追跡
幾つかの爆発音が鳴り響いた後、王城の窓の一つから飛び出す、黒一色に身を包んだ何者かの姿。
「――お、クソ野郎が出て来たな」
夜の闇に紛れるようにして、どんどんと王城から離れて行く黒尽くめの姿を見て、待機していたゴブロは即座に追跡を開始する。
――ユウ達は、上手くやったようだな。
飛び出してきたのは、一人だけ。
自身の同僚達と、そしてユウ達がいれば問題ないだろうとは思っていたが、やはりこの様子からすると上手く襲撃は防げたのだろう。
「……ケッケッ、ま、ユウのアホがいる時点で、何も心配いらないだろうことはわかってたがな」
奴は、色々と無茶苦茶過ぎる。
消える、という言葉がピッタリな隠密能力に、闘技場にて『歩く災害』とも言われるベヒーモスと、互角の戦いを繰り広げられる程のバカみたいな戦闘能力の高さ。
もはや『死神』とでもあだ名してやりたくなるような化け物染みた強さだが……奴に関して恐ろしいのは、底が全く見えないことだろう。
様々な技をすでに見せてもらっているが、それでもまだまだ、手品の種を残していることがわかるのだ。
まず間違いなく奴一人だけで、精鋭のみで構成されている騎士団の、一個小隊分の戦力にはなることだろう。
加えて、奴の相棒である仮面。
裏社会を生業に生きてきただけあって非常に隙が少なく、少し抜けている面のあるユウを上手くサポートしている。
戦闘能力も申し分なく、ユウ程無茶苦茶ではなくとも、騎士団の騎士とは余裕で渡り合えることだろう。
あの二人が揃ったら、まさに悪夢だ。
誰にも止められやしない。
――オルニーナの戦力は、この国の方面軍に匹敵するだけはあんだろうな。
ふと、そんなことを考えていたゴブロは、フッと短く息を吐き出して雑念を追い出し、追跡に集中する。
あの黒尽くめは、相当に追手を警戒しているようで、王都の街中、路地裏や屋根上を右に左にと逃げ続け、目立たず、かつ迅速な速度で夜陰の中を撤退している。
プロらしい、大した逃げっぷりだが――自分もまた、この道で食って来た身である。
どこかの無茶苦茶男のような、無茶苦茶な魔法は持っていないものの、それでも追跡の術は第四騎士団に所属してから嫌という程に仕込まれているため、このような鬼ごっこならば慣れている。
気配を気取られることもなく二時間程追跡を続け、やがて黒尽くめは追手無しと判断したらしく、一つの建造物の裏門から中へと入って行った。
「……おいおい、マジか」
――その建物は、第一騎士団の宿舎。
「……国の奴らの中に敵がいるとはわかっていたが、まさか第一騎士団が」
第一騎士団は、国王によって選抜される国王直轄の部下であり、つまりは『近衛騎士』の集まりである。
国王ただ一人に絶対の忠誠を誓い、その命を賭ける集団であるため、自分達第四騎士団とはどちらかと言えば近しい立場だと思っていたのだが……そうではなかった、ということか。
――レルリオ殿下は、『呪い』によって陛下が倒れたのでは、と仰っていたが……もしや、第一騎士団の手引きか。
禁呪に指定されている『呪い』という魔法は、ただ呪詛を込めて願えば発動する、なんてものではなく、幾つかの厳しい発動条件をクリアする必要がある。
一度発動してしまうとその経路を辿ることは非常に難しいものの、事前に当人に呪いの発動媒体を飲ませるなり、特定のワードを言わせるなりをする必要があり、毒なんかを仕込むよりも入念な下準備が必要になるのだ。
国王のような立場であれば、まず第一に警戒しなければならないものであり、実際に幾つもの対策を講じていたことを知っているが……第一騎士団が手引きしていたとなれば、話は別だ。
あの王は、王としての確かな威厳を持ちながら、人が良かった。
恐らく彼から信頼されていた奴らであれば、簡単に呪いの発動条件をクリアすることが出来るだろう。
「……どんだけ根が深いんだ、このクソどもの陰謀は」
まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされた王国の闇に、少し背筋が寒くなるもの感じながらも、目標を達成したゴブロは即座に離脱を開始した。
* * *
翌日。
「――って、話だ。どうする?」
オルニーナのカウンター席で、セイハと共にジゲルの作った朝食を食べながら、カウンターの向こう側にいる老紳士へと問い掛ける。
あの会談後は、特に何事もなく晩餐会が終了した。
セイハと少しだけ踊ったりはしたが、結局ゴブロと会うことはなく、他の貴族と会話を交わすこともなく、帰路へと着いた。
あそこでの襲撃騒ぎも、大広間の方が騒がしかったためか他の者達には全く気付かれていなかったようで、そのまま第四騎士団の構成員達によって秘密裏に処理されたようだ。
王城での襲撃など、割と一大事だと思うのだが……表舞台に出て来ない、裏での攻防というのは、そういうものなのだろう。
お互い、騒ぎが表沙汰にならない方が何かと益になるため、公表されない訳だ。
あ、ちなみに踊っていた時のセイハは、恥ずかしかったのか、あうあう言いながら顔を真っ赤にしていてとても可愛かったです。
「ふむ……なる程、彼らは第三王子を王にすべく動いていたのですか……お二人は、第三王子に関しては?」
「いや、何も知らん」
「私も、王族に関しては何も……」
俺達の返答を聞き、ジゲルは説明を始める。
「第三王子――レルリオ殿下は、魔術学院にて長らく魔法研究に従事している方です。故に、今まで滅多に表には出て来ていないのですが、学術分野に近しい貴族や魔術師達からは絶大な支持を受けています。ただ、学者というものは皆総じて表に出て来ようとはしませんので、支持基盤としては弱いと言わざるを得ないでしょう」
「確かに、学者っぽい面はあったな。面倒なくらいに好奇心旺盛と言うか」
「マスターに迷惑を掛ける、苛立たしい男でした」
「あー……セイハ君、それは外で言わないようにね」
微妙にヤバそうなことを言うセイハに、俺は苦笑を溢す。
「フフフ、まあ、学者肌の方というのは、大なり小なりそういう面があるものですから。――人柄としては、非常に頭が切れ、政治のバランス感覚や駆け引きに優れているそうですな。国王として推すには、真っ当な人物と言えるでしょう」
「……一つ気になったんだが、第一王子、第三王子と来て、第二王子は表に出て来ていないのか? 全然話を聞かないが」
「第二王子は、すでに病気で他界していますよ。十年は前の話です」
あー……なるほど。
そりゃあ出て来ない訳だ。
と、ジゲルは少し考える素振りを見せ、口を開く。
「……ユウさん、あなたから見て第三王子は、どんな方でしたか?」
「そうだな……信頼出来る性質だとは思う。一本ネジがぶっ飛んでいるのは間違いない感じだし、友人にでもなったら面倒だとは思うが……嫌いじゃないな」
そう、嫌いじゃない。
クセはあるが、別に性格破綻者という訳でもなく、どちらかと言えばまともな部類であることは間違いないだろう。
奴が王になっても、それなりに上手くやっていくんだろうな、と思えるような、嫌いになれないような雰囲気を纏った男だった。
俺の言葉に、ジゲルは「ふむ……」と呟き、一つコクリと頷いた。
「……わかりました。元より、教会には目を付けていましたし、ちょうどいいですね」
「そうなのか?」
「レギオンとシャナルと共に調査を進めていた際、幾つか怪しい点が出て来まして。――わかりました、お受けしましょう。第一王子の臨時政府を潰すのが我々の目的である以上、利害は一致しています。ユウさん、その旨をゴブロさんに伝えていただけますか」
「了解。――あと、全く違う話なんだが、俺とセイハも、みんなと同じように普通に『さん』無しで呼んでくれ。ちょっと、むずがゆい」
「同感です。私達は、ジゲル様にお世話になっている身、ですから。敬称などいりません」
「……フフ、えぇ、わかりました。――では、ユウ、セイハ。皆で共に、お祈りに行きましょう」
作者が書いてる別作品、「魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする」の5巻が本日発売されます。
興味がありましたら、見ていただけると嬉しいです(ボソ)。




