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断罪の暗殺者  作者: 流優
政権転覆
44/83

狂戦士



 ――王都郊外にある、ひっそりと人目から逃れるように建てられた屋敷。


 周囲には木々が茂り、屋敷を覆い隠し、そこに建物があると知っていなければ誰も気付かないだろう。


 そんな隠れ家のような屋敷の部屋の一つで、三人の男達が顔を見合わせていた。


 商人風の男に、軍服の男、そして貴族服の男である。


「デゼールド大尉が殺られました」


「何……?」


「大尉が……?」

 

 軍服の男の言葉に、他の二人が眉を顰める。


「詳細をお聞きしても?」


「演習中のことだそうです。公的には演習中の不幸な事故、ということで処理されたようです」


 その言葉に、思案顔を浮かべる貴族服の男。


「ふむ……公的に、ということは、それ以外に原因があると?」


「えぇ。幾つも不審な点があったにもかかわらず、即座に事故死として処理されたことから見るに、まず間違いなく何者かの手が入っています。恐らくは、王国第四騎士団の者達かと」


「ッ、あの者達か……忌々しい。あそこを作ったのは王だそうだが、王も厄介な組織をお残しになられたものだ」


 チッ、と舌打ちをする貴族服の男に、商人風の男が言葉を続ける。


「第一王子が(いただき)を手にするまでの辛抱でしょう。現在あの組織は、寝たきりの王の代わりに宰相が取り仕切っていますが、王が死に、殿下が次代の王となれば、奴の罷免も難しくない」


「面倒なことだ。いつまでも生に執着していないで、さっさと玉座を明け渡せばよいものを」


 その不敬な発言は、しかし、その場にいる誰も咎めようとしない。


「それで……閣下(・・)は何と?」


「えぇ、それがお聞きしたい」


 二人の問い掛けに、軍服の男が答える。


「閣下は、殿下を迅速に王とすべく動けと――」




「ふむ、興味深いお話ですな。是非、私にもお聞かせ願えませんか?」




「ッ!?」


「誰だ!?」


 ――その部屋には、いつの間にか、凄惨な微笑みを浮かべた老紳士が立っていた。



   *   *   *



「では、手短に行きましょう。『閣下』とは、誰のことでしょうか?」


 血と臓物で彩られた室内。


 二つの死体が転がり、凄まじい血臭が漂うその中にいるのは、椅子に両手足を縛られた軍服の男と――ジゲル。


「き、貴様ッ、例の『代行人』とかって調子に乗っている組織の者だな!? 誰に手を出しているのかわかッ――ギィヤアアあアアあッッ!?」


「質問を理解していただけませんでしたかな? 私は、『閣下』とは誰かと聞いたつもりだったのですが」


 ポン、と男の頭部にジゲルが手を置いた瞬間、(つんざ)く悲鳴。


 男がガクガクと痙攣し、白目を剥き掛けたところで、老紳士は一度手を離す。


「さて、もう一度お聞きしましょう。貴方達を裏で動かし、指示を出している者がいますね? その者の名を言いなさい」


「な、何を言っている!! 私はそんな者のことなど知らぬ!!」


「おや、ご存じないと。では、お教えしましょう。どうも、ここのところの王都での変事に、一人の者がちらついておりまして。犯罪ギルドの後援をする貴族、海賊船と取引する貴族、部隊を率いる将官。裏を辿ってみると、全て『閣下』という者が指示を出しておりました」


「…………ッ」


 忌々しそうに、ジゲルを睨み付ける男。


「しかし、その先がどれだけ辿っても見えて来ない。何者かが手を引いていることは確実なのに、プツリと糸が切れてしまう。ですが、先程の話からすると、貴方はその閣下が何者なのか、わかっておいでのようですね?」


「知らぬと言ったら知らぬ――アガアあアアアああアッッ!?」


 手足をブルブルと震わし、失禁を始めたところで、ジゲルは掴んでいた男の頭部から手を離す。


「ハァ、ハァ……この老いぼれめ!! 覚悟は出来ているんだろうな!! 我々を敵に回した以上、貴様はもう破滅だッ!!」


「ふむ、質問に答えていただけない、と。いいでしょう。貴方がその気であるならば、私も付き合いますとも。この老骨には少し、辛い時間帯ですが、貴方のためにどこまでもご一緒しましょう」


「ヒッ、やめッ、やめろ!! いやだッ、クソッ――アアあああアアあアッ!!」



   *   *   *



 ガチャ、と部屋から出て来たジゲルは、血で染まり赤く変色した白手袋を脱ぎ捨て、ポケットから取り出した新しいものに変えながら、屋敷の外へと向かって歩く。


『――彼、らは、何と?』


 と、途中でそう問い掛けてくるのは、ドラゴニュート族のオルニーナの従業員、レギオン。


 槍を手にした彼の周囲には多くの死体が転がっており、この場所で戦闘があったことを窺わせる。


 彼の問い掛けに、ジゲルは一つ嘆息した。


「徹底しておりますな。いつも複数人を経由してメッセージを運んでいるようで、黒幕の顔も身分も知らないと。当たりに思えた軍人も、ただのメッセンジャーの一人でした。根気良く辿っていくのも手の一つですが……今は少しばかり、時間が足りません」


『リミット、は、国王の命、がある間でした、な』


「えぇ、少々厄介です。しかも、そんな迂遠な手段で指示を出しているにもかかわらず、動きが早い。相当に優秀な相手と言えるでしょう」


 そう言ってからジゲルは、少し考えるような素振りを見せる。


「……ゴブロさんのところと連携してなお、ここまで情報が出ないとなると、少し思い違いをしていた可能性がありますね」


『思い違い?』


 レギオンの問い掛けに、コクリと頷く老紳士。


「『閣下』という言葉から、自ずと現職の大臣や将官のことを想像していましたが……もしかすると今はまだ(・・・・)違う(・・)のかもしれません」


『……なる、ほど。第一王子、の即位後の話、ですか』


「えぇ、野心持つ者は、自身を強く見せたがるものですから。現職の大臣や将官ではないのにもかかわらず、裏でこれだけ暗躍し、確かな影響力を持つ者。力ある上級貴族などは皆何かしらの大臣職を持っておりますから、それ以外で怪しいところとなると――」


 ジゲルの言葉を継いで、レギオンが答える。


教会(・・)


「私もそう思います。次は、そちらに焦点を絞って当たってみるとしましょう」


 そう話している間に、二人は屋敷から外へと出る。


 と、待っていたのは、犬耳メイドのオルニーナの従業員、シャナル。


「シャナル、お願いします。ここなら、遠慮せずとも構いませんので」


「畏まりました」


 ニコニコしながら、彼女は片手を前に伸ばし――次の瞬間、ドン、と衝撃が走り、建物が中央から内側に向かって崩壊を始める。


「さて、帰りましょうか。もうそろそろ朝になってしまいますから、店の準備をしませんと」


『そういえば、あの二人、良い、御仁達、ですな』


「あぁ、ユウさんとセイハさんですか。彼らのおかげで、店の方も、こちらの仕事も、大分楽になりました。人手不足気味でしたからね」


「ウフフ、あの二人が来て、リンカちゃんとレイちゃんも来て、毎日とても賑やかになったんですよ、レギオン」


『ほう、そう、なのか』


 激しい倒壊音が響き渡り、埃が一気に舞い上がる中、全く周囲を気にした様子もなく三人は去って行く――。


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