始まり
少し、失敗したかもしれない。
話を誘導され、あそこでの仕事に協力することを、上手く取り付けられた気分だ。
何だか、油断ならない様子のばあさんだったので、なるべく警戒しながら話をしていたつもりだったのだが……やはり、年の功があって向こうの方が一枚上手だった印象だ。
……まあ、彼女に言ったことは嘘ではないし、実際に魔物の素材を集めているので、損をしたという訳でもないか。
互いに利用し合える範囲内で、利用し合えばいいだろう。
「結局……何が理由で私達は、呼び出されたのでしょうか」
オルニーナに戻り、少し慣れない手つきで料理の練習をしながら、そう問い掛けてくるセイハ。
「多分、俺達がどんな奴か本人の目で確認したかったんじゃないか? あの口調だと、俺達が手配されていた身だってわかっていたようだしな」
俺達がここで働いているということを知っていた以上、公にされていた指名手配も知らないはずがないだろう。
「なるほど……実力を確かめたかった、ということですか。愚かですね、ただマスターのお力を信じていれば、最大の益が得られるでしょうに。――ネアリア、出来ましたよ」
「お! 待ってたぜ」
こと、と完成した料理をセイハは、現在は酒飲み客として店内にいるネアリアの前に置く。
……まあ、現在はと言っても、ネアリアはほぼ店で給仕の仕事はしないのだが。
セイハやシャナルが着ているようなメイド服を、死んでも着たくないらしい。
「……あー、セイハ。一つ聞かせてほしいんだが、これはカルパッチョでいいんだな? 日頃の恨みが込められてたりしねーよな?」
「失礼、ですね。確かに見た目は悪い、ですが、味は大丈夫……なはずです」
「……些か不安になる返事だな。……あ、けど普通に食えるわ」
パクパクと、フォークを口に運ぶネアリア。
毎日本気で練習しているため、セイハの料理の腕は日々どんどんと向上しているのだが、こと盛りつけに関していうとまだ下手なので、完成した料理の見た目はちょっと悪いのである。
「勿論、です。ちゃんとマスターに、味見をしていただいてから、出していますから。あなたに出すのはともかく、まずマスターに味見をしていただく以上、変なものは、出せません」
「色々言いてぇことはあるが、そうか。すでに人身御供がいた後だったんだな。それならこの味も納得だ」
……人身御供ね。
言い得て妙だと言いそうになったが、賢明な判断を下し口を閉じたままでいる。
やっぱり、最初は皆初心者。
そういうことです。彼女が料理を始めた初期の頃は、彼女の料理を食べる際、顔へ絶対に出さないように頑張りました。
と、燐華に言われてから酒の量を気にしているのか、ネアリアは以前に比べゆっくりとしたペースで少しずつ酒を飲み、料理を食べながら、セイハへと言葉を続ける。
「それで、セイハ」
「何でしょう」
「アンタはどれくらい、ユウとヤったんだ?」
「四回程、です」
「ブッ――」
俺は吹き出した。
「何だ、まだそんなもんなのか」
「マスターと出会ってから、そんなに経っていませんから。ですが、マスターはそれはもう、いつも熱く愛していただけて――」
「ストーップ! セイハ、いいか。こういう酔っ払いのからかいには真面目に答えなくていいんだ」
仮面の上から頬に片手をあて、照れたように腰をクネクネさせる彼女に、俺は即座に口を挟む。
「そう、ですか。では、黙っておきます」
「あんちゃん、やるって、何をやるのー?」
「燐華、君にはまだ早いから知らなくていい」
ジゲルの作った料理を幸せそうな様子で食べていた燐華に、俺はそう答える。
……その隣にいた玲は、顔を真っ赤にしているのを見る限り、意味をわかってそうだな。
「えー? ねぇ、玲、やるって何をやるのかな?」
「し、知らん!」
顔を赤くしたまま、プイと燐華から顔を背ける玲。可愛い。
ちなみに彼女らが食べている料理を作ったジゲルは、つい先程出て行ったため、現在はいない
もう少ししたら戻ってくるそうなので、それまでは俺達に店を任されており、料理に関してはシャナルが厨房の方で担当している。
まあ、ついさっき最後のお客さんも飯を食って帰って行ったので、多分今日はもう来ないだろう。
「ったく……ネアリア、お前言動がおっさん臭いぞ」
「へへ、悪かったな。こちとらお上品には定評のある身なんだ。――そうだ、ユウには良い武器を貰ったかんな。一晩なら、相手してもいいぞ?」
「……英雄は、色を好む、ですか。マスターが望まれるなら……私は、全てを受け入れますから」
「そんなこと受け入れなくていいです。ネアリア、お前、マジそういう何とも言えなくなる冗談はやめるんだ」
「そりゃ失敬」
俺達の反応に、からからと愉快そうに笑うネアリア。
コイツ……絶対人をからかって生きることが趣味だろ。
――と、そうしていつものメンバーで店にいると、カランカランとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい――じゃない。おかえり」
店に戻ってきたのは、ジゲル。
そして――見覚えのない二人。
『ほう、このお二人方、に、このお嬢様、方が、新たな同胞、ですか』
「うわあ! 何だか賑やかになってるー!」
一人が、少し掠れた声に独特のアクセントで話す、全身に堅牢な龍の鱗を持ち、数本の角を頭部に持つ、蜥蜴頭の男性。
もう一人が、非常に身体の小さい――というか、人形のようなサイズしかない体つきで、背中から生えた羽でふわふわと浮かんでいる少女。
「そっちの二人が……」
俺の言葉に、ジゲルはコクリと頷く。
「えぇ。紹介しておきましょう。こちらがレギオン、こちらがファームです」
『レギオン、だ』
「ファームだよー!」
武人然とした様子で一つ頭を下げるレギオンに、両手をブンブンと振って元気良く自己紹介するファーム。
――この二人は、会ったことのない最後の従業員だそうだ。
どことなく龍を思わせるフォルムの男性の方が『ドラゴニュート』という種族で、ふわふわと飛んでいる少女の方が『妖精族』という種族らしい。
仕事で隣国に行っていたそうで、今日帰りの予定だったため、先程ジゲルが迎えに行っていたのだ。
「あら、お時間通り帰れたようですね。お料理が冷めず、良かったです」
と、ニコニコとしたシャナルが、とても美味しそうな料理を乗せた皿を持って厨房から現れる。
『かたじけ、ない。いただこ、う』
「やったー! 美味しそう!」
そうして、シャナルの料理を食べ始めた二人の横で、ジゲルは口を開いた。
「さて……これで、全員揃いましたか。ようやく、動けますね」
「お、ジジィ、仕事か?」
「えぇ。一つ、大きな仕事が。この国は現在、政情不安定な状況にあり、これをどうにかすべく動きたいと思っております。聞いていただけますかな?」
俺達が否を唱えず黙ったままでいるのを見て、彼は微笑みを浮かべ、店の看板を『Close』にし、言った。
「――政権、転覆させましょう」




