海賊船取引《1》
「落ち着いたか?」
「は、はい……す、すみません……」
かぁっと耳まで真っ赤に染め上げ、仮面の上から両手で顔を覆うセイハの前に、ニコ、と無言の微笑みを口元に携えたジゲルが、コーヒーを置く。
仮面の少女は、それを両手で持ち、気持ちを落ち着かせるようにコク、と一口飲む。
相変わらず、動作が一々小動物染みていて可愛い奴である。
俺は、一つコホンと咳払いしてから、二人の幼女へと声を掛けた。
「それで、燐華、玲。ええっと……一つ聞きたいんだが、二人は何で出て来られたんだ? 前に見た時は、呼べないようになってたんだが……」
「うん! あのねあのね、あんちゃんとこ行きたいって思ったら、行けるようになったの!」
にこにこしながら、そう言う燐華。可愛い。
可愛いが、それじゃあ何にもわからんなぁ……。
と、燐華の言葉を補足するように、玲が言葉を続ける。
「主様に会いたいね、とお燐と話していたら、何だかパスが繋がる気がしまして。そしたら、主様がお呼びくださいました」
……まあ、わからないことばかりで、わかっていることの方が少ない以上、この辺りの謎は考えてもわからないか。
彼女らが意思を持つようになった、ということだけを純粋に喜ぶとしよう。
「あーっと……ジゲル、事後承諾になってしまってすごい申し訳ないんだが……この子らも、ここに置かせてもらってもいいか? 召喚獣だから寝床とかは俺の部屋でいいからさ。彼女らの飯代もちゃんと払う」
「勿論、構いませんよ。食費も別に、構わないくらいですが」
「いや、それはこっちが申し訳ないからちゃんと払う。ありがとう、助かる」
「ありがと、おじいちゃん!」
「ありがとうございます、ジゲル様」
「フフフ、ユウさんとセイハさんが来てから、ここもとても賑やかになり、この老骨としては嬉しい限りです」
本当に嬉しそうに笑ってから、ジゲルは「ただ」と言って言葉を続ける。
「一点だけ。玲さん、とおっしゃりましたね。彼女の方は、少し対策を考えた方がよいでしょう。魔族として認識され、攻撃を受ける可能性があります。帽子などを被って角を隠した方が良いかもしれません」
「む、そうか……よし、明日にでも買って来よう」
「お手数をお掛けします、主様」
俺は玲の頭を、ポンポンと撫でた。
* * *
深夜。
昼間とはまるで別世界のようにシンと静まり返った世界の中を、進む影が三つ。
――俺とセイハ、そしてネアリアである。
三人ともすでに顔を隠し、武器を装備し、いつもの如く俺の『ハイド』『付与:ハイド』で姿を隠し、万全の態勢である。
「見えたな。それじゃあテメーら、仕事の時間だ」
前方にあるのは――一隻の船。
中型のガレオン船で、多分三十人くらいは乗れるんじゃないだろうか。
その桟橋で、闇に潜むようにして何やら取引らしきことをしている者が、二人。
見張りが周囲を固めており、イケないことをしている空気満々である。
――現在俺達のいるここは、王都の一角にある『港地区』である。
夜空を映した黒一色の海に、ゆらゆらと揺れる帆船が並んでいる。
倉庫らしい建築物が幾つも建てられており、まさに貿易港、といった感じの趣だ。
そして俺達は、並んだ倉庫の一つの屋根上に昇り、男達の取引の様子を眺めていた。
「マスター、張り直しをお願いします」
「オーケー」
倉庫の上で監視していた見張りの一人の首を、音もなく掻き切って殺し、屋根にそっと横たえたセイハに再度『付与:ハイド』を掛けてやる。
「……それにしてもユウ、アンタの姿隠しの魔法はすげーな。本当に誰も気付かねぇし。一家に一台ほしいくらいだ」
そんな家電用品みたいなことを言われても。
「……ダメです」
「おう、アンタの大事なマスターは取らねーから、安心しろって」
ニタニタとからかうような声音で言ってから、ネアリアは言葉を続ける。
「んじゃ、一気に行こうか。例の小男からは『朝までに取引を潰せ』って注文だから、さっさとやるぞ」
「ネアリア、あの取引してる二人の内、執事っぽい方を殺せばいいんだったな?」
「あぁ。とにもかくにもソイツをぶっ殺せば目標達成だ」
「わかった。んじゃ、ソイツは俺が殺そう」
そう言って俺は、インベントリからソレ――ライフルを取り出す。
昼の内に、十分な試し撃ちを終えているので、使い勝手の確認はバッチリである。
「あん? こっから狙えんのか?」
「この距離なら多分殺れる。二人は別の場所で待機してくれ。コイツ、結構デカい音が鳴るんで、多分他の奴らの注意が俺の方に集まると思うから、それを合図に奇襲頼んだ」
「了解しました」
「……わかった。んじゃ、今回はアタシとセイハで突っ込むか」
「では、私がマスターの代わりに前衛をしますので、ネアリアは後衛をお願いします」
「オーケー。……なぁセイハ。一つ聞きたいんだが、アンタは基本的に『様』付けで他人を呼ぶが、アタシだけ呼び捨てなんだな?」
「ネアリアは、ネアリアなので」
「……まあ、いいけどよ」
そうのんびりした会話を交わしながら、セイハとネアリアは倉庫の上から飛び降り、ここから離れていく。
俺が掛ける『ハイド』の性能を理解しているため、かなり大胆なところまで距離を詰め、武器を構える二人。
彼女らの準備が整ったのを見て俺は、ライフルのアイアンサイトを覗き込んだ。
光学照準など付いていないが、コイツもまたゲームの武器であるため、補整が掛かり、多少だが視界がズームされる。
狙撃は専門じゃないのだが……まあ、これだけゆっくりと狙えて、ゲームの補整もある以上、外す方が難しい。
引き金を引くと同時、パァンと高らかに銃声が鳴り響き――刹那遅れ、俺の狙った執事服の男が地面に崩れ落ちる。
「な、何だッ!?」
「て、敵襲ッ!!」
一気に殺気立ち、男達全員の意識が銃声のした方向、倉庫の屋根上にいる俺の方に向かい――その一瞬を、彼女らは見逃さない。
瞬時に飛び出したセイハが、通り過ぎ様にダガーを繰り出していき、瞬く間に男達を斬り刻んでゆく。
彼女の後ろに付いたネアリアは、クロスボウで的確にヘッドショットを決め、セイハの進路上にいる敵を確実に減らす。
二人の動きが非常に早いために、男達はまだ二方向から攻撃を受けているのだということを理解しておらず、なす術もなくどんどんと倒れて行く。
俺は、装填されている残り四発で彼女らの援護をし、弾が切れると同時インベントリに空のライフルを突っ込む。
そして、腰に差した二本の短剣を抜き放つと、飛んでくる矢を斬り落としながら、倉庫の屋根上から飛び降りた――。




