晩餐会《3》
「――さて、まずは僕達を信じてここに座ってくれたこと、感謝しよう」
対面に座る男――第三王子は、さわやかな笑みを浮かべながらそう口を開く。
この部屋の壁際には、フェイマ以外にも別のメイドと執事数人が控えており……恐らく、彼らも王子の護衛の者達だろう。
本当に何となくだが、彼らの身体の動かし方が少し、セイハやフェイマなどに似ている。
そう、洗練されている、といった感じだ。
戦っても大分強いのではないだろうか。
まあ、俺は別に職業軍人という訳では全くないので、その推測が正しいのかどうか全くわからないが、俺が向こう側を完全には信用していないように、向こう側もまた俺のことは信用していないだろうからな。
「君達のことは知っている。ユウ君とセイハ君だね。非常に有能で、とっても頼りになるとゴブロから聞いているよ」
……ふと思ったんだが、ゴブロの奴、王族とも話が出来る以上、実は結構偉い立場なのか?
……相変わらず謎の男である。
有能なのは確かだから、それなりに実力を買われていることも間違いないのだろうが。
「我々の方も、彼には多くの情報をいただいておりますので、こちらとしても感謝しております」
「うんうん、いい関係性だね。――あ、お茶とかお菓子とか、遠慮せずに飲み食いしていいからね。好きにくつろいでくれ」
笑みを携えたまま、彼はマイペースにカップに口を付ける。
……全くそんな空気でもないことを、この王子はわかっているんだろうか。
「それで……まず聞いておこう。君達は現国王が次代を指定せずに倒れた場合、どのように次の王を決めるか知っているかい?」
「えぇ、まあ。確か、『国王選定の儀』と呼ばれる会議が行われるのでしたね?」
「そう、その通りだ」
――国王選定の儀。
それは、その名の通り次期国王を決めるための、言わば選挙である。
選挙と言っても、候補者は全員王族で、有権者は『男爵』以上の爵位を持つ貴族のみだが。
本来この国は絶対王政であるため、次期国王の選定も通常は現国王が行うのだが、しかし現国王は次代を明言することなく倒れてしまったらしく、故に彼がこのまま崩御した場合、この選挙が行われることになる。
「選挙はある。ただ現状だと、どう足掻いても兄上――第一王子が次代になってしまう。少し前なら、まだ他の兄妹達も候補者としていたんだけどね。不思議なことに、その候補者達を後援していた貴族達が次々と没落して、気が付いたらほぼ全滅さ」
肩を竦め、「何でだろうね」ととぼけてみせる第三王子。
「……殿下のところは、無事なので?」
「父上が作った組織――王国第四騎士団の者達が守ってくれてるから、どうにか、といったところさ。僕の後援として、父上の古い友人の公爵が手を貸してくれているが……それだけだ。兄上の勢力から攻撃を受け続けて、その防御でいっぱいいっぱいになってしまってるのが現状で、とても状況をひっくり返すだけの余力がない」
……少し、第四騎士団の立場が見えてきたな。
設立したのは、老齢で倒れた現国王。
彼を頭として動き、実働の指揮は宰相が取っていた、といった感じだろうか。
そう言えばゴブロもフェイマも、宰相のことを指して言う時『騎士団長』ではなく『上司』と呼んでいたな。
であれば、そう間違ってもいない推測だろう。
「聞かせていただきたいのですが、何故、そうも力の差が? 公爵と言えば、貴族位の中では最も高い地位で、それなりの力を有しているはず。にもかかわらず、一方的に攻撃を受けるだけと?」
そう言うと彼は、良いことを聞いてくれたとでもいいたげに、数度首を縦に振る。
「問題はそこだ。父上が倒られた日からは、まだそんなに経っていないのにもかかわらず、まるで予め倒れることがわかっていたかのように動きが迅速過ぎる。用意の周到さもビックリするくらいで、こっちが一つ動いたら、相手は三つも四つも先に動いている感じさ」
――つまり敵側は、現国王が倒れることを予期していた、と。
俺の隣に座るセイハが、ポツリと呟く。
「……毒、ですか」
「近い。僕らは『呪い』だと思ってる。毒ならば、父上に近しい者を辿れば経路がわかるだろうが、探ってみても怪しいものが見つからなかった。――まあつまり、敵は父上が床に伏せった後に動き出した訳ではなく、父上が伏せる前から計画を立てていた、ということさ」
……呪いか。
その単語だけを聞くと、「んな馬鹿な」なんて思ってしまうが、こちらの世界は魔力が存在し、魔法のある世界だ。
そうである以上、魔法の一種として呪いのようなものが存在してもおかしくないのだろう。
「……そのことを、兄上はどう思ってらっしゃるのですか? そうして国王を呪殺して、敵対派閥を無法によって潰すことを良しとしていると?」
「いや、そもそも何もわかってないんだよ、あの人は。一度忠告してみたんだけど、聞く耳持たずというか、『俺を味方に踊らされる馬鹿だと言いたいのかッ!!』とかって怒鳴るくらいだったし。その通りなんだけどさ」
酷い言い種である。
酷い言い種だが……そう言いたくなる気持ちはわかるな。
「まあ、流石に自身の勢力の者が攻撃をしていることくらいは兄上も理解しているだろうさ。けど、あの人は根っからの軍人気質だし、次代の王を巡る争いである以上、多少損害が出るのは仕方がないとは考えているんだろう」
「それくらいなら許容の範囲内、ということですか」
「うん。自身が踊らされていると知らず、僕達兄妹も誰も死んでいない以上、何も問題ないと思っていてもおかしくない。――ただ、兄上の裏にいる者からすると、ここまでの攻撃を防いでいる僕に関しては、どうもそろそろ鬱陶しくなってきたらしい」
そこまで言って第三王子は、何故かいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「さて、ユウ君。僕は先程、事情があると言ったね。武器を抜かせ、厳戒態勢で護衛を置いておかなくちゃならない事情がある、と。何でだと思う?」
「…………おい、まさか」
慌てて発動した索敵スキルは――反応を示す。
「フフフ、ユウ君――君は僕を、守ってくれるかい?」
――次の瞬間、部屋の窓がパリンパリンと次々に割れ、黒尽くめの何者か達が室内へと飛び込んで来る。
現れたのは、十二。
全員手に武器を持ち、一緒にお茶を楽しみに来た訳ではなさそうだ。
「セイハッ!!」
瞬時に状況を理解した彼女が飛び出し、ドレスの下に隠していた、太もものホルスターから二本のダガーを抜き放つと、闖入者達へと斬りかかる。
まず、着地際の一人の首を掻き切り、そのまま流れる動作で隣にいた別の黒尽くめにハイキックをお見舞いする。
だが、彼女のハイヒールでの蹴りは黒尽くめが一歩下がることで回避され、相手はお返しとばかりに手に持っていたナイフを振るい――それを、セイハの背後に回っていた俺がタキシードの下に隠し持っていた『牙剣:大咢』で防御する。
この『牙剣:大咢』は少し前に作った『牙剣:咢』を基にして作成出来る、一つグレードの高い小太刀だ。
長さはそのままだが、少し重みが増しており、切れ味もまた一段階上がっている。
「シッ――!」
俺が割り込んだ一瞬で、瞬時に体勢を立て直したセイハが、その黒尽くめの心臓目掛け、鋭い突きを放つ。
彼女の一撃はしっかりと心臓にまで届いたようで、ソイツは血飛沫をあげ、崩れ落ちるようにして倒れて行った。
「おぉ、おぉ、すごいね、二人とも!!」
「下がってろアホウッ!!」
何やら歓声をあげている第三王子の首根っこを掴み、無理やり体勢を倒させることで飛んできた投げナイフを回避させた後、セイハが最初に突っ込んでくれたおかげでインベントリからソードオフショットガンを取り出すことが出来ていた俺は、敵目掛け二連射を放つ。
一発は見事命中し、一人の胴体に風通しの良い大穴を開け、しかしもう一発は掠っただけだったようで、別の一人の腕をもぎ取っただけに終わる。
と、俺が弾を撃ち切ったのを見て、この銃が二発撃つと装填が必要になることを知っているセイハがその時間を稼ぐべく、再び前へと突っ込んでいく。
彼女と組んでやった時のやり易さは、まさにここにある。
俺の動きを理解し、俺が何を望んでいるのかを理解し、言葉を交わさずともそのように行動してくれるのだ。
彼女が正面を受け持ってくれている間に、俺はリロードしながら一周囲の状況を確認する。
闖入者の目的はやはり第三王子の首らしく、隙あらば彼に向かって行こうとするのを、部屋にいた従者達が服の下に隠し持っていたらしい武器で防いでいる。
「殿下をお守りしろッ!! 賊どもに絶対に手出しはさせてはならぬぞッ!!」
声を張り上げる宰相。
突然の襲撃、という割には落ち着いて対処が出来ており――というか、先程の第三王子の言い種からすると、襲撃があること自体はわかっていたのだろう。
俺達が来る時には、すでに厳戒態勢を敷いていたことから察するに……恐らくだが、今日襲撃があるという情報は得ていた。
が、いつ誰が襲ってくるかはわかっておらず、念のため俺達に対しても警戒していた、といったところだろうか。
「ったく、こうなるならこうなるって、先に言っておいてほしかったんだが!!」
「いやぁ、ごめんねぇ。滅多に人を褒めないゴブロが、君達のことはベタ褒めしてたからさ。どんなものなのか、ちょっと気になっちゃって」
全く場違いな明るい声で、楽しそうにそんなことを言う第三王子。
――コイツもコイツで、厄介な男だなッ!




