ二人には、ウチの足代わりとして、動いてもらうんじゃ!」
「おー、任せろー!」
「任せろー!」
「ウフフ、では私達は、探偵さん達の活躍を見守るとしましょう、セイハ」
「はい、メイド長様」
「……あー……まあ、あれだ。各々好きにしてくれ」
うむ……女性陣のみになると、著しくツッコミが不足するな。
ネアリアよ、頑張れ。
* * *
女性陣と分かれた後、俺はジゲルの後ろについて教会内部を先へと進む。
こちらの方はあまり人がおらず、すれ違うのは牧師服に身を包んだ者ばかりで、微妙に俺達が浮いている感じである。
こちらは、観光客には公開していないのではないだろう。
ロープ張られてたところを、さっき思いっ切り跨いだしな。
まあ、そんなことなどお構いなしに、至って平然とした様子でジゲルが先に進んで行くので、俺もまた「自分、関係者です」といった顔でそれに付いて行っているのだが。
「ユウ、教会は楽しめましたかな?」
「あぁ、ウチの幼女達も大喜びだったよ――って、もしかして、気を遣って最初、二手に分かれてくれてたのか?」
そう問い掛けると、老紳士はいたずらっぽく笑って答える。
「この教会は、築五百年を誇る世界でも屈指の建物ですから。見ておいて損はないと思いまして」
「そうだな……これからも、ちょくちょく色んなところに連れてってやるかな」
「えぇ、それがよろしいでしょう。子供というものは、色々見て、色々聞いて、学んでいくものですから。――さ、着きましたよ」
と、俺達が辿り着いたのは――周囲から少し死角になっている、壁。
扉も窓もない、ただの壁である。
「……ここ?」
「ここです」
と、ジゲルは何やら壁に設置されていたランプを操作し――次の瞬間、パタリと壁が向こう側へと開く。
「おぉ……」
すげぇ、ガチの隠し通路か。
その先には、まず地下へと降りる階段があり、そして降り切ったところに厳重そうな扉と、待っていたらしいドラゴニュートのレギオン。
隠し通路の先にゴツい扉とは、これを作った者は中々に神経質な性質であるようだ。
『む、来た、か』
「お待たせしました、レギオン。――この隠し通路までは、建物の構造から我々で発見出来たのですが、あそこに見える扉の方が少し曲者でして。どうも、力尽くで鍵を壊すとアラームが鳴る仕様になってるようなのです」
地下への階段を降りながら、そう説明するジゲル。
「なるほど……それで俺を呼んだと」
「えぇ。時間を掛ければ解けないこともないのですが、それよりは貴方を呼んだ方が早いだろうと思いまして。開けられますか?」
「任せろ」
下まで降り切った俺は、扉に手を触れて『解錠』スキルを発動し――すぐに、カチャリと鍵穴から音が鳴る。
ドアノブを捻って押すと、重い感触ではあるが、ギィ、と何の抵抗もなく開く。
『ほう。大した、もの、だ』
「フフフ、頼りになりますね」
「おうよ、コソ泥の仕事なら今後俺に任せてくれ」
笑って肩を竦めてから、俺は扉の向こう側へと顔を向ける。
「そんで……ここは何なんだ?」
見えるのは石造りの壁と、ここからさらに降りて行く階段である。
相当に深いところまで続いているようで、暗闇しか見えない。
そして……微かに聞こえるザー、という音は、水、だろうか?
『地下空洞、だ』
「地下空洞?」
「この地方は雨期の降水量がとても多いのですよ。故に、天然の地下空洞を利用して、水を逃がす仕組みを造ってあるのです」
「へぇ……つまり、人目のない空間が大きく広がっていると」
俺の言葉に、傍らに置かれていた松明に火を点けて降りる準備をしていたジゲルは、我が意を得たりと言いたげに微笑みを浮かべる。
「教会から続く、隠された地下空洞への道。悪巧みをするには、うってつけの場所でしょうな。きっと、面白いものが見つかるのではないでしょうか」
「なるほど、探険ごっこか」
「えぇ、探険ごっこです」
『……? 探険、ごっこ?』
不思議そうに聞き返してくるレギオンに、俺とジゲルは笑いながら下へと降り始めた。
――それから十分少々、地下を進んで行ってわかったことだが……この地下空洞、舐めていたがかなりの規模であるようだ。
天然の地下空洞だとジゲルは言っていたが、底では川が流れているようで、轟々と音を発する広い川幅の川がここからも確認出来る。
こんな地下水脈のある上に王都があって、地盤とか大丈夫なのだろうか、なんてこともちょっと思ったのだが、聞いたところによると俺の知らない何かしらの魔法技術が使われ、地盤沈下は防がれているらしい。
何というか……感じがまんま、ダンジョンである。
王都の地下に広がる、巨大な秘密の空洞。
こう、そこはかとなくゲーム脳をくすぐられるものがあるな。
いいぞ、ちょっと楽しくなってきた。
そうして、意外と技術力の高い地下空洞の中を、割とワクワクしながら進んでいたその時、俺はポンとジゲルとレギオンの肩に手を置いた。
「ちょい待て、あの角の先、そう遠くない位置に二人いる。このまま行くとかち合うことになる。ハイド――姿隠しの魔法を掛けるぞ」
「む……了解です」
掲げていた松明の火をジゲルが消したことにより、俺達は暗闇と完全に同化する。
少しして現れたのは……鎧を身に纏った、騎士風の男が二人。
「あの紋章は……第一騎士団の者ですね」
ス、と視線を鋭くして、睨むような視線で観察しながら、ジゲルはそう言った。
「第一騎士団……」
ちょっと前、仕事を受ける旨を伝えるためゴブロと会ったのだが、その時に奴が言っていた。
――王国第一騎士団の者は、敵の可能性がある、と。
『フン……仕え、る主を裏切った、者どもか。ただ、の悪党より、よっぽど性質が、悪い」
「えぇ、同感ですね。行先を確認したら……まあ、地下水脈に沈んでもらいましょうか」
「あー……あのお二人さんはお気の毒に、って感じだな」
悲惨な未来を辿ることが確定した彼らに哀れみ――は別に抱かないが、ご愁傷様とは思いながら、俺はジゲルとレギオンと共に、二人組の騎士の後を付け始めた。




