ギルドマスター《1》
カランとドアベルが鳴り、客の来店を知らせる。
ジゲルは皿を拭く手を止め、ドアの方へと顔を向け――。
「おや……護衛も付けずにいらっしゃるとは。ギルド長様、お久しぶりです」
「フン、ジゲル。アンタは何一つ変わってないようだね」
――客は、力強い眼光をした、老齢の女性。
冒険者ギルドの、ギルドマスターその人である。
「本日は、お食事ですかな? 今は他にお客様がいらっしゃらないので、すぐにご用意出来ますよ」
「とぼけるんじゃないよ、ジジィ。アタシがここに来た理由は、アンタならばすでにわかっているはずさ」
そう言って彼女は、乱暴にドスンとカウンター席へと腰掛け、足を組む。
「……相変わらず、直截的ですな」
ジゲルは、小さく一つ息を吐き出してから、言葉を続けた。
「――私のところの新人、お二人に関して、ですか」
「そうさ。最初アタシが情報を得た時は、男の方が、まだ判然としないが恐らく貴族を殺した殺人犯、女の方がその殺人幇助ってものだった。だが、ソイツらがギルドに現れたと思いきや、いつの間にか第四騎士団の関係者として手配も解かれていて、調べてみればアンタのところの従業員って話じゃないか」
「つい最近雇いましてな。お二人ともとても良い方々で、非常に助かっております」
「フン……まあ、アンタが受け入れたって言うんなら、そうなんだろうさね。だが、そうは思わない者も、中にはいる。あの監獄での騒ぎも、その二人の仕業じゃあないかって話も出ているくらいさ」
「過去に何があったのかは、私の与り知らぬところです。人は皆、事情を抱えているもの。一々それを、私が気にする必要はない。そこに問題があったとしても、それは本人自身がどう対処するのか決めるものですから」
「それが大罪人でも、アンタは同じことを言うのかい?」
「その者の瞳が、腐っていない限りは」
ジゲルの答えに、ギルドマスターはしばし押し黙ってから、問い掛ける。
「……アンタは今、何をしているんだ?」
その言葉に、ジゲルはにこりと――獰猛に、にこりと微笑みを浮かべた。
「私が為すことは、昔から変わっておりません。私は、ただ私のために、したいことをする。この身、この心が命ずるままに、行動するのみです」
「迷惑なもんだ。皆が皆アンタみたいに動いたら、この国は崩壊しちまうよ」
「そうでしょうな。私は、悪人ですから」
飄々と返される言葉に、ギルドマスターは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らし、カウンター席を立ち上がる。
「その様子じゃあ、何も聞けそうにはないね。――邪魔したね。次会う時は、アンタがくたばって棺の中にいることを願うよ」
「私の方は、いつでもご来店をお待ちしておりますよ。……あぁ、一つ助言をさせていただきますと、彼らを疑うよりは、信用して仕事を任せた方が良いかと。とても優秀なお二人ですし、彼ら自身現在は金銭を必要としているようですので、しっかりと仕事をしていただけることでしょう」
「……考えておくよ」
そして彼女は、店を後にした。
* * *
ベヒベヒ君こと夜叉牙は、基本的には森の奥で暮らしてもらうことにした。
行き先はないというので、今後も奴を我がペットとして責任持って可愛がってやるつもりなのだが、流石に王都に連れて帰ったら大騒ぎになるのが目に見えたため、そういうことにした。
『調教師』というゲームでの『テイマー』のような者達がこの世界にはいるため、従魔として魔物を登録する制度もあるようなのだが、夜叉牙は一度従魔として登録させられた後に闘技場へと連れて来られ、そして暴れた身である。
連れて帰ったら問答無用で衛兵がすっ飛んできて、戦闘勃発が考えられる上に、というかそもそもとしてデカ過ぎて連れて帰れないので、俺が隷属スキルを通して呼び出す時以外は、人目に付かないように森の奥で待機してもらい、その間は好き勝手に魔物を狩って森のヌシとして君臨してもらうことにした。
……いや、別にヌシにならなくてもいいが、まあここらの魔物の中じゃあ奴が一番強いと思うので、多分ちょっとしたらここの生態系の頂点に立っているのではないだろうか。
悪いな、森の魔物達よ。大人しく我がペットの食事になってくれたまえ。
武器の素材集めのために、ちょくちょく王都の外には来る予定なので、それまで自由に暮らしていてくれ、我がペットよ。
「マスターは、あの魔物を手懐けたからこそ、脱獄に動けた、ということですか」
「あぁ。アイツに好きに暴れて騒ぎを起こしてもらって、その間に、っていうのがプランだったんだ。監獄の看守とか、観客とかに被害が出る案だが……あそこの奴らは、ほら、心優しいからさ。俺も遠慮しないでいいかなって思って」
「……監獄側の者だった私としては、少し、耳が痛いです」
「ハハ、セイハはすごい良くしてくれたから、勿論別さ」
まあ、俺以外で彼女と対戦でもした囚人は、きっと全然違う感想を抱いているのだろうが。
日が傾き始めた辺りで王都へと戻って来た俺とセイハは、開け放たれた大門を潜り、討伐証明部位を提出するため冒険者ギルドに向かって往来を進みながら、言葉を交わす。
ちなみに燐華と玲は、先に『オルニーナ』の方に帰した。
召喚を解除しても良かったのだが、ジゲルのマジで美味い飯を二人にも食わせてやりたいので、それは後にすることにした。
見た目は幼女でも、エゲつない力を持った二人だし、彼女らだけにさせても問題ないだろう。
「……お? 指名手配が解かれてるな」
「……本当、ですね」
王都の大門からすぐに詰所らしい施設があり、その外に置かれた掲示板に、仮面にローブ姿で描かれたセイハの指名手配書と、俺のものらしい『詳細不明』と書かれた指名手配書が張られていたのだが、今見ると剥がされて無くなっている。
「ゴブロの奴が、仕事をしたみたいだな。思ったより早かったか」
これで、衛兵を気にせず自由に動けるか。
「あの者、仕事は出来るようですね。マスターの敵となった時が、心配です」
「あー……まあ、アイツは国の人間みたいだし、警戒するのはわかるが、大丈夫だと思うぞ? 少なくとも、俺達が反政府的な存在にならない限りは、目を瞑ると思うぞ」
奴は、互いの利益が確保されている限りは、何も言ってはこないだろう。
商売相手としては、最も信用出来るタイプだ。
「……マスターが仰るなら、そうなのでしょうが」
微妙に納得いっていないような様子を見せるセイハに、苦笑を溢す。
それから少しして、冒険者ギルドに辿り着いた俺達は、共に中へと足を踏み入れ――そして、内部の様子を見て、俺は眉を顰めさせる。
「うわぁ……混んでる」
多分、時間帯がちょうど他の冒険者達も仕事を終える頃なのだろう。
非常に混雑しており、前世の駅のホームでも思い出すような有様である。
……これは、また出直した方がいいか?
初心者狩りの件でまた来てくれと言われていたので、それも合わせて来てみたが……別に何かの依頼を受けている訳でもないので、この様子ならまた明日の混んでいない時間帯に来た方が面倒が無さそうか。
そう考え、セイハに口を開きかけた俺だったが――その前に、俺達に向かって声が掛かる。
「来たか! 待っていたぞ、ユウ、セイハ」
混雑した冒険者ギルド内で、そう声を張り上げるのは、例のスキンヘッドに顔面傷だらけのギルド職員。
カウンターで他の冒険者の受付をしていた彼は、他のギルド職員に声を掛けて受付を代わってもらうと、俺達の近くまで寄って来て、言った。
「話がある。こちらに来てくれ」




