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断罪の暗殺者  作者: 流優
監獄闘技場
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仮面《2》



「ケッケッ、今日は随分と派手に負けたな」


 闘技場裏で、壁にもたれかかり身体を休ませていると、掛けられる声。


 そちらに顔を向けると、立っていたのは、ゴブロ。


「……チッ、んだよ、見てたのか」


 こちらに寄って来るヤツに、ボロ雑巾が如くボロボロになっている俺は、ぶっきらぼうに言葉を返す。


「そりゃあ、お得意様だからな。試合の経過は確認させてもらうさ。おかげで随分と楽しめたぜ、お前のボコられっぷりを」


「そうかい。それなら、その楽しめた分の情報でもおまけしてほしいもんだな」


 フン、と鼻を鳴らす俺に、ゴブロはニタニタ笑いながら言葉を続ける。

 

「ケッケッ、ま、いいぜ。んじゃあ……今日、テメーが戦った相手の情報なんてどうだ?」


「……聞こう」


 興味を示した俺を見て、ゴブロはいつものように、何でも知っているかのような様子でスラスラと話し始めた。


「ユウ、テメーが今日戦った相手は、あのクソブタの護衛だ」


 クソブタ……俺も一度会ったことのある、ここを経営している貴族のことだな。

 色々と裏であくどいことをやっているらしく、囚人達からは蛇蝎の如く嫌われ、看守達からは恐れられているらしい。


 まさに、このクソ監獄に相応しいクソ親玉と言えるだろう。


「護衛? 護衛が試合に出てるのか?」


「そうさ。多分、お遊びのつもりでやらせてるんだろ。いつもローブを羽織り、仮面をしているせいで、素顔を見たヤツぁ誰もいねぇ。名前もわからねぇ、クソブタからはただ『仮面』とか『護衛』とか呼ばれてるな。性別不詳だが、恐ろしく強いこたぁわかってる。武器は、テメーもよくわかってるだろうが、ダガーの二刀流だ」


 ゴブロのその言葉に、俺は一つだけ付け足しをする。


「……性別は、女だ」


「へぇ……? そりゃ確かか?」


「実際に戦って確認した」


「ふむ……オーケー、信用しよう。いい情報ありがとよ、一つ借りにしとくぜ」


「アンタに貸しが作れたんなら、俺もボコボコにされた甲斐があったってもんだな」


 皮肉げにそう言うと、何が面白かったのか知らんが、愉快そうに笑い声をあげる小男。


 俺は、小さくため息を吐き出し、言葉を続ける。


「そんで、護衛ってんなら、いつもはあの貴族の近くにいるのか?」


「あぁ。ヤツの護衛は数人いるんだが、あの仮面はこの監獄にいる間、試合の時以外ピッタリくっ付いて守ってやがる。どっかの『裏ギルド』から派遣されて来た護衛って噂もある。ま、あの強さを見ると、あながち嘘じゃねー気もすんな」


「裏ギルド?」


「何だ、それも知らねーのか? 裏ギルドってのは、冒険者ギルド、魔術師ギルド、職人ギルドみてぇな国から認可を受けた正規の組織以外(・・)の、非合法組織の総称だ。暗殺、誘拐、強盗なんかの、表にゃあ出て来ねぇような真っ黒な仕事を中心に受ける。要は、クソどもの溜まり場だ」


 ……なるほど。


 つまり、ギャングやマフィアみたいなもんか。


「ま、俺が知ってんのはこんなところだな。大した情報でもねぇが、これぐらいが良い塩梅だろ。――そんじゃ、あんまり油を売って看守どもに睨まれたくねーから、俺はそろそろ行くぜ。他に知りてぇことがあんなら、いつも通り飯で情報提供してやる」


 そしてゴブロは、最後に「早めに医務室に行くんだな」と言い残して、この場を去って行った。



   *   *   *



 ゴブロがいなくなって少ししてから、ポツリと呟く。


「……行くか、医務室」


 身動(みじろ)ぎすら億劫な気分だが、このままここにいても意味がないので、膝に力を入れヨロヨロと立ち上がる。


 この闘技場には、想像していたよりも大規模な医務室が用意されている。

 設備の方はお察しという感じではあるのだが、しかし『治癒魔法』なるものが存在しているらしく、医療の質自体はかなり高いようだ。


 この世界、病気なんかはともかく、外傷は魔法で結構簡単に治せるのだ。

 故に、あんな危ない試合が平然と行われている訳である。


 ……まあ、俺もヒール系の魔法はいくつも使えるため、こんな傷、本当はあっという間に治るんだがな。


 ただ、あんなボッコボコにされてその後ケロッとしていたら、確実に不審に思われるだろうから、使っていない。


 それに、重傷になりそうなものは、冷や汗を掻きながらどうにか全て回避した。

 打ち身や掠り傷のような軽傷は身体中に残っているし、攻撃に晒され続けて精神的疲れがヒドいが、実は見た目程消耗している訳でもないのだ。


 もう一戦やれとか言われたら、絶対にお断りであるが。


 そうして、ノロノロ歩いて医務室に向かっていた――その時。


「おわっ!?」


 物陰から突如、ユラリと何者かが現れる。


 そこにいたのは、ローブを全身に纏った仮面――今日の(・・・)対戦相手(・・・・)


 い、いつの間に……。


「……何故、ですか」


 と、予想通り少女だったらしく、存外に綺麗な、鈴の音のような透き通る声で彼女は、驚く俺を気にした素振りもなくただ唐突にそう言った。


「あー、えっと……何故って?」


「あなたは恐らく、私よりも強いはずです。にもかかわらず、あなたは(・・・・)わざと負けた(・・・・・・)。何故、そんなことを?」


「い、いや、そんなことないから、ボコボコにされたんだと思うが……」


 仮面の奥に感じられる無機質な眼差しから逃れるように、俺は視線を彼女から外し、ポリポリと頬を掻く。


「いいえ。私の攻撃は、全て急所を逸らされました。殺す気で攻撃していた私の攻撃を、です。そのような実力者が、あんな一方的に攻撃を受けるだけなどあり得ません。こちらで八百長の指示も受けていない以上、あれは、あなた自身の意思であったはず。何故なのですか」


 殺す気て。


 つか、八百長の指示って言ったぞ、この子。

 やっぱり八百長もやってんのか、このクソ闘技場は。


「……そんなことをわざわざ聞くために、俺のところまでやって来たのか?」


「そんなこと……」


 そう聞き返すと、仮面の少女は、ふと動きを止める。


「……確かに、そう、ですね。そんなことが、何故私は、気になるのでしょう」


 自分で質問したくせに、不思議そうな様子でポツポツとそう言う少女。


 ……この子、もしかして不思議ちゃんなのだろうか。


 苦笑を浮かべて俺は、何と言うべきか少し悩んでから、口を開いた。


「……君、俺より年下だろ」


「え?」


 予想外の言葉が返って来たからか、一瞬呆けたような声を漏らす仮面の少女。

 

 人形みたいだ、なんて内心で考えていたのだが、俺が思っていたよりも、結構わかりやすい子なのかもしれない。


「そのナリと声だ。多分、俺より歳は下だろ?」


 顔は仮面で隠したままなので、推測しか出来ないが、恐らく俺より数歳は年下だろう。

 前世であれば、恐らく高校生か、もう少し大きいくらいか。


 ……いや、もしかしたら異世界だから、よくあるエルフ的な感じで、非常に若く見えているだけの可能性もあるか。

 エルフもいるって、ゴブロからは聞いているし。


「……自分の歳は、わかりません。ですが……そう、ですね。恐らく、あなたより歳は下でしょう。それが、どうしたのですか?」


 キョトンとした様子で、そう言う仮面少女。 


 ……それがどうした、と来たか。


 つまりはこの子も、この監獄の住人の一人ということか。クソッタレめ。


 ――何故、俺がやられっ放しになっていたのか。

 

 簡単だ。俺が、少女に、攻撃をしたくなかったからだ。


 別に、紳士ぶっているつもりもなければ、博愛主義者を気取るつもりもない。

 フェミニストのつもりもなければ父性に目覚めた、なんてこともない。


 ただ、なんか……嫌だった。

 流されるまま、このゴミのような闘技場で、少女との戦いを強いられることに強い拒否感を感じたのだ。


 俺がまともに戦わなかったのは、それくらいの浅はかな感情が理由だ。


 だから俺は、手抜きをしていると観客や看守達にバレないよう気を付けながら、けど攻撃をまともに食らうのも嫌なので、どうにかこうにか拮抗している感じを演出し、時間切れで終わらせようと思っていた。


 にもかかわらずボコボコにされてボロ雑巾になったのは、(ひとえ)に俺の実力がなかっただけである。


 だってこの子、もうとにかくすげー強かったからな。

 試合中は俺がスキルやら何やらを縛っているというのもあるだろうが、やはり素の能力で考えれば、ゲームの身体でごり押しをする俺より、この子の方が戦闘技能が高いのだ。


 当たり前と言えば当たり前だ。俺、ゲームの中でしか戦ったことのない、一般人だし。


 格好悪いったらありゃしないが……まあ、それが真実である。


 ただ、そんなことをバカ正直に言うのも大分恥ずかしいものがあるので、俺は若干誤魔化すように答える。


「あー……ほら、ただ単にそういう気分だったってだけさ。俺はMじゃないが、こう、殴られたい気分というか。そういう日もあるだろ?」


「……いえ、ありませんが」


 ……うん、そうだね。ないね。

 俺も自分で言ってて、ないなと思った。


 何だよ、殴られたい気分って。変態か。


「ゴホン……そ、それより、まだ名前聞いてなかったな。何て名前なんだ?」


 取り繕うようにそう言った俺に、彼女は少し戸惑いながらも、律儀に答える。


「私は……セイハ、です」


「そうか、セイハ。よろしく、俺はユウだ。ずっと思ってたんだが、その仮面、カッコいいな」


「えっ、か、仮面ですか……?」


 再び戸惑った様子を見せる、仮面の少女、セイハ。


 ……なんかちょっと、感情が乏しい感じのこの子を困らすの、楽しいかもしれない。

 

「ま、そう言う訳だ。別に、何か深遠な考えとかがあった訳じゃないから、セイハも気にするな」


「…………」


 俺は、これ以上ボロを出すのを防ぐべく、色々と言いたいことがありそうな彼女に手をひらひらと振り、今度こそ医務室へと向かったのだった。


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