歓迎会
――その日の夕方。
「おう、新人ども。好きなだけ飲みな。ここは飯はそれなりだが、酒の種類は揃っていやがる」
今日は奢ってやると、ネアリアに連れられて俺とセイハがやって来たのは、近場の酒場。
ジゲルの店とは違って、こちらはかなり繁盛しているらしく、酒を酌み交わす商人らしい恰好の者達や、普通の市民……あれは、恰好からして冒険者か? らしい者達が多くおり、非常に活気がある。
まさに居酒屋、といった雰囲気だ。
「……ここを見てるとちょっと不安になるんだが、ジゲルの店、大丈夫なのか? 俺、まだあそこに客が入ってるところを見たことないぞ」
「常連客が一日に二十人も来れば、良い方ってところだな。ま、裏の仕事がある限り、潰れることはねぇだろうさ。儲かることも今後一生無さそうだが」
随分な言い種である。
立地か。立地が全てか。
まあ、やっている仕事の関係上、あんまり繁盛されても困るのだろうが……そういう意味では、わざとそんな位置に店を建てたのかもしれない。
儲けを度外視していることから考えるに、これもまたジゲルの趣味、という訳か。
「あ、てか、『オルニーナ』の方で飲むんじゃダメなのか?」
「ジジィは仕事だ。店の方も締めて、今頃回収係――衛兵に例のクソッタレを引き渡してるだろうさ。詳しく聞きはしねぇが、テメーら、多分監獄から逃げてきたんだろ? となると、今衛兵と顔を合わせをするのはマズいだろうからよ」
あぁ……気を遣ってくれていたのか。
いや、だが、こうして外に食いに来ているのも少々マズいのでは――と思ったが、今俺達が座っているテーブルは、二階の一番端の非常に目立たない場所にあり、他のテーブルと違って仕切りもある。
まず外からは見えないし、他の客から注目を集めることもほとんどないだろう。
そう言えばこの店に入る際、ネアリアが何事かを店員に言っていたが……もしかすると、そこも取り計らってくれていたのかもしれない。
「さ、余計なことは考えねぇで、とりあえず飲むぞ! おーい、レシカ! エールを三つ!」
「はーい、りょうかーい」
店員の若い女性とネアリアは顔見知りらしく、気安い様子で言葉を交わす。
なるほど……知り合いだからこそ、便宜を図ってもらえた、といった感じだろう。
こう言っちゃアレだが、意外と気が利くというか、細かいところまで考えてくれているというか。
「あら、ネアリア、新しいお仲間さん?」
「あぁ。ウチで雇う従業員だ。悪いヤツらで追われる身だから、衛兵にはチクんなよ」
「どうも、追われる悪い奴その一だ」
「では、私は、その二ですね」
俺の言葉に続き、物珍しそうに周囲をキョロキョロとしていたセイハが、そう言う。
「フフ、そう。よろしく、悪いお仲間さん達。ジゲルさんのところで働くなら、今後もお付き合いが増えそうね。――はい、どうぞ、エール三つ」
トン、とそれぞれの前にエールを置き、店員さんは「ごゆっくり」と言ってニコリと笑い、別の客のオーダーを取りに去って行った。
「お酒、ですか……私は、飲むのは初めてですが……」
目の前のエールをまじまじと見詰め、そう溢すセイハ。
「へぇ? セイハは、酒を飲んだことがないのか?」
俺の質問に、彼女はコクリと頷く。
「仕事に、差し支えるといけませんから」
「そりゃあ、不幸な人生だ。アタシが今日、酒ってものの美味さを思う存分教えて、アンタを酒好きにしてやろう」
「そんなに美味しいのですか?」
「そらお前、アタシの給料がほとんど酒に消えちまうくらいには、美味ぇぞ」
ダメ人間だ。
典型的なダメ人間がいる。
「おう、ユウ。何か言いたいことがありそうな顔だな?」
「いいえ、何も? それより早く飲もうぜ」
「む、それもそうだ。うし、お前ら! 酒を酌み交わしてこそ、真の仲間になれるってぇものだ」
そう言ってネアリアは、グラスを掲げる。
「ええっと……」
「セイハ、こういう時は、同じようにグラスを掲げるんだ」
俺はセイハにそう言い、グラスを掲げる。
セイハもまた、慣れていない様子ながらも、グラスを掲げる。
すると、ニヤリと笑みを浮かべるネアリア。
「それじゃ、ウチの新たな同僚に、乾杯!」
その音頭に合わせ、俺達はグラスをカチンとぶつけ合った。




