ペット
――原始的だが、しっかりと人を殺せるだろう武器を持つ、恐らくオークだろうと思われる魔物の集団。
その集団の中心にいるのは、ダガーを両手に握った、一人の少女。
二つの陣営の内、片方は瞳に恐怖の色を浮かべて震えており、もう片方は瞳に嗜虐の色を浮かべ、どう料理してやろうかと考えているのが丸わかりの表情をしている。
――勿論、恐怖に震えているのは、オークの集団である。
「フフ……フフ」
振るわれる槍を回避してから、飛び上がって繰り出したセイハのダガーが、オークの喉下から脳味噌に向かって突き刺さる。
彼女は三角飛びの要領でオークの巨体を蹴り、その勢いで刺したダガーを引き抜いて地面に着地すると、次の獲物を定め即座に駆け出した。
セイハの戦闘を見ていて気付いたことだが、彼女は首筋を狙うのが常套手段であるようだ。
恐らく、一番効率的に相手を殺すためにそうしているのだろう。
生物は意外と頑丈だったりする。
女性の中でも、華奢な体格をしている彼女が確実に敵を殺し切るために、積極的に首を狙うようにしているのではないだろうか。
「なるほど……セイハ様は、『アサシン』クラスなのですか。かなりの実力をお持ちなようですね」
「お姉ちゃん、強ーい!」
彼女の戦闘風景を見ていた燐華と玲が、それぞれ感想を溢す。
――現在俺達は、森の奥へと向かって進んでいる最中である。
俺の方はすでに武器の確認を終え、その後に出会ったオークの集団を、セイハの試し斬り用に譲ったのだが……何かのスイッチが入ってしまったのか、とても楽しそうに笑いながら、哀れな彼らを斬り刻みまくっている。
ちょっと怖い。
少ししてオークの集団を壊滅させ、返り血でローブを濡らしたセイハは、とても良い笑顔でこちらに戻ってきた。
「マスター、少し……驚きました。軽く、取り回しも良く、斬れ味も良い。鉄製ではない武器を使用するのは初めてですが、こんなに使いやすいとは」
恍惚の表情を浮かべ、そんな感想を伝えてくるセイハ。
「お、おう、気に入ってくれたんなら、良かったよ。……ま、今後さらに強いのを作ってやるから、楽しみにしててくれ」
それ、『+3』はされているが、中級武器錬成の中でも初歩のものだからな。
ただ、彼女はどうも、前の雇い主が用意していた量産品の武器をこれまで使用していたようなので、それとの差を大きく感じてしまっているのだろう。
彼女自身、あんまり武器の質にこだわりを持っておらず、戦闘方法からしてどんどんダガーを使い潰していくので、一定以上の品質ならば別にそれでいいかと、今まであまり気にしたことはなかったらしい。
俺のスキルで造る武器には、手製らしい粗さなど存在しない訳なので、量産品よりは断然に質が良いのだ。
と言っても、この程度の武器で満足してもらっても困るがな!
彼女にはその内、我が技術の粋を結集した武器をプレゼントするとしよう。
「さらに、強いもの……! い、いいのでしょうか。そんな良いものを、使わせていただいて……」
「勿論いいさ。セイハは大事な仲間だからな」
そんな会話を交わしながら、俺達は魔物を狩りつつ森の中を進んでいく。
ほぼ片手間ではあったが、遭遇した魔物の狩りも結構行っており、多分現時点でインベントリに突っ込んである討伐証明部位を全て見せれば、冒険者の等級もすぐに上がることだろう。
先程セイハが一人で壊滅させていたが、オークの集団って確か、普通は中級冒険者がパーティで挑むような相手とかって話だからな。
そして、周囲の景色が少し変化し始め、だんだんと野生が深くなっていき――やはり最初に気付いたのは、セイハだった。
「……マスター! 何かいます」
武器を抜き放ち、今までとは一段階違った警戒の様相を見せる仮面の少女。
その視線の向こう側、緑が生い茂った木々の奥に見えるのは――黒の巨体に、ぶっとい牙と厳つい何本もの角。
見覚えのある、鋭い眼光。
「――やっぱ、お前だったか」
送られてきた、位置情報を示すシグナルの先。
そこにいたのは、予想通り、闘技場で戦った我がペットだった。
「……! マスター、お下がりを……!」
敵意を剥き出しにしたセイハが一歩前に立つが、俺は彼女の肩にポンと手を置く。
「大丈夫だ、アイツは敵じゃない」
「ですがあの魔物は、マスターを傷つけた闘技場の魔物……っ!」
「けど、今は俺の配下だ。大丈夫だ、問題ない」
「……わかり、ました」
俺の言葉に、彼女は武器を下ろし、俺の隣に戻る。
だが、警戒自体を解いた訳ではないようで、視線だけは我がペットの方に釘付けになっており、緊急時にすぐさま対処出来るようにか、自然体のまま構えを取っている。
……まあ、完全に警戒するなというのは無理か。
こちらを思っての対応だろうと思うので、それ以上は何も言うことなく、俺は我がペット、ベヒーモスの前に立った。
見ると、身体に多くの、傷があるのがわかる。
闘技場で看守相手に暴れていた時か、王都から逃げ出す時に、人間達から受けた傷だろうか。
「お前、住処に帰れっつったのに、帰らなかったのか」
ここが住処ということは、無いはずだ。
冒険者ギルドで少し情報収集した際に、ベヒーモスという魔物が『Ⅲ~Ⅰ』級の上級冒険者しか手を出してはならないとされている、最上位と言っても良い程の強さを持つ魔物だという情報を得ている。
だが、ここは初級冒険者や中級冒険者くらいしか来ない森だという話だ。
コイツが元々ここを住処にしていたのだとしたら、もっと危険なエリアとして警戒されていることだろう。
「グルゥ」
俺の言葉に、ベヒーモスは小さく首を左右に振る。
何となく、本当に何となくだが……コイツは、「住処はない」と言っているのだろう。
これもまたこの世界に来たことによる変化か、コイツが何を言いたいのか、その意思が『隷属』のスキルを通して伝わってくるのだ。
……なるほど、人間に捕らわれた際に、元いた住処を破壊されたとか、そんな感じか。
俺の「住処に帰れ」という指示が無効化されたのは、それが理由だろう。
それ以降の指示は出していないのだから、好きにすりゃあ良かったのだが……こうしてずっと、王都付近の森で俺のことを待っていた、と。
それで、近くに来ていることが『隷属』のスキルを通してわかったから、位置情報を送って来たのだろう。
律儀な奴だ。
「そうか……何にせよ、無事で良かった。お互いな」
そう言いながら俺は、『エクストラヒール』を発動する。
見る見る内に身体中にあった傷が消えていき、やがて全くの無傷の状態となる。
ベヒーモスは、自身の身体が回復したことを理解すると、俺に頭を下げた。
「うわぁ! あんちゃんのペット、かっこよくて頭のいい子だね! この子のお名前は何て言うの?」
「名前……お前、何て名前なんだ?」
俺が問い掛けると、ベヒーモスは首をふるふると横に振る。
これは、「名前は無い」ということだろう。
「名前はないみたいだ。それじゃあ、考えてやらないと――」
「なら、ベヒベヒ君!」
食い気味に、そう提案する燐華。
「えっ……ベヒベヒ君?」
「うん! かっこかわいいでしょ!」
う、うーん……そ、そうだろうか。
「あら、いい名前じゃけぇな」
「ふむ……マスターに屈服しているのだということを示すには、それくらいの名前がいいのではないでしょうか」
意外にも燐華の提案は好評だったらしく、肯定的な――セイハは燐華と玲とは違った意味で肯定的なようだが――意見を返す二人。
「……グ、グルゥ」
困ったような顔をして、こちらを見る我がペット。
こんな厳ついツラだが、言いたいことがわかると、何だか可愛げがあるな。
「あー……じゃあお前、夜叉牙でどうだ? 厳つい顔に、ゴツい牙が生えてるから」
そう言うと我がペットは、少しホッとした様子を見せ、それでいいと言わんばかりにコクコクと頷く。
「えー、ベヒベヒ君の方がいいのに!」
「……なら、両方取って『夜叉牙=ベヒベヒ』にしよう。よし、これで決定な」
えっ、という顔でこちらを見る彼から、俺は視線を横に逸らす。
すまん、我が配下よ……俺は、この子らとお前だったら、この子らの方を優先してしまうんだ。
「よろしくね! ベヒベヒ君!」
「共に主様の盾となるべく、よろしゅう」
「玲、良いことを言いました。真にマスターの配下であるならば、これから、マスターのためにしかと働きなさい」
彼女らの言葉に、我が配下は達観したような顔で、ただ従順に頭を下げた。
……俺だけは、夜叉牙ってちゃんと呼んでやるから、そんな顔するな。




