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断罪の暗殺者  作者: 流優
監獄闘技場
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闘技場


「ハァ、ハァ……!」


 空間を占めるのは、怒声にも聞こえる観客達の熱狂の声。


 数人の雑魚の噛ませ犬――つまり俺達が剣を持って対峙しているのは、ガタイの良い一人の半裸の大男。


 異世界の住人らしく人間ではないようで、ライオンを思わせる猛獣の頭部を持っており、服を着ていない上半身は、「筋肉至上主義!」とでも主張するかのような筋肉の盛り上がり具合だ。


 恐らくは、獣人族とか、そういうヤツだろう。


 その大男は怪獣染みた暴れっぷりを見せ、拳に付けたメリケンサックで盛大に整形手術を行っている。相手の顔面を殴り飛ばして、頭蓋骨の形を変形させる整形手術である。


 ちょっと前に少しだけ会話を交わした小男も、戦闘開始早々ぶっ飛ばされ、今も地面でお昼寝している。


 今は、俺を含めて残った三人が、ヤツを相手に逃げ回っている状況だ。

 

 頭上の観客席からは、やれ「逃げんな!!」とか、やれ「戦え、腰抜け!!」とか聞こえて来るが、馬鹿言うんじゃねぇと怒鳴り返してやりたいところである。


 自分のことをイケメンだと思ったことは前世の人生で一度もなかったが、かと言って整形手術をしたいと思う程絶望もしていないのだ。


「――って、危ね!?」


 突如目の前に人間がぶっ飛んで来たため、転がるようにして慌てて回避。


 受け手がいなかった名も知らぬ彼は、そのまま闘技場の壁にぶつかり、ズリズリともたれかかるようにして地面へ倒れ、そして動かなくなった。

 

「後は、お前さんだけだな」


 その声に前を向き直ると、野獣のような獰猛な笑みを浮かべ、ガツンと両の拳を打ち合わせるライオン男。


 ――いつの間にか、闘技場に立っているのは、あの猛獣男を除いて俺だけになっていた。


 ……こんなことなら、他のヤツらと協力して、一矢報いる方法を探るべきだったか?


 いや、どっちにしろコイツ相手じゃあ、生半可な連携に意味はないか。


「……クソッタレめ」


 俺は、引き攣り気味の表情で、刃引きのされた剣を中段に構える。


「ほう、ようやくやる気になったか、玉無し野郎」


「……一方的にやられるだけってのは、性に合わないんだ」


「ガッハッハッ、なら、せいぜい気張ることだッ!!」


 その言葉尻と共に繰り出される、まるで戦車のような突撃。

 一気に距離を詰められ、ライオン男は俺が全く反応出来ない内に拳を振り被り――。


 ――右上段からの、振り下ろし。


 ほぼ、無意識。

 剣を、顔の右前に持って来る。


 予想通り、ライオン男は右上段から拳を振り下ろし、俺が掲げた剣と激突する。


 重い、非常に重い衝撃。

 手が痺れ、剣を落としそうになるのを、グッと握った手に力を込めて堪える。


「へぇ!! 今のを受けるかよ!!」


 若干驚いた表情で、ニヤリと笑みを浮かべるライオン男に――俺もまた(・・・・)驚いた表情を(・・・・・・)浮かべる(・・・・)


 防御出来た。

 攻撃が、よく見えた。


 ただ、顔に迫るものがあったから、それを防御しようと身体が勝手に動いただけだったが……それでも、コイツの攻撃を一撃受けることが出来た。


「楽しくなって来たな!! 次だ、次!!」


「ちっとも楽しくねぇよこっちは!!」


 ――顔面への左アッパー。


 ――下段への狩り足。


 上半身を仰け反らせてアッパーを回避した後、その場をジャンプして足払いを避ける。


「フゥ、フゥ……!」


 荒く、呼吸を繰り返す。

 真っすぐ、ただ前だけを見据える。


 やはり、見える。 

 身体も、動く。


 別に、運動が得意って訳でもなかったんだが……おかげで、整形手術は未だ行わずに済んでいる。


 ……こんだけ身体がよく動くってことは、やっぱりここ、ゲームの中か?


 いや、それはありえない。

 ゲームの中では、こんな息苦しさなど、こんな熱気(・・)など、感じる訳がない。


 ならば、危機に陥ったことで俺の秘められし力でも覚醒したか、もしくは異世界に来たことで俺の身体に何らかの能力でも備わったか。


 それだったら嬉しいね、どんな力をゲット出来たのか、是非とも確認したいところ――。


「ッ――!!」 


 俺の知覚を超えた速度で、真っ直ぐ飛んでくる拳。


 ギリギリ、本当にギリギリのところで合間に剣を挟み込むことに成功するも、ライオン男の正拳突きが剣を真ん中から()し折り、そのまま俺の胴体を捉える。


「ギィッ――!!」


 言葉にならない重く鈍い痛み。

 

 衝撃に吹き飛ばされ、無様に数度闘技場の床を転がって、ようやく俺の身体は停止した。


「――カハッ、ハァッ……!!」


 少しでも気を抜けば、飛んで行きそうになる意識。

 視界が、滲み出た涙で霞む。


 出来ることなら、このまま気絶してしまいたいところだったが……俺はなけなしの意思を振り絞って意識を引き留めると、止まっていた呼吸を無理やり再開して肺に酸素を送り込み、即座にその場からグルグルと転がって逃げる。


 何故ならば、ライオン男がこちらに突進して来ている様子が視界に映ったからだ。

 

「ガッハッハ!! まだまだ物足んねぇぞォォッッ!!」


 野生の本能でも呼び覚ましてしまったのだろうか。

 何が楽しいのか知らんが、とてもいい笑顔で突っ込んで来るヤツの、全体重を乗せたスタンピングを避け、両腕を突いて跳ねるように立ち上がると、後ろに大きく下がってライオン男から間合いを取る。


 ……折られた剣は、起き上がる前に捨てたのだが、これで俺は武器無しか。


 この猛獣野郎と拳でガチンコファイトを繰り広げるバカな真似は心の底からゴメンなので、どうにか闘技場の床で転がっている武器の一つを頂戴したいところだが……。


 と、そんなことを考えていると、俺の元にヒョイと投げ渡される剣。


 投げてきた相手は――その猛獣野郎自身だった。


「いいぜ、お前さんよぉ! 俺を相手に、そんな長時間立っていられた奴も久しぶりだ! もっと俺を、イキり立たせてくれよッ!!」


 ……まだまだ、自分と戦えってことか。


「悪いが、俺にそっちの趣味はないんだ」


 そう吐き捨て、足元に転がる剣を握り、再び構えを取る。


 完全に舐められているが……ステゴロをするよりは、よっぽどマシだな。

 是非ともヤツの油断を、有効活用させてもらうとしよう。


 ――状況を確認しよう。


 何故か今日の俺は、とんでもなく冴えている。


 一発は食らってしまって、未だ重い痛みが身体に残っているが、前世の俺のままだったらいっちゃん最初の攻撃で避けられずにダウンだ。


 そんな、自分でもビックリするくらい動けている理由は、今はどうでもいい。

 ただ、劇的に運が良かっただけっていうのでも、この際構わない。


 必要なのは、あの猛獣野郎の動きがよく見えて、身体がよく言うことを聞いてくれている、という事実ただ一つ。


 俺が考える理想の動きを、理想のままに実現出来ている、といった感じだ。


「そうかい!! そりゃあ残念、だッッ!!」


 と、俺が思考を続ける間にも、ライオン男は再度突撃を開始する。


 ――コイツはどうも、正面からの攻防を好むようだ。


 数度の打ち合いで、そのことを理解する。


 正面から打ち込み、圧倒的な力で以て、相手を蹂躙する。

 恐らく、自身の持つ肉体に絶対の自信があるからこその戦闘スタイルなのだろう。


 対して俺は、戦闘スタイルなぞ毛程もないような素人丸出しの動きで、ただ無様に逃げ回っているだけではあるが、しかしコイツよりも動きの速さは上と考えていいだろう。


 とは言っても、俺が優れているものなどそれくらいで、コイツのこの猛攻を掻い潜っての反撃など、全く出来る気がしないのだが――ボコボコにされたくない以上、やるしかない、か。


 そう、訳も分からない内に大怪我を負わせられるような、理不尽な目はまっぴらゴメンだ。


 ならば、やられるがままはダメだ。

 考え、そして、コイツを倒すために動かなければならない。


 死にたくなければ、ヤツから目を逸らすな。

 一秒一秒に、神経を集中させろ。


 今の俺ならば、それが出来るはずだ。


 ……よし。


 俺は、一つ思い付いた手を試すため、ライオン男の攻撃を(つぶさ)に観察し始める。


「オルァッ!!」


「フッ!」


 しっかりと見て、木の幹のようなぶっとい脚から繰り出される、空を切るような回し蹴りを屈んで回避し、ヤツの脚が頭上を通り過ぎざまに剣を振るう。


 その攻撃自体は当たったのだが、しかし猛獣男は全く気にした様子もなく脚を振り抜くと、今度は右手の拳を俺の脳天目掛け振り下ろす。


 俺は後ろに跳んで回避し――バゴ、と、空振ったヤツの拳が闘技場の床を砕く。


 ……あんなの食らったら、整形手術どころか頭蓋骨が粉々になるな。


 ここまでの戦闘から察するに、この猛獣野郎は恐らく右利きだ。


 両腕から打撃を繰り出してはいるが、右腕での攻撃の方が手数が多く、そして威力が乗っている。

 となるとコイツは、決めの攻撃は右腕で放ってくるだろう。


 狙うは、そこだ。


 決めの攻撃には、必ず隙が生じる。

 力を込めれば、込めた分だけ身体が硬直するからだ。


 ならば、コイツの右腕での攻撃を誘導するためには――。


 そうして必死に思考を巡らしている間に、だんだんと観客の声援が遠くなっていき、自身の感覚が鋭敏になっていく。


 血が、熱くなる。


 すでに俺は、ヤツ以外のものは何も見えなくなっていた。


 蹴りに、突きに、タックル。

 振り下ろしに、エルボーに、スタンピング。


 激しい攻撃で、まともに食らえば大ダメージは必至だが――お前の動きは、大体覚えたぞ。


 俺は、人読みが得意だった。

 ゲームで培った技術ではあるが、技術は技術だ。


 ――そして俺は、ヤツを倒すべく、反撃を開始する。

 

 俺の膝をバキバキに折らんと繰り出されるローキックを、一歩後ろに跳んで回避。

 ライオン男は、俺が回避地点に着地すると同時、速度の速い左ジャブをこちらの顔面目掛け放つ。


 それを俺は、若干慌てたように、ヤツの右手側へと避け――。


「フンッ!!」


 放たれる、右の、威力の乗ったストレート。


 ――掛かった!


 そのストレートが来ると予想していた俺は、ただ半歩だけ身体をずらして攻撃を回避。


 頭部のすぐ隣を、岩のような拳が風を切って突き進む。


 俺はそのまま流れる動作で前へと一歩踏み込みむと、ヤツの水月目掛け、刃引きのされた剣で思い切り突きを放つ。


 反撃のことは一切考えず、ほぼ捨て身で放ったその攻撃は、ジャストヒット。


 獣人と言えど人体の急所は人間と同じようで、ライオン男の口から呻き声が漏れる。


 腹部に強烈な攻撃を食らったがために、ヤツは反射的な動きで身体をくの字に曲げ――前に突き出たその顎を、剣で殴り抜く。

 

 腕に伝わる、痺れるような衝撃。


 剣が折れ、中間から先が吹き飛び、クルクルと回って地に落ちる。

 

 一連の俺の攻撃をモロに食らったライオン男は、少しの間よろめいてから、がくりと膝を突き、ニヤリと笑ってこちらを見ると――。


「やる、じゃないか……!」



 ――地面へと崩れ落ち、全く動かなくなった。



『ウオオオオオオ――!!』


 喝采で満たされる闘技場の中、俺は、歓声に答えるでもなく、勝利を噛み締めるでもなく、ただライオン男の前で荒く呼吸を繰り返していた。


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