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断罪の暗殺者  作者: 流優
監獄闘技場
16/83

説得《3》


  

「なるほど……ああして、口止めをするのですね。見事でした」


 セイハと共に廊下を歩いていると、少し感心した様子で、そう言う仮面の少女。


 ……拷問紛いの脅迫を見事と言われると、ちょっと複雑なものがあるな。


「あれだけ脅しておけば、滅多なことはしないだろうしな。あと、あー……大分、サイコパスなことをしていたけど、あんまり嫌いにならないでいてくれると、嬉しいかなーって」


 大分引かれることをしていた自覚があるので、微妙に苦笑いを浮かべながらそう言うも、しかし彼女はきょとんとした様子で、不思議そうに首を傾げる。


「? いえ、別になりませんが。浅はかな愚か者には、良い塩梅でしょう」


「あ、そ、そう? なら良かった」


 割と辛辣なことを言うセイハに、俺は「ハハ……」と曖昧な笑いを溢す。


 この子も、この監獄の住人でしたね。

 あれくらいは別に、引くようなことでもないのかもしれない。


「そうだ、もう一度ちゃんとお礼を言っておこう。ありがとうな、セイハ。心配してくれて、嬉しかったぞ」


「いえ……結局、余計なお世話だった訳ですから」


「それでも、さ。このクソ監獄で誰かに思いやられたことなんてなかったから、ちょっと泣きそうになったぞ」


 いつもの小男とは仲良くやってはいるが、あれはお互い商売関係だって割り切ってるからなぁ。

 人の優しさとは、いいもんだ。


「そう、ですか……あなたは、優しいのですね」


「え? い、いや、俺じゃなくて、セイハが優しいって話なんだが――と、巡回の看守だ。二分後にこっちに来る」


「こちらに、掃除用具入れの小部屋がありますので、そこでやり過ごしましょう」


「了解」


 一応俺のみならず彼女の身を隠すことの出来るスキルもあるのだが……それを言う前にセイハが提案してくれたので、大人しく彼女の言葉に従うことにする。


「……それにしても、すごいですね。この距離で、気配を感じ取りますか」


「色々、俺は小技を持っていてな」


 ――巡回の看守に気付いたのは、セイハが言うように気配を感じ取った、とかそういうのではなく、勿論スキルの効果である。


 現在使用しているのは、『隷属』スキル。


 人以外の生物に発動可能で、レベル差や相手の弱り具合により一定確率で配下にすることが出来る、というものだ。

 配下にすると、個々人で設定した隷属の証の紋様が胸元か手の甲かに浮かび上がり、それでスキルが成功したか失敗したかを知ることが出来る。

 

 ちなみに俺は、隷属に成功すると風のような紋様が手の甲に浮かび上がるように設定してある。


 今回コイツを使って隷属したのは、蜘蛛。 

 途中、数匹を見つけたので、配下にして索敵を行わせていたのだ。


 一つビックリしたのは、このスキルがゲーム時代と比べ、全く仕様が(・・・・・)変わっていた(・・・・・・)ことだ。


 ゲームの頃は、配下となったMobに対し決められた一定のセリフで操作するか、コマンド入力で操作するかだったのだが、「右前脚を挙げろ」や「クルクル回れ」など、ゲームの頃には無かった操作も言葉で出来るようになっていたのだ。

 と言っても、「三十センチ右に移動後、四回ジャンプ」や「運動場へ行け」のような、複雑な命令や特定のワードが含まれる命令は理解出来なかったらしく、不思議そうにこちらを見返してきた。


 蜘蛛なのだが、その動作がちょっと可愛かった。


 多分だが、対象がただのプログラムではなく、命ある生物へと変わったが故の変化なのだろう。

 その生物が、理解出来る範囲の命令しか出来ないのだ。


 このスキルは、色々検証する必要があるだろう。


 現在出している命令は、「人間が通ったら合図を」というものである。

 

「こちらです」


 そうして俺達は、兵士をやり過ごすために少し急いで近くの掃除用具入れの小部屋に入り――と、狭いところに二人で入ったがために、セイハの仮面が掃除用具の一つに引っ掛かり、外れて落ちる。


「あ、落としたぞ」

  

 俺は、彼女の仮面を拾い上げ――。




 ――月のように輝く、透き通るような美しい銀色の髪。




 肩程までの長さをした髪から覗く双眸(そうぼう)は吸い込まれてしまいそうに大きく、宝石のルビーを思わせるとても綺麗な紅色をしており、その下には小ぶりのスッと通った鼻筋と淡い桃色の唇が続く。

 滑らかな小麦色の肌に彼女の全ての色がマッチし、神秘的にすら感じさせる。


 仮面の下に覗いた(かんばせ)は、絶世という言葉がピッタリ来るような、凄絶なまでに美しい少女だった。


「あ、あう、あの、ユ、ユウ様……」


 バカみたいにセイハに見惚れて固まってしまっていた俺は、狼狽した様子の彼女の声にようやくハッと我に返る。


「あ……す、すまん」


 慌てて仮面を返すと、セイハはすぐにそれを装着し、ほっと息を吐き出す。


「…………」


「…………」


 流れる、沈黙。 


 いったい、何を思っているのだろうか。

 セイハは俯き、押し黙っている。


 ……どうしよう、本当に何も言ってくれない。


 もしかして、顔を見られちゃいけないとか、そういう決まりがあるのだろうか。

 俺もう、全然そういう風には見れてないんだけど、この子裏ギルドとかいうところからの出向疑惑のある護衛だしな。 


 マズい、顔を見られたからには死を、とかだったらどうしよう。


 そんなことを考えていた俺だったが――しかし、彼女が口にしたのは、俺が考えていたものとは全く違う言葉だった。


「……怖がらないの、ですか?」


「へ?」


 俯いたままそう言う彼女に、思わず素っ頓狂な声を漏らす俺。


「あなたは……いえ、何でも、ありません」


 セイハは何事かを言い掛け、だがその時、彼女が言葉の続きを話すことはなかった。



   *   *   *



「なぁ、ユウ。テメー、何したんだ?」


「……何って?」


 そう聞き返すと、ゴブロは若干呆れた様子で口を開く。


「何が、じゃねぇよ。例の新人歓迎会の奴ら、すっげぇビクビクしてやがるじゃねぇか。昨日の夕方まで何ともなかったのによ」


「あぁ……まあ、ちょっとお話をね」


「お話って、んな暇なかっただろうが……つか、何だ? 心配ごとでもあるのか?」


 もはや新人歓迎会などには全く興味を示さず、俺が上の空なことに気付いたゴブロが、怪訝そうな様子で問い掛けてくる。


「……なぁ、ゴブロ。褐色とか、銀髪とか、紅眼とかって、この国じゃ恐怖の対象なのか?」


「あ? そりゃあ、魔族の特徴(・・・・・)だからな。テメー、常識知らずだから一応教えておいてやるが、人間は魔族と昔っから戦争しまくりだ。中には毛嫌いするヤツもいる」


 ……なるほど、そういう感じか。

 なら、セイハは魔族だった、ってことか?


「魔族ってどういう奴らなんだ?」


「どうもこうもねぇ、別に人間と変わらねぇ普通のヤツらだ。ただ、角と尻尾、種族によっては翼を持っていて、個体の力が人間より強い。獣人族にも角と尻尾を持っているヤツはいるが、ソイツらは獣の特徴も同時に持っているから、見分けはすぐにつく。……ま、戦争する理由ってのには、その些細な差だけで十分なんだろうよ」


 ケッ、と面白くなさそうに吐き捨てるゴブロ。

 前々から思っていたのだが、結構倫理観がしっかりしている奴だよな、コイツ。


 ……ゴブロの説明からいくと、セイハは魔族じゃないのか。


 となると……彼女は人間であるのにもかかわらず、魔族の特徴を有している、ということになる。


 彼女がこんなクソ監獄で過ごさなくちゃならなくなった理由は、俺に顔を見られて「怖がらないのか」なんて聞いてきた理由は、恐らく、その辺りにあるのだろう。


 …………。


「おい何だ、今度は押し黙って。クソでも我慢してんのか」


「……ゴブロ、ここは本当にどうしようもない場所だな」


「? あぁ、そうだな。そりゃ同感だが」


 ゴブロは、よくわかっていない様子で、頷いた。

 

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