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断罪の暗殺者  作者: 流優
裏ギルド
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カフェ&バー『オルニーナ』《1》


 ――翌日、早朝。


「王国第三騎士団の者だ。罪人を探している。このような仮面を着けた者に見覚えは?」


「…………」


 手配書を見せる騎士の男――騎士団長を、宿の主人は最初興味無さげに見るだけだったが……彼が懐からジャラリと金の入った袋を取り出したことで、一気に態度が変化し、媚びるような笑みを浮かべて口を開く。


「へぇ、今泊まっていますよ。その仮面の怪しい奴と、もう一人男が。部屋は203号室です」


「男……生き残りの護衛達が言っていた、正体不明の侵入者か。――おい、当たりだ」


 騎士団長がクイと顎で指示を出すと、外に控えていた騎士団の他の者達が、静かに、しかし足早に宿の内部へと入り込み、宿の階段を昇って行く。


「ちょ、ちょっと、中のものは壊さないでくだせぇよ!?」


「善処はしよう」


 そして彼らは、練度の高さが窺える素早い動きで、宿の主人が示した部屋の前に辿り着くと、腰の剣を抜き放ち――。


「――行けッ!!」


 騎士団長の合図に合わせ、彼らは扉を蹴破り、一気に室内へとなだれ込んだ。


「……いない?」


 ――だが、中には誰もいない。


 そんなに広くない室内に、二つ置かれたベッドは空。

 壁に一つ設置された窓は開け放たれており、ビュウ、と入り込んだ風が申し訳程度に付けられたカーテンを揺らしている。


 部屋の中に入り込んだ騎士団長は、窓枠に手を置き、外の様子を確認する。

 窓の外は宿の裏手になっており、薄暗い道が左右に続いている。


「チッ、勘付かれたか。――ツーマンセルに分かれて左右の道を捜索しろ。急げ、逃げられるぞ!」


 ――そして、騎士達がその部屋からいなくなったタイミングで、ずっと(・・・)室内にいた(・・・・・)俺は口を開いた。


「よし、行ったな」


「本当に、誰も気付かない……監獄から出る時も思いましたが、マスターの隠密の術は凄まじいですね。流石です」


「おう、透明人間になるのは任せろ。――それにしても、ったく……言われるがまま口止め料まで払ったってのによ。簡単にバラしやがったな、ここの宿のおっさん」


 それを払ったせいで、持っていた金の半分が無くなったってのに。

 正直、ベッドの寝心地も全然良くなかったので、あまり休めもしなかったし。

 

 昨日はもう、このままだと野宿になる、という時間になっていたので、とりあえず近場のあまり目立たないところにあったこの宿に入りはしたが、今後二度と来ることはないだろう。


「殺しますか?」


「殺しません」


 物騒なことを言うセイハに苦笑を溢し、他の宿泊客達がいったい何事だと騒ぎ始めた宿の中から、俺達は『ハイド』『付与:ハイド』で姿を消したまま立ち去り、出てすぐの往来を進む。


「この様子じゃあ、どこに行っても同じ結果になりそうだな」


「仕方ありません、結局、私達は罪人ですから。仲間でもなければ、早々庇うようなことはしないでしょう」


 そういうことだ。


 彼女の言う通り、結局のところ俺達は犯罪者で、騎士団は国の者。

 どちらを優先するのかと言えば、まず間違いなく後者だろう。


 宿の主人からすれば、俺達から金を得られ、騎士からも得られ、ちょっとしたボーナスに万歳、といったところか。


 ――ま、ちょっとムカついたので、宿を出るちょっと前に、こっそり金は返していただいたんだがな!


 ちゃんと一泊した分の金だけは残してきたので、犯罪でも何でもない。

 思い切り部屋の扉を蹴破られて壊されていたし、騎士団から貰った金もそれの修理で消えるのではないだろうか。


 フフフ、馬鹿め。俺達からの金だけで満足すればよかったものを。


「それで……まだ聞いてなかったが、セイハの心当たりってのは?」


「はい、以前仕事で少し、関わったことがありまして。その筋の者には有名な、『代行人』と呼ばれる裏ギルド(・・・・)です」


 ……裏ギルド、ね。

 あまり良い響きではないが、身を隠すにはやはり、そういうところの方が最適か。


 まあ、それに、セイハの言う場所だ。

 信用して、大人しく付いて行くとしよう。


 

   *   *   *



 騎士団が俺達の宿泊していた宿に現れたことから大体予想は付いていたが、監獄闘技場での騒ぎは、すでに国中に知れ渡っているようだ。


 あっちの制圧はもう終わったのか、昨日よりも多くの衛兵や騎士らしい者達が往来に見受けられ、道行く人々の会話に耳を傾けると、皆しきりにその騒ぎの話をしている。


 どうも、彼らの話題に挙がっているのは、我がペット(・・・・・)のことが一番のようだ。


 囚人の話題も挙がることには挙がっているようだが、被害的には我がペットのベヒーモスが出したものが最も酷かったらしく、しかも好き勝手に闘技場で暴れた後は俺の指示通り一目散に逃げ出し、そのまま逃げられて討伐に失敗したということで、その対応の悪さに何をやっているんだ、ということで話題になっているらしい。


 ……アイツ、もしかして人間に恨みでも持っていたのだろうか。

 俺は『テキトーに暴れろ』としか指示していないので、そのテキトー具合は奴の物差しに任せた訳だが……まあ、あそこの被害がデカいということは嬉しい知らせなので、是非とも喜びたいところである。


 無事に逃げられたんだったら、それでいい。

 いつかまた、再会したいものだ。


 そうして、街中の兵士達をやり過ごしながら往来を進んでいると、隣のセイハがふと口を開く。


「マスター、その、一つ気になっていたのですが……以前は何をされていらしたのか、お聞きしても?」


 以前とは……監獄闘技場に来る前のことか。


 俺は、少し言葉を考えてから、口を開く。


「覚えてないんだ」


「え?」


「覚えてないんだ、監獄闘技場以前のことは。気が付いた時には俺はあそこにいて、囚人として扱われていた」


「…………」


「だから今後、何故俺があそこにいたのか、ってのも探っていきたいと考えてる。付いて来てくれるか?」


 何故俺が、この世界にやって来たのか、という理由を。

 ただ、今は日々をどうするかってことの方が重要だから、しばらくは後回しだがな。

 

「……はい、どこまでも。あなたを離れません。元より、そういう雇用条件ですので」

 

「ハハ、そうだったな。けどまだ、報酬の話をしてないし、このままだと支払いが溜まる一方でちょっと恐ろしいところだ」


「えぇ、このままそこの話は先延ばしにして、マスターの良心を少しずつ苛み、罪悪感から少しでも長くお傍に置いていただこうかと」


「な、なかなか恐ろしいことを考えてるな、お前……」


 そんな冗談を言い合いながら歩くこと、数十分程。


 やがて、彼女の案内で辿り着いたのは――これは、カフェ、か……?

 いや、感じからすると、バーの方が近いか。


 とにかく、そういう小綺麗な飲食店という感じで、まるで周囲の景色に溶け込むかのようにしてひっそりと店が立っている。

 外から見る限りは、まだ時間が早いからかもしれないが、店内に客は一人もいなさそうだ。


 裏ギルド感は、全くこれっぽっちも感じられない。


 カランとドア鈴を鳴らし、中に入るセイハに続いて俺も店に入ると――カウンターの向こうに立つ、オールバックの白髪の老人が一人。


 いや、その顔には確かに生きた年月を感じさせるシワが刻まれているが、しかし背筋はピンと伸びており、毅然とした立ち姿からは今なお溢れるばかりの若々しさを感じさせる。


 カジュアルだがフォーマルなワイシャツを着こなしており、ダンディな老紳士、という言葉がピッタリ来るだろう。


「おや、これは……珍しい者がいらっしゃいましたね」


 そして、老紳士は俺達を見て、少し驚いた様子で目を丸くする。


「ジゲル様。突然申し訳ありません、少し、お力を貸していただきたく……」


 どうやら、互いに知り合いであるようだ。

 

 セイハは彼に小さく頭を下げ、対して彼はまじまじと仮面の少女のことを見詰める。


「ふむ……貴方は以前と比べ、随分と変わられたようですな」


「それは……」


 老紳士の言葉に、思わずといった様子で、チラリとこちらに視線を送るセイハ。


「……なる程、そちらの御仁の影響ですか」


 セイハの視線に釣られ、老執事は少しの間俺を見定めるように見据え――それからニコッと笑みを口元に携えた。


「失礼。私はこの店、『オルニーナ』を営んでいるジゲルと申します。貴方のお名前をお聞きしても?」


「あぁ、どうも、ユウです。俺はセイハの、ええっと……同僚、みたいなものです」


「いえ、同僚ではなくマスターです」


「え、あ、うん……そうね、マスターね」


 自分はセイハの何と言うべきかと少し悩んでから、同僚と言うも、彼女は間髪入れずにそう訂正してくる。


 そんなに気に入っているのか、『マスター』っていうの。

 別にいいんだけどさ……。


 その俺達の様子を見て、老紳士――ジゲルは笑い声を溢す。


「フフフ、仲がよろしいようで何よりです。――わかりました。とりあえず、替えの服を用意しますのでお着替えなさい。その恰好ではのんびりするのも難しい。話はそれからするとしましょう」


「ありがとうございます」


 礼を言って頭を下げるセイハの横で、俺もまた頭を下げた。


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