夜
「うぅ……気持ち悪ぃ……」
「飲み過ぎだって、お前……だからやめとけって言ったのによ」
俺に全身を大きく預け、非常に危うい足取りで歩くネアリア。
「るせぇ……クソ、何でお前ら、そんなピンピンしてやがるんだ……」
セイハの方は、酔ってはいるらしく、ネアリアと反対側の俺の腕をギュッと両手で抱き締めているものの、足取りは比較的しっかりしている。
セイハ、悪乗りしたネアリアに相当飲まされていたのだが、どうもメチャクチャ酒に強かったらしく、結局先にギブアップしたのは赤毛の先輩同僚だった訳だ。
「フフ、フフ……マスターの匂い」
……いや、やっぱ、結構酔っているな。
ネアリア程酷くはないってだけか。
両手に華と言いたいところだが、ネアリアの顔色が悪過ぎてそんな雰囲気でもない。
ネアリアは相当薄着で、現在俺に密着しているため、それなりにボリュームのある胸の感触とかも物凄く感じるのだが、今俺はコイツが噴水へと変身しないか戦々恐々としているせいで、全く嬉しくない。
セイハに掴まれている方の腕も、彼女の柔らかい身体の感触に包まれていて心地良くはあるのだが、正直それを楽しんでいる余裕はない。
「頼むから吐かないでくれよ」
「何言ってんだ。アタシの胃袋はそんな柔じゃ……ウッ……」
「お、おい!」
ちなみに俺も、多少酔いは感じているものの、それだけである。
前世では別に、そんな酒が強いという訳ではなく、まず間違いなく今日の酒量だったら酔い潰れていただろうが……これもまた、この身体になったからこその変化なのだろう。
「ほら、オルニーナに着いたぞ。ジゲル……はいなさそうだな。ネアリア、水は?」
「そこ……そこの樽だ」
カウンターの向こう側にあった、横向きの樽からコップに水を汲み、それを自業自得の酔っ払いへと渡す。
「んぐ、ん……フゥゥ……」
「ったく、これで今日は大人しく寝ろ。お前、そんな感じで毎日酒飲んでたら、早死にすんぞ」
最初に会った時も二日酔いだったしよ。
「へへ……わかってねぇなぁ。アタシは細く長く生きるなら、太く短く生きるって決めてんだ。なぁ、セイハ。酒、美味かったろ? お前もおんなじ気持ちだろ?」
「お酒……お酒、美味しかったですね」
「おぉ、おぉ、よく言った。これからも酒を飲むときはアンタを誘ってやる」
「ネアリアよ。悪の道に仲間を引き摺り込もうとするのはやめるんだ」
そんなことを話しながら俺達は二階へと上がり、それぞれに割り当てられた部屋へと引っ込み――と、セイハが扉を開けたところで、俺は彼女へと声を掛ける。
「あ、セイハ、ちょっと話を……と思ったが、今日はやめとくか?」
「いえ、大丈夫、です。夜伽ですか?」
「違います」
とろんとした目でそんなことを言うセイハに、俺は即答で否定し、コホンと一つ咳払いしてから言葉を続ける。
「んじゃ、俺の部屋に来てくれ。今後どうするか話がしたくてさ」
「はい、わかりました」
そして俺は、セイハを連れて自身の部屋に入る。
ジゲルが用意してくれた、この部屋。
そこまで広くはないが、生活する分には十分なスペースがあり、タンスにベッド、小さめだがしっかりした机と椅子が置かれている。
多分、セイハの方の部屋も作りはほぼ同じだろう。
これだけちゃんとした自室を貸してくれて、頭が上がらんな。
「よし、そこ掛けてくれ。んで、今後についてなんだが……こうして潜伏場所は確保出来た訳だし、脱獄して一段落出来た訳だが、これからもセイハは、付いて来てくれるか?」
「無論です。私の行く道は、マスターの隣と、決めましたから」
酔いを感じさせながらも、固い意思が伝わる口調で、言葉を返してくれるセイハ。
「わかった、ありがとう。んじゃあ、それを踏まえて今後を考えたいんだが……大きな目的としては前にも言った通り、俺は自分が何なのかを探っていくつもりだ。セイハの方は、何かこうしたいってのは、あるか?」
「私は、マスターと共にいられれば、満足です」
即答する彼女に、俺は苦笑を溢す。
「あー、セイハ。そうやって言ってくれるのは嬉しんだが、いいんだぜ、もっと自分がやりたいことを言ってくれて。互いに言いたいことを言えるのが、健全な関係ってもんだ」
仮面の少女は、少しの間、考える素振りを見せる。
「……では、家事を覚えたい、です」
「家事?」
「はい。家事を覚えて、マスターの日々のお世話をしたいです」
「…………それがしたいことなのか?」
「私は、こうしてあなたといられることが、幸せですから。ですので、もっとそれを感じていられるよう、たくさんお仕え出来るようになりたい、です」
グ、と両手を握り締め、力を込めて語るセイハ。
うーん……可愛い。
「ありがとうな。わかった、セイハは家事と。んで……とりあえず俺は、武器を入手したい」
「武器、ですか。確かに、マスターが私を誘いに来てくださった際に使っていたのは、小型の射撃武器、でしたね」
「あぁ。その射撃武器は俺が自分で作ったんだが、良いものを作ろうとすると専用の設備がいる。それに短剣の方も盗品だしな。質は悪くないみたいだから、しばらくはこれを使うつもりだが、早いところ別のが欲しい。刀身の長さもちょい短いし。となると、金がいる訳だ」
短剣の方も、もう少し長い方が好みなのだ、俺は。小太刀くらいの長さが欲しい。
この世界で生きる以上、武器は確実に欲しい。
前世程、安全が担保された社会でもないのだ、こちらの世界は。
監獄で作ったデリンジャーレベルならば、『初級武器錬成』スキルで材料さえあれば簡単に作ることが出来るが、それ以上の『中級武器錬成』『上級武器錬成』を使うには、鍛冶設備が必要になる。
それを整えるには、やはり、金がいるだろう。
その前に一度、こちらの世界の鍛冶設備で、武器錬成スキルが発動するかどうか確認しないといけないがな。
「だから基本は、給仕をやりつつ、ジゲル達がやっている裏の仕事も手伝おうかって考えてるんだ。どうだ?」
人を殺してはいけない。
でも、クズなら別にいいかと、そんなことを脳内で考えている俺がいることもまた、確かである。
しかも、それで金が稼げると。
ならば、やらない手はない。
もしかしたら俺は、前世であれば精神病棟がお似合いの、どうしようもない精神異常者なのかもしれないが……俺、クソどもは嫌いなので。
クソどもが如何にクソどもなのか、ということを監獄で身を以て知ることが出来た以上、躊躇するつもりは一切ない。
まあ、殺人鬼にはなりたくないので、己の中の一線を踏み越えないよう、それだけは常に気を付けるとしよう。
「良いと、思います。そういう仕事でしたら、私もお手伝い出来ることは多いですから」
「よし、それじゃあしばらくは、身を隠しつつ金を稼ぐ、っていう方向性でやろうか。何かあれば、その都度相談し合おう。さっきも言ったが、言いたいことをちゃんと言い合えるのが、お互い窮屈にならず、気楽にやっていけるってもんだ」
セイハとは、今後長い付き合いになるだろうしな。
「わかりました……言いたいことを言い合う、ですね」
「あぁ。俺はお前と、そういう関係になりたいって思ってるぞ」
「では、マスター。そ、その……きょ、今日は……共に寝て、いただけませんか?」
気恥ずかしそうにしながら放たれる彼女の言葉に、俺は思わず吹き出しそうになるのを我慢する。
共に寝るとは……つまり、そういう意味だろう。
「……セ、セイハさん。あなた、今になって酔いが回ってきたんですか?」
「いえ、酔って、ません」
「セイハさん、一つお教えしておくと、酔っ払いは皆そう言うんです」
あなたは酒を飲んだことがなかったそうなので、知らないかもしれませんが。
「あ、あの……だ、ダメでしょうか……?」
少し不安そうな様子で、こちらを見上げてくる銀髪の少女。
「…………」
「あっ……」
俺は、無言で彼女を抱き寄せる。
「その……ぼ、房中術など習ったことのない、生娘ですが……が、頑張りますので……」
彼女は、仮面を外す。
潤んだ瞳。
かぁっと赤く染め上がった頬。
仄かなアルコールの臭いと、彼女の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
瞼を閉じ、ゆっくりと顔を近付けてくる銀髪の少女に、俺は――。




