狂戦士
――王都郊外にある、ひっそりと人目から逃れるように建てられた屋敷。
周囲には木々が茂り、屋敷を覆い隠し、そこに建物があると知っていなければ誰も気付かないだろう。
そんな隠れ家のような屋敷の部屋の一つで、三人の男達が顔を見合わせていた。
商人風の男に、軍服の男、そして貴族服の男である。
「デゼールド大尉が殺られました」
「何……?」
「大尉が……?」
軍服の男の言葉に、他の二人が眉を顰める。
「詳細をお聞きしても?」
「演習中のことだそうです。公的には演習中の不幸な事故、ということで処理されたようです」
その言葉に、思案顔を浮かべる貴族服の男。
「ふむ……公的に、ということは、それ以外に原因があると?」
「えぇ。幾つも不審な点があったにもかかわらず、即座に事故死として処理されたことから見るに、まず間違いなく何者かの手が入っています。恐らくは、王国第四騎士団の者達かと」
「ッ、あの者達か……忌々しい。あそこを作ったのは王だそうだが、王も厄介な組織をお残しになられたものだ」
チッ、と舌打ちをする貴族服の男に、商人風の男が言葉を続ける。
「第一王子が戴を手にするまでの辛抱でしょう。現在あの組織は、寝たきりの王の代わりに宰相が取り仕切っていますが、王が死に、殿下が次代の王となれば、奴の罷免も難しくない」
「面倒なことだ。いつまでも生に執着していないで、さっさと玉座を明け渡せばよいものを」
その不敬な発言は、しかし、その場にいる誰も咎めようとしない。
「それで……閣下は何と?」
「えぇ、それがお聞きしたい」
二人の問い掛けに、軍服の男が答える。
「閣下は、殿下を迅速に王とすべく動けと――」
「ふむ、興味深いお話ですな。是非、私にもお聞かせ願えませんか?」
「ッ!?」
「誰だ!?」
――その部屋には、いつの間にか、凄惨な微笑みを浮かべた老紳士が立っていた。
* * *
「では、手短に行きましょう。『閣下』とは、誰のことでしょうか?」
血と臓物で彩られた室内。
二つの死体が転がり、凄まじい血臭が漂うその中にいるのは、椅子に両手足を縛られた軍服の男と――ジゲル。
「き、貴様ッ、例の『代行人』とかって調子に乗っている組織の者だな!? 誰に手を出しているのかわかッ――ギィヤアアあアアあッッ!?」
「質問を理解していただけませんでしたかな? 私は、『閣下』とは誰かと聞いたつもりだったのですが」
ポン、と男の頭部にジゲルが手を置いた瞬間、劈く悲鳴。
男がガクガクと痙攣し、白目を剥き掛けたところで、老紳士は一度手を離す。
「さて、もう一度お聞きしましょう。貴方達を裏で動かし、指示を出している者がいますね? その者の名を言いなさい」
「な、何を言っている!! 私はそんな者のことなど知らぬ!!」
「おや、ご存じないと。では、お教えしましょう。どうも、ここのところの王都での変事に、一人の者がちらついておりまして。犯罪ギルドの後援をする貴族、海賊船と取引する貴族、部隊を率いる将官。裏を辿ってみると、全て『閣下』という者が指示を出しておりました」
「…………ッ」
忌々しそうに、ジゲルを睨み付ける男。
「しかし、その先がどれだけ辿っても見えて来ない。何者かが手を引いていることは確実なのに、プツリと糸が切れてしまう。ですが、先程の話からすると、貴方はその閣下が何者なのか、わかっておいでのようですね?」
「知らぬと言ったら知らぬ――アガアあアアアああアッッ!?」
手足をブルブルと震わし、失禁を始めたところで、ジゲルは掴んでいた男の頭部から手を離す。
「ハァ、ハァ……この老いぼれめ!! 覚悟は出来ているんだろうな!! 我々を敵に回した以上、貴様はもう破滅だッ!!」
「ふむ、質問に答えていただけない、と。いいでしょう。貴方がその気であるならば、私も付き合いますとも。この老骨には少し、辛い時間帯ですが、貴方のためにどこまでもご一緒しましょう」
「ヒッ、やめッ、やめろ!! いやだッ、クソッ――アアあああアアあアッ!!」
* * *
ガチャ、と部屋から出て来たジゲルは、血で染まり赤く変色した白手袋を脱ぎ捨て、ポケットから取り出した新しいものに変えながら、屋敷の外へと向かって歩く。
『――彼、らは、何と?』
と、途中でそう問い掛けてくるのは、ドラゴニュート族のオルニーナの従業員、レギオン。
槍を手にした彼の周囲には多くの死体が転がっており、この場所で戦闘があったことを窺わせる。
彼の問い掛けに、ジゲルは一つ嘆息した。
「徹底しておりますな。いつも複数人を経由してメッセージを運んでいるようで、黒幕の顔も身分も知らないと。当たりに思えた軍人も、ただのメッセンジャーの一人でした。根気良く辿っていくのも手の一つですが……今は少しばかり、時間が足りません」
『リミット、は、国王の命、がある間でした、な』
「えぇ、少々厄介です。しかも、そんな迂遠な手段で指示を出しているにもかかわらず、動きが早い。相当に優秀な相手と言えるでしょう」
そう言ってからジゲルは、少し考えるような素振りを見せる。
「……ゴブロさんのところと連携してなお、ここまで情報が出ないとなると、少し思い違いをしていた可能性がありますね」
『思い違い?』
レギオンの問い掛けに、コクリと頷く老紳士。
「『閣下』という言葉から、自ずと現職の大臣や将官のことを想像していましたが……もしかすると今はまだ違うのかもしれません」
『……なる、ほど。第一王子、の即位後の話、ですか』
「えぇ、野心持つ者は、自身を強く見せたがるものですから。現職の大臣や将官ではないのにもかかわらず、裏でこれだけ暗躍し、確かな影響力を持つ者。力ある上級貴族などは皆何かしらの大臣職を持っておりますから、それ以外で怪しいところとなると――」
ジゲルの言葉を継いで、レギオンが答える。
『教会』
「私もそう思います。次は、そちらに焦点を絞って当たってみるとしましょう」
そう話している間に、二人は屋敷から外へと出る。
と、待っていたのは、犬耳メイドのオルニーナの従業員、シャナル。
「シャナル、お願いします。ここなら、遠慮せずとも構いませんので」
「畏まりました」
ニコニコしながら、彼女は片手を前に伸ばし――次の瞬間、ドン、と衝撃が走り、建物が中央から内側に向かって崩壊を始める。
「さて、帰りましょうか。もうそろそろ朝になってしまいますから、店の準備をしませんと」
『そういえば、あの二人、良い、御仁達、ですな』
「あぁ、ユウさんとセイハさんですか。彼らのおかげで、店の方も、こちらの仕事も、大分楽になりました。人手不足気味でしたからね」
「ウフフ、あの二人が来て、リンカちゃんとレイちゃんも来て、毎日とても賑やかになったんですよ、レギオン」
『ほう、そう、なのか』
激しい倒壊音が響き渡り、埃が一気に舞い上がる中、全く周囲を気にした様子もなく三人は去って行く――。




