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断罪の暗殺者  作者: 流優
監獄闘技場
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仮面《1》



 人間というのは、やはり慣れる生き物であるらしい。


『ウオオオ――!!』


 全く気にならなくなった怒声染みた歓声をシカトし、刃引きのされた剣を片手に携え、闘技場の中心に向かう。


 ――この身体がゲームの身体であるということを理解してから十日程、何が出来て何が出来ないかを理解したことで、以前より相当身軽に動けるようになった。


 馴染んできた、という表現がピッタリだろう。

 飛んだり跳ねたり、向かって来る投げナイフを空中でキャッチしたり。


 というか正直、ゲームの頃(・・・・・)以上に調子が(・・・・・・)良い(・・)


 身体が俺の命令通りに動き、スムーズに攻撃が繰り出せる、といった感じか。


 何を当たり前のことを、という話ではあるが、ゲーム時代は「こうしたい」という人間の意思を完全にトレースすることは叶わず、微妙なラグがそこにはどうしても存在していた。


 ゲームの中では、現実には出来ないような動きも可能ではあったが、しかしその人外の動きをしようとする身体に対する命令と、実際に身体が動くまでにほんの少しだけ、コンマゼロ数秒レベルではあるが現実にはない時間差が生じていたのだ。


 だが、それに比べると、この身体にはそんなタイムラグなど全く存在していない。


 脳味噌が命令を発し、そしてその通りに身体が動き、まるでゲーム染みた挙動でありながらも楽々やることが出来る。

 この身体が、歴とした俺自身の肉体となったからこその恩恵だろう。


 今俺が大道芸人でもやれば、天下を取るのも余裕だろうな。


 ……ちょっと楽しそうだ。

 脱獄後の就職先として、考慮に入れておくとしようか。


 ゲームで使えたスキルや魔法も、確認出来た限りのものは全て使用可能だったが……まあ、今のところまだ三分の一くらいしか確認し終わっていないので、それ以外のものも全部使用可能と考えるのは、早計だろう。


 俺にそういう『技』があるということを知られたくないため、試合や兵士の目がある時は試していないので、派手な音や光が出たり、破壊力がヤバそうなものは確認出来ていないのだ。


 誰もいない、広い空間でもあれば話は別なんだが、ここが監獄である以上どこにでも看守がいるので、ヤツらに気付かれずとなるとちょっと無理がある。

 これらの確認は、脱獄した後になりそうだ。


 そして、今日のこの試合で、俺の出場は六回目。

 自身の身体能力を理解したおかげで、今のところ全ての試合で勝利出来ている。


 正直、結構楽勝だった。

 初戦で戦ったラムドとかって名前のライオン男が、戦った中だと一番強かったくらいだ。


 何と言うか、今組まれている試合は、俺の実力がどれだけのものなのかを試されているような感じだ。

 これまで戦った相手も、回を重ねるにつれだんだん強くなっていたので、恐らくその予想で当たりだろう。


 ちなみに、異世界らしく相手側も普通に魔法を使ってくるので、最初放ってきた時は割とビビったものだ。

 何にもないところに、岩の壁とか火の玉とか出現させるんだもんな。


 ゲームで魔法が使えるのはわかるが……こう、現実で使っているのを見ると、また違った感慨がある。

 俺も、スキルじゃなく、こっちの世界の魔法を覚えて使ってみたいところである。


 とにかく、そうして勝利を重ねたおかげで、小男――ゴブロが言っていたように俺の待遇、特に飯がメチャクチャ良くなった。

 こちらの世界に来てから三日目に、ようやく二試合目を組まれたのだが、勝ったその日の夜あのドロドロの代わりに硬めだがちゃんとしたパンとちゃんとした味付けのスープが出て来た時は、ちょっと泣きそうになったものだ。


 五回連続で勝利している今なんか、普通に美味い肉に新鮮な野菜も出て来るからな。

 食の大切さというものをこうも強く感じたのは、ホント、生まれて初めてだろう。


 まあ、確かに待遇は良くなり強制労働の時間なんかは減ったのだが、代わりに多くの試合を組まれている感じなので、こっちはこっちで油断すると死ぬ可能性があるため、どちらが楽かはわかったもんじゃないな。


 ゴブロに渡す分の飯も確保出来るようになり、その飯代として齎されるアイツからの情報で、この収容所のことについても大分理解が及んできた。


 経営の体制、警備の体制、巡回の頻度、看守の練度。


 時には何でそんなことまで知ってんだ? と聞きたくなるような情報まで流して来ることがあるが、深く聞いたら藪蛇になりそうな気がするので、黙っている。


 ヤツは有能な情報提供者。それ以上でもそれ以下でもない。そういうことで納得している。


 そのゴブロから齎される情報と、スキルの確認が進んだおかげで、脱獄の目途も少しは立った。


 勝負は……恐らく、あと数試合を熟した後になるか。


 ――と、今後のことについて思考を巡らせていると、やがて反対側から今回の対戦相手が現れる。


 俺と少し距離を置いて立ち止まる、表情の無い仮面を装着した、全身をローブで覆った小柄な人物。

 

 武器は、ローブの下に隠しているのか、見えない。

 ただ、小柄な身体に隠せているということから、長物ではないだろう。


 対戦者が揃ったところで、観客達から発せられる歓声と熱気が、一段階アップする。


「どうも、よろしく」


「…………」


 俺の言葉に、対戦相手は何も反応を示さず、無言のままその場に佇んでいる。


 ……不気味なヤツだ。


 それからすぐに、ほぼ何も口を出すことはないが一応用意されている審判が、俺達の様子を見て準備が整ったと判断したらしく、俺達二人の間に立ち――。


「――始めッ!!」


 合図と同時に、まず俺は相手の様子を探るべく浅く構えを取り――眼前に迫るダガー!!


「いっ……!?」


 瞬きの間に、まるで瞬間移動染みた勢いで一気に距離を詰めて来た仮面のその攻撃を、少し掠りながらも首を曲げることでどうにか回避。


 次いで、反対の手から繰り出される脇腹を狙ったもう一本のダガーを、剣を間に挟むことで防御する。


 このまま押し込まれてしまうと非常にマズいので、無理やりな体勢から反撃に移るも、その俺の剣は簡単に避けられて空を斬る。


 攻撃が失敗したと悟ったらしい仮面は即座に距離を取り、一秒もしない間に俺から十数歩離れた位置で再度構えを取っていた。

 

 ――こ、怖ええ!!


 コイツ今、全く躊躇することなく俺の喉元狙って突きを放って来やがったぞ!

 あのダガーも刃引きはされているようだが、初撃をまともに食らっていたら、喉を潰されて一発アウトだったかもしれない。


「…………」


 相変わらず、何も言いはしないが、今の連撃で終わらせるつもりだったのかもしれない。

 少しだけ、驚いたような様子が仮面から感じられる。


 いや、驚いたのは俺の方なんだけど。心臓バクバクである。


 ――今の動きからして、恐らくこの仮面は早さで相手を翻弄し、ヒットアンドアウェイで戦うタイプなのだろう。


 人間とは思えない速度で動いていたのは、素の力か、それとも俺の知らない魔法的な何かで加速しているのか。

 後者の方が可能性は高そうだな。マジで、今のは人間が出せる加速を超えていた。

 それか、人間じゃない種族なのか。


 どちらにしろ、厄介なのは間違いない。

 両手に持ったダガーで躊躇なく急所を狙って来るし、しかもローブで身体を隠しているので、攻撃の出所を掴むのが一歩遅れ――って危ね!?


 俺が思考している間に攻撃を再開し、眼で捉えるのが精一杯の恐ろしい速さの攻撃を繰り出す仮面。


 それから続くのは、息を吐く間もない攻撃の連打である。

 剣で受け、首を曲げ、身体を捻り、地面を転がり、ジャンプし、その短剣の煌めきから逃げ続ける。


 時折、急加速から急停止して、攻撃の間を一歩ずらしてくるのも嫌らしい。


 クソッ、とにかく動きが早過ぎる。まず間違いなく今まで戦った相手の中で最速だ。

 何だよその、弾丸染みた動きは。異世界だからか。異世界恐ろし過ぎか。


 どうにか相手の動きを見切らねばと、全身に掠り傷を量産しながら必死に観察を続けていた俺は――しかしその時、ふと違和感を覚える。

  

 ……何だ?


 今までの対戦相手と違って、何か、この相手には違和感がある。


 その正体を見極めようと、そこに突破口があるかもしれないと、俺は仮面の動きを(つぶさ)に見続け……そして、数合剣を交えたところで、ようやくそれが何なのかを理解する。


 ――あぁ、クソ。クソが。


 剣を打ち合いながら、俺はギリィと歯を食い締める。


 今の俺は、相当に目が良い。


 だから、わかる。わかってしまった。

 

 仮面が攻撃を繰り出す際の、華奢な腕。

 袖口から見える、その肌の若々しさ。 

 そして、激しく動いた際に覗く、ローブの下の細い身体付きと、乏しいがしっかりと(・・・・・)起伏のある胸(・・・・・・)


 構えに違和感を感じたのは……これが理由か。



 

 コイツは――いや、この子(・・・)は、少女だ。




 俺は今、少女と戦わせられている。


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