閑話:出会い
「ふむ……貴方、ウチに来ますか?」
目の前の、肩で息をする仮面の少女に、そう声を掛ける。
「……何を、言って、いるのですか」
「貴方自身、わかっているのでしょう? 自らの仕事が自らを苦しめ、世界を灰色にしている、ということを」
「…………」
無言のまま、ただその場に佇む、仮面の少女。
彼女の手には血濡れのダガーが握られ、そして周囲に転がる、無数の死体。
何やら怪しい恰好の者達が裏の方で暴れていると、懇意にしている店の者から助けを求められて様子を見にきただけであるため、詳しい事情は全くわからないのだが……恰好を見るに、どちらも裏の世界に属する者達だろう。
――抗争か。
全員同じような全身を隠すローブ姿だが、しかし地面に転がっている死体のローブにはどこかの組織のものらしいエンブレムが刻まれており、仮面の少女には刻まれていない。
つまりは、彼女一人で敵対組織の者達を壊滅させ、この死体群を量産したということだ。
とんでもない実力の少女だが……しかし、仮面の奥に覗く彼女の瞳は、とても、疲れた目をしていた。
見覚えのある目だ。
日々に後悔を覚え、しかし他に道を知らず、もがき方を知らず、もがいた先に何があるのかも知らず、腐った世界で腐った仕事を、ただ死んだように続ける。
だんだんと感覚が麻痺していき、精神を擦り減らしていき、生に疲れを覚えた者の目だ。
恐らくだが……なまじ、確かな力を有しているだけに、次々と仕事を回され、抜け出すことも悲鳴をあげることも、出来なくなっているのだろう。
――生きたまま、死んだ者。
そんな彼女の姿を見て、思わず自身の口から、そんな誘いの言葉が零れていた。
「先に言っておくと、私も裏社会で生きる身でして。ですが、これでもそれなりに長く生きておりますので、どうすれば自身の力を自身のために使えるのか、そのことをよく理解しているつもりです。年の功、というものですな」
「…………」
ただじっと、こちらに耳を傾ける仮面の少女。
警戒しているのか、目撃者であるこの老骨を、殺すかどうか悩んでいるのか。
「貴方は、まだ知らない。この世界が、もっと広いことに」
「……それが、何だと言うのです」
「世界の広さを知れば、貴方は、生きたまま死ぬことがなくなる。――少女よ。お名前を、お聞きしても?」
少女は、少し悩んだ様子を見せてから、口を開く。
「……セイハ、です」
「セイハさん、ですね。私は、ジゲル。今はまだ、そのような気にならないかもしれませんが……困ったことがあれば、いつでも私の店――『オルニーナ』に来なさい。歓迎しましょう」
自身の言葉に、仮面の少女は何も返事をせず、そのまま闇の中に溶け込むようにして消えていった。
* * *
――オルニーナでのある日。
「おや、これは……珍しい者がいらっしゃいましたね」
ドアベルを鳴らし店内へと入ってきたのは、見覚えのある仮面を装着した少女と、その隣に佇む、ローブの下に囚人服を着込んだ歳若い青年。
――随分と、変わったようだ。
以前見た時は、色を失った瞳をしていた仮面の少女。
それが今は、とても活き活きとした少女らしい様子へと変化しており、楽しげな、嬉しそうな、生きることに喜びを感じているのだろうということが、すぐにわかるような雰囲気を身に纏っている。
仮面を顔に装着しているのは未だに変わっていないようだが、しかしその下の顔が、数多の表情で溢れているのだろうことが、彼らの会話を交わす様子を見ているだけで簡単に理解出来る。
恐らく彼女は、世界の広さを知ることが出来たのだ。
そして――その変化をもたらしたのが、恐らくこの青年なのだろう。
仮面の少女の隣に立つ青年の方へと、顔を向ける。
――一目見て、面白い青年だと、そう思った。
裏社会に住む者は、目が濁る。
だがこの青年の瞳には、一切その濁りがない。
ローブの下に身に着けている囚人服、そして監獄でつい最近大きな騒ぎがあったことから察するに、恐らく彼は脱獄囚なのだろうが……彼が纏う雰囲気には、全くと言って良い程、暗い部分を感じられなかったのだ。
その点だけで、彼が『悪』ではないということがわかる。
囚人として服役していながら、善性である身。
なかなか、出自が気になる青年ではあるが……この業界で、過去の詮索は好まれない。
今後、彼と仲を深める機会があれば、是非とも聞いてみたいところだ。
二人の様子からすると、彼らは国の者に追われ、潜伏場所を求めているようだ。
この場所ならば、二人を匿うことは難しくない。
――彼らならば、受け入れても構わないだろう。
「――わかりました。とりあえず、替えの服を用意しますのでお着替えなさい。その恰好ではのんびりするのも難しい。話はそれからするとしましょう」
内心ではすでに、二人を迎え入れる心持ちでいながら、ジゲルは彼らの服を用意するべく店の二階へと上がっていった――。




