道《3》
「オラァッ!! 死に晒せッ!!」
「ハッハーッ!! くたばれボケども!!」
「貴様らッ、こんなことをして後でどうなるかわかっているんだろうなッ!! ――押し返せッ!! 容赦するなッ!!」
暴れる囚人達に、隊列を組んで対処している看守達。
囚人もモップやら食器トレイやら、その場にあるものを武器にしているようだが、優勢なのはやはりちゃんとした武装をしている看守達のようだ。
着実に制圧を進め、囚人達を盾で押し込み、警棒でタコ殴りにしている。
それでも、囚人どもは暴れるのをやめようとしない。
娯楽の少ない奴らにとってこの騒ぎは、割とマジでお祭りのようなものなのだろう。
「……本当に、誰もこっちに気付かねぇのな」
そんなカオスの中をすり抜けて先へ進んでいると、何だか呆れた様子でゴブロが呟く。
「まあな。けど、気を付けろよ。俺がお前に掛けた姿を消す魔法は、足音なんかは消えないし、誰かに接触したりすると効果が切れる。前者の方はこの騒ぎだから別に気にしなくていいだろうが、後者の方は、自分は姿を隠しているつもりで、けど相手からは見え見えっていうマヌケをやることもある」
私です。
ゲーム時代は、足音遮断のブーツを装備して『ハイド』で敵プレイヤーの後ろに回り込み、暗殺者ごっこを楽しんでいたのだが……。
ある時、知らない間に誰かと接触していたらしく、いつの間にかスキルが解けていて、にもかかわらず忍び寄ろうとしたものだから、相手に「うん……?」という顔をされながらぶっ殺されたことがある。
あの時は、リスポーンしながら盛大に笑ったものだ。
……あぁ、なんか、泣けてきた。
何が悲しくて俺は、こんな異世界で『脱獄☆大作戦』をやってるんだろうな。
そう、世知辛い世界に悲しみを覚えていると、ゴブロが俺に向かって口を開いた。
「その……悪かったな」
「あん? 何がだ?」
怪訝に聞き返すと、小男はバツが悪そうな様子で言葉を続ける。
「今日の試合で、『ベヒーモス』とやらされるって情報を、くれてやれなかったことだ。どうも、今朝方急に組まれたみてぇでな。俺が知った時にゃあ、もうお前は控室だった」
ベヒーモス……我がペットになったあの魔物の名前か。
「それは別に、お前が謝ることじゃないだろ。ただ運が悪かったってだけで」
いや、まあ、俺にとっては運が良かった出来事なのだが。
ここんところはずっと、今日この日を待っていたくらいだし。
だが、ゴブロは、首を横に振る。
「俺は、情報屋だ。にもかかわらず、肝心な時に重要な情報を――それも、生死が掛かったような情報を渡せねぇのは、クソだ。俺にとっちゃあ、恥ずべき案件だ」
……ゴブロなりの、信念、ということか。
何か譲れないものが、コイツの中にはあるのだろう。
「それに……俺はテメーを情報を集めるための隠れ蓑に使ってたからな。その埋め合わせ分として、テメーに危険が及ぶような情報を流してたんだ。だから、今回の情報を渡せなかったってことは、テメーから得られている俺の利益に、テメーの利益が釣り合ってねぇ」
「えっ、初耳なんだが」
「そりゃあ、言ってなかったからよ」
肩を竦め、そう言うゴブロ。
あっけらかんとした様子で、だが正直にそう明かす小男に、俺は苦笑を溢す。
「……そうか。それなら一つ、貸しってことにしといてもらおうかな。いや、これで貸し二つか。その内、飯でも奢ってもらおう。二回くらい」
セイハが女性だって情報を教えた時に一つ貸しがあったはずだ。
と言っても、今回のは別に、俺は貸しだとは思っていないのだが。
「……ケッケッ、あぁ、いいぜ。俺が知っている美味い飯屋を、紹介してやる。情報屋が進める飯屋だ、きっとテメー、美味過ぎて腰を抜かすぜ?」
「そりゃあ期待出来るな。是非とも楽しみにさせてもらおう」
いいね、異世界料理か。
脱獄後の楽しみだな。
――と、そんな話をしながら、監獄の中を進むこと数分。
俺達が辿り着いたのは、一つの牢。
俺がぶち込まれていた牢の隣である。
「ガアア……ググゥ……」
「おーい、おっさん! 起きろ!」
『解錠』スキルを発動して牢の鍵を開け、中に入った俺は、この騒ぎを全く気にした様子もなく豪快にいびきを掻いて眠っているライオン男――ラムドの肩を揺する。
「ググゥ……グラァ……」
「怪獣みたいないびき掻いてないで、起きろって!」
ぺしぺしとその頬を叩くと、ようやく目が覚めたようで、数度瞬いてから緩慢な動きで俺を見る。
「んお……何だ、ユウか。お前さん、何でここにいるんだ?」
くあ、と大きな欠伸をしながら、そう言うラムド。
「おう。俺、脱獄することにした。おっさんも来るかと思って一応声を掛けに来たんだが、どうする?」
「ほう、脱獄! いい響きだ――って、随分と騒がしいな。今日何か行事でもあったか……?」
「……おっさん、やっぱりまだ寝惚けてんだろ。今、外、暴動発生中。この機会に、脱獄予定。おっさんも来るか?」
「おー、わかったわかった、楽しそうだな。それなら俺も行こう」
本当にわかっているのかどうか微妙に不安になる返事をしながら、ラムドはグッと大きく伸びをし、やっとそこで頭が働き出したようで、先程までよりも明瞭な口調で言う。
「で、脱獄か。なら、差し詰め俺は戦闘要員か? いいぜ、戦いなら大好物だ。いつでも拳を振るってやる」
「いや、張り切っているところ悪いが、戦う予定はない。この騒ぎを利用してコソコソ行くつもりだ。万が一の時はやることになるかもしれんが、基本的には戦闘は避けるぞ」
その万が一の時のことを考えて、このおっさんを誘ったことは確かだが、おっさん、暴れ方がすんごい派手だからなぁ。
滅多なことがない限り大丈夫だろうとは思うが、出来れば今回は、最後まで隠密で行きたいところである。
「あん? そうか、残念だ。アホどもに日頃の感謝をするいい機会だと思ったのによ」
俺の言葉に、本当に至極残念そうな表情を浮かべるラムド。
……どんだけ戦闘好きなんだ、このおっさんは。
「ケッケッ、なるほど、ラムドか。面識があったとは知らなかったが、確かに助っ人としちゃあ、ここじゃあ最上級の部類だな」
「おぉ? 何だ、情報屋じゃねぇか。お前さんもいるんだったら、脱獄もそう難しくなさそうだな」
と、意外なことに顔見知りだったらしく、そう会話を交わす二人。
ゴブロは自分が情報屋だということを少人数にしか言っていないそうなので、ラムドがそのことを知っていたということは……ゴブロは、このおっさんのことを有益な存在だと判断しているのだろう。
「知り合いだったのか?」
「あぁ。何度か取引をしたことがあってな。情報屋の持つ情報は信用出来るからよ」
「ケッケッ、御贔屓にどうも」
「そうか、それなら話は早い。んじゃ、ゴブロはナビゲート、おっさんは万が一があった時の戦闘員。俺は色々。これで脱獄するぞ」
「色々って何だ?」
「色々は色々だ」
「あぁ、色々は色々だな……」
怪訝そうにするラムドに、俺は肩を竦め、ゴブロは微妙に遠い目をする。
その俺達の返答に、ラムドは「んんん?」と怪訝さをさらに深くさせて首を捻り、俺は彼の様子に声をあげて笑い、言葉を続ける。
「付いてくりゃあ、わかるさ。――ゴブロ、最も外に近い通路はこっちか?」
「あぁ、そうだ」
「オーケー。このクソ監獄とおさらばしよう」
* * *
「む……見張りか」
看守の見張りが、二名。
抜き身の剣を手に、扉を背にした状態で警戒している。
この通路は、いつもならば扉に鍵が掛かっているだけで見張りはいないのだそうだが、流石に非常事態だから固めたか。
鍵が掛かっているといっても、時間を掛ければ破壊出来ないこともないだろうしな。
「ゴブロ、迂回路は?」
「あるにはあるが、ここから戻るとなるとちょいと遠いし、そっちに見張りがいねぇって保障もねぇぞ」
俺の質問に、裂いたシーツで顔を隠したゴブロが、そう答える。
ちなみに、俺もラムドも同じように顔を隠している。
俺は『ハイド』、二人は『付与:ハイド』で姿を隠しているので、大丈夫だとは思うが、念のためだ。
「それもそうか……なら、彼らには――」
「むん!」
と、俺の言葉途中で、一人ずんずんと先に進んだラムドが、見張り二人のヘルムを片手ずつでガッシと掴み、ガキンと思い切り打ち合わせる。
「ガッ――」
「ウッ――」
ラムドの姿が見えていなかった見張り二名は、突然の攻撃になす術もなく気絶し、扉にもたれかかるようにしてズルズルと地面に崩れ落ちた。
「おう、見張り、いなくなったみたいだぜ」
「……そうらしいな」
見張りの着けてたヘルム、割れてんだけど……アレが無かったらコイツら、頭蓋骨かち割れてたんじゃないだろうか。
若干引き攣った笑みを浮かべてから俺は、倒れた看守達の装備を物色すると、短剣の一本を頂戴し、長剣の方はゴブロに渡す。
我がペットと戦っていた時に使っていた短剣は、至る所が欠けてボロボロになってしまったので、代わりのものが欲しかったのだ。
「ほれ、ゴブロ。おっさんも、剣はいるか?」
「いや、いらん。人間の武器は柔くて使えん。それに俺は拳闘士だからな、拳があればそれで事足りる」
あー、確かに、おっさんが力を入れた瞬間刀身の方がボキリと逝ってしまいそうだな。
ナックルダスターとかあればいいんだけど、流石に看守はナックルダスターなんか装備しないだろうし、悪いが今は武器無しでいてもらうとしよう。
「それよりユウ、もう一本短剣が残っているが、貰わんのか? お前さん、短剣二刀流のスタイルなんだろ?」
「あぁ、いや、確かに試合だと短剣二刀流だったけどな。本来は違うんだ」
そう言って俺は、後ろ腰に隠し持っていたソレ――以前に造った、拳銃『デリンジャー』を取り出す。
「それは……銃、か。最近の戦争じゃあよく見るが、本当に使えんのか、それ? 命中率もゴミだろう? 『魔法銃』ならわからんが、お前さんのソレからは魔力も感じんぞ」
懐疑的な視線を向けてくるラムド。
魔法銃……?
こっちの世界には、そんな銃があるのか。
火や水の弾丸を放ったり、もしくはこっちの世界の住人が等しく持っているという、『魔力』をそのまま込めて撃ったりするのだろうか。
やべぇ、すげー見てみたい。
脱獄した後が、楽しみになってきたな……。
「ま、見てろって。確かにコイツは豆鉄砲みたいなもんではあるが、全ては戦い方次第だ」
そう話しながら、『解錠』スキルを発動してカチャリと鍵を外した俺は、看守達が守っていた扉を開く。
「……姿隠しの魔法を掛けられた時も思ったが……ユウ、お前さん、結構無茶苦茶だな」
「ケッケッ、それには俺も同感だ」
「俺からしたら、アンタら二人も大概だと思うけどな」
ラムドは単純にアホ程強いし、ゴブロは怖いくらい色々知っているし。
我ながら、なかなか反則をしているとは思っているが、俺からするとコイツらはコイツらでメチャクチャだと思うのだ。
「――と、待て、おかわりが来る。一旦扉を潜って、その先でやり過ごすぞ」
脱獄に動き出してから、何度か使用している『索敵』スキルが、敵の接近を伝えている。
これは、一度発動すると、俺を中心にして一定範囲内の敵の姿を赤いシルエットで視界に表示するもので、たとえそれが壁越しであろうと確認することが出来る。
イメージとしては、サーモグラフィーが近いだろうか。
ただ、数十秒程で効果が消えてしまい、それなりにMPを消費するというデメリットがある。
あんまり連発し過ぎるとすぐにMP枯渇に陥ってしまうため、MP残量を気にしながら発動する必要がある。
要所要所で使用するのがいいだろう。
「……見てもねぇのに、何でそれがわかるのか甚だ疑問だが、テメーがそう言うならそうなんだろうな。ユウ、どこかでビックリ人間コンテストがあったら、出場してみるといいぜ。多分、テメーがぶっちぎりで優勝するだろうよ」
「ガッハッハッ、間違いねぇな!!」
真顔でそんなことを言うゴブロと、大笑いするラムドに対し、俺は心外だという心境を表すべくこれ見よがしに肩を竦めた。




