冒険者ギルド
――王都『セイリシア』を、真ん中で縦断する中央通り。
『冒険者互助組合』は、その大通りに面して建てられていた。
ここまで来たことがなかったので知らなかったが、この王都の一番外周は高い防壁でグルリと囲われているようで、冒険者ギルドはその防壁付近にあった。
恐らくは、冒険者ギルドの基本の仕事である魔物の討伐、その素材を運び込みやすいようにと、有事の際にすぐに動けるような位置に建てたのだろう。
緊急時は、冒険者は防衛戦力として頭数に入れられるそうだからな。
ゲームみたいな話ではあるが、時折大型魔物の襲来なんかも起こるそうなのだ、この世界。
「――それじゃあ、これで登録は完了だ。今後のお前らの活躍に期待してるぜ」
そう言って、ニィィ、と人でも殺せそうな笑みを浮かべるのは、スキンヘッドに顔面傷だらけの男。
冒険者ギルド内のカウンターに座っている以上、彼がギルド職員の一人であることは間違いないのだろうが……ツラが凶悪過ぎて、正直裏の人間にしか見えない。
「それで、さっそく依頼を受けていくか? 数は多くないが、『Ⅹ』級に紹介出来る依頼も勿論あるぞ」
冒険者のランクは『Ⅹ~Ⅰ』と十段階に分かれており、数字が若くなるにつれ高い等級となるそうだ。
そのため、登録したばかりの俺とセイハは『Ⅹ』級に分類される最も駆け出しの冒険者という訳である。
「あぁ、お願いしようか。それじゃあ……『ゴブリン討伐』を頼む」
「わかった、ちょっと待ちな」
事務処理を始めたスキンヘッドのおっさんに、俺は問い掛ける。
「一つ聞きたいんだが、魔物の討伐なら、証明部位を持ってくりゃあ後で依頼達成ってことにしてくれるんだったな?」
「そうだ。だが、わかっているだろうが、自らの実力以上の相手に挑むんじゃねぇぞ。等級ごとで、何故受けられる依頼が違うのか、しっかりその頭で考えることだ。死んでも俺達は知らんぞ」
「おう、肝に銘じておくよ」
「んじゃ、これで手続きは終わりだ、十分に気を付けて行って来い」
「親切にどうも」
手をヒラヒラと振り、俺はセイハを連れて、ガヤガヤと騒がしい冒険者ギルドから出て行った。
すぐに大通りが広がり、非常に多くの人通りがあるその中で、俺は人込みに紛れながら『ハイド』『付与:ハイド』を発動し自分自身とセイハの姿を隠す。
チラ、と後ろを見ると、俺達より少し遅れて出て来た男が、何かを見失った様子で周囲をキョロキョロとしているのが視界に映る。
「尾行が、つけられてましたね」
「そうみたいだな。やっぱり前にセイハが言っていた通り、手配が回ってたか」
三日寄越せ、とゴブロからは言われているため、やはりまだ、俺達は指名手配犯のままなのだろう。
その間は、店で大人しく給仕の仕事をしていようかと思っていたのだが……あのシギルがあれば問題ないし、むしろ公的な身分はあった方がいいから、冒険者をやりたいんだったら早めに登録してこいと言われ、こうしてここまでやって来ている。
あまり深くは聞いていないのだが、ゴブロの方からしても、俺達が冒険者ギルドに登録していることは都合が良いようだ。
何か、仕事の関係で必要になるのだろうか。
「それにしても、マスターは、冒険者の互助組合に何か思い入れが……? もしかして、監獄に来る以前は、冒険者だったと……マスターは他者を寄せ付けない実力がありますし、その可能性はあるかもしれません」
「ん、あぁ、そうかもしれないな」
真面目に俺の無くなった記憶について考えてくれているのに、ただ前世でゲーム好きだったから冒険者になってみたかっただけ、とは口が裂けても言えないので、俺は曖昧に笑って誤魔化す。
実際ゲーム時代だと、プレイヤーは冒険者となって世界を回る、なんて設定だったはずなので、セイハの言葉も間違いではないだろう。うん。
「まあ、冒険者になったのには一つ理由があるんだ。魔物にちょっと用があってな」
「魔物、ですか……?」
不思議そうに、俺を見上げてくるセイハ。
いつもの如く現在も仮面をしたままなのだが、その下の表情が簡単にわかるくらいには、俺も彼女のことがわかるようになってきている。
――現実では、武器の素材と言えば何か?
大体が金属である。
では、ゲームで武器の素材と言えば何か?
大体が魔物から得られる牙や骨などである。
俺が使う『武器錬成』スキルにも、魔物の素材を使うものが数多く存在する。
鍛冶設備の方は、ゴブロから情報を得ることが出来たため少し目星がついており、となると次に必要になるのは武器に使う素材。
冒険者ギルドは、基本的に魔物討伐を仕事にしているだけあって魔物に関する多くの情報を有しているようで、その上討伐に成功すれば報酬も出るため、登録しておいた方が何かと得だろうと思ったのだ。
あの小男が言っていたように、公的な身分も得られるしな。
そう、色々と得があるだろうと思ったからこそ冒険者として登録したのであって、決して、ちょっとワクワクしたからとか、そんな理由ではありません。
「なるほど……武器を作るのに必要、ですか。わかりました、では、ゴブリン、たくさん狩りますね」
「うむ、奴らを根絶やしにしてやろう。――と言っても、今日は軽ーくだ。それなりに素材を得られたら帰るぞ」
「む、了解、です」
まずは本命ではない素材から、というのはものづくりの基本だ。
もし良さげな魔物と遭遇したら狩るつもりだが、今日はあまり遠くまで行かず、この世界にもいるらしいゴブリンの素材を入手するだけでやめるつもりである。
本格的な素材集めは、鍛冶設備の方の確認が終わってからだ。
ちなみに、今日は『オルニーナ』は休みを貰っている。
ホント、色々と自由にさせてもらっていて、ありがたい限りである。
こうして冒険者としての身分を得られた訳だが、今後も変わらずあそこでは働かせてもらうつもりなので、恩を返せるようビシバシ働くとしよう。
……まあ、俺がやる気を出しても、あの店にお客さんが全然来ないことには変わりないんだけどさ。
――そして俺達は、人の流れに沿って中央通りを進んでいき、デカい大門から王都の外へと出る。
王都のすぐ外は草原になっており、少し奥に視線を送ると森が広がっていることがわかる。
あそこが、王都の冒険者達の基本的な狩場であるようだ。
「あれがゴブリンの棲息地帯だな。よし、行こうか」
俺達は草原を進み、三十分もしないで森へと足を踏み入れ――そこで二人とも、足を止めた。
「マスター、敵です」
「そのようだ。魔物……じゃあないみたいだな」
俺は腰に差した二本の短剣を引き抜き、隣を歩くセイハもまた、ス、と懐からダガーを取り出した――。
* * *
「――ギルド長、一つ、ご報告が」
スキンヘッドのギルド職員に、ギルド長と呼ばれた鋭い眦をした老齢の女性は、何やら書類に書き込みをしながら、一つ舌打ちをして返事をする。
「チッ、何だいこのクソ忙しい時に」
「例の監獄闘技場の、指名手配犯と思しき二人組が登録に現れました」
ユウ達を相手した時とは打って変わった、丁寧な口調でスキンヘッドのギルド職員はそう報告する。
「なら、さっさと通報しな。国の馬鹿どもも、今なら普段の仕事の遅さが嘘のような迅速さで動くだろうさ」
「いえ……それがどうも、第四騎士団の紋章を持っていまして」
「何?」
そこで初めて、ギルド長は手元の書類から顔を上げる。
「間違いないのかい?」
「間違いありません。確認させてもらいましたが、偽造されたものでもありませんでした。盗品の可能性は残りますが、騎士団を騙ることは死罪。それ程考えが浅い者達にも見えませんでしたので、あそこの関係者という可能性の方が高いかと」
「……第四は諜報やら密偵やらを担当する秘密体質の組織だからね、何があってもおかしくない……もしや、監獄での騒ぎもあそこが仕組んだものってことかい……?」
少し考え込んだ様子を見せてから、彼女はスキンヘッドのギルド職員へと問い掛ける。
「尾行は?」
「『Ⅲ』級の者を付けましたが、一瞬で撒かれました。姿隠しの魔法でも使えるのか、人込みの中に入った瞬間姿が見えなくなったそうです」
「……なるほど、相当に実力があるようだね。となると、何が目的でギルドに登録したのか、という点が問題か……わかった、今後その二人組は、アンタが担当しな。変に手を出すんじゃないよ、何かわかり次第逐一報告するんだ。アタシの方でも少し、探ってみるとしよう」
「ハッ、了解しました」




