狭間
背後から、ダガーを突き出す。
「がァ……!?」
心臓に刃が届いたのを感じた瞬間、グリ、と捻って致命傷を与え、そしてもう片方の手に握ったダガーで隣にいた別の男の首筋を掻き切る。
血が激しく飛び散り、返り血がローブを汚す。
「ッ、この――」
自分達が襲われていると理解した残り一人が、後ろ腰から武器を引き抜こうとするが、その前に懐に入り込み、顎下にダガーを突き刺す。
――三人の男達は、地面に崩れ落ち、絶命した。
「流石の実力だな。もう始末したのか」
そう話し掛けてくるのは、しわがれた声の男。
自身の、一応の上司である。
すぐにススス、と現れた死体処理班が転がる死体の処理を始めるのを横目に、セイハはビュッと払って両手のダガーの血糊を落とし、ローブの下にしまうと、微妙にトゲのある声色で男に言葉を返す。
「この程度の相手、あなた一人で、どうとでもなったでしょう。何故、わざわざ私を呼んだのですか?」
「そう噛み付くな。俺は俺でやることがあったのだ」
上司の男は、引き摺るようにして片手で掴んでいた、すでに生気を失っている男の死体をセイハに見せる。
「この者達のリーダーだ。ド-グ様の敵対派閥の貴族に雇われたそうだ。暗殺に失敗した以上、近い内にまた別の部隊が送られて来るだろう。警戒しておけ」
「了解しました」
ドーグ――この監獄の所長は、内外に多くの敵がいる。
月に一度はこのような暗殺部隊が送られてくるため、元々は殺しが専門だった自分も、護衛の仕事に慣れてしまったくらいだ。
「それと、仮面。囚人の一人と仲が良いようだが、情報収集要員か?」
男の言葉に、セイハはほんの一瞬だけ動きを止めてから、すぐに口を開く。
「…………はい」
「そうか。わかっているだろうが、あまり近付き過ぎるな。場合によってはその者も殺す必要性も出てくる」
「殺れ、と仰るのならば殺ります。一々忠告は不要です」
冷たく、拒絶するようなセイハの返事に、しわがれた声の男は鼻を鳴らす。
「……フン、ならばいい」
そのまま男は、もう用はないと、まるで闇に溶け込むようにしてその場から消えて行った。
死体処理班も処理を終えていなくなり、一人、取り残されたセイハは、今しがた話に出た青年の姿を脳裏に思い浮かべる。
――少し前の、タッグ戦。
とても、楽しかった。
彼の考えていることがその目線だけでわかり、自身の考えもまた、彼はすぐに理解しこちらのやりやすいように動いてくれていた。
まるで、あの青年と意識が繋がり、思考を一体化させたかのような連係。
昔から、何度も組んで戦ったかのような安心感。
他者と組んだ戦闘で、あれだけ気持ち良く戦えたことなど、生まれて初めてだ。
最初の数分は何やら立ち回りの調整をしていたようで、そう言えば武器を変えたばかりだと言っていたな、と思い彼に付き合って積極的な攻撃には移らなかったが、恐らく彼と共に戦闘開始から本気で戦っていれば、試合時間はさらに半分程になっていたことだろう。
本気で動き出してからのあの青年の動きは、そんなことが容易に予想できるくらい、一挙手一投足全てが無駄のない精緻を極めたものだった。
やはり彼は、とてつもない実力者だったのだ。
「……フフ」
そこまで考え、セイハは笑みを溢す。
思い出すのは、食堂での時のこと。
あの、物欲しそうにこちらの料理を見詰める視線。
あれだけ戦える強者であるにもかかわらず、ステーキを一切れ分けた時の喜びようは子供のようにあどけなく、ただの料理であれだけ喜怒哀楽を見せている様子に、思わず笑ってしまったものだ。
あの時の彼の様子を思い出し、じんわりと胸の奥が温かくなるような感覚を覚える。
不思議だ。
彼とはまだ数える程しか会話を交わしていないというのに、こんなにも感情を揺り動かされるとは。
しかも、囚人という立場の者に、だ。
こんなに感情が揺り動かされたことは、いつぶりだろうか。
いや、もしかすると、初めてのことかもしれない。
少し愉快な気分で、仮面の下に微笑を浮かべ……しかし、ふと真顔に戻る。
――だが、確かに、あまり関わるのは良くないのかもしれない。
結局のところ、彼は囚人であり、自分は監獄側の人間。
同じ穴の狢ではあろうが、それでも正反対の立場である。
そして、大した付き合いでもないこともまた、事実。
仕事柄、彼を『排除』しなければならない可能性もある以上、今の内に関係性は断った方が良いのだ。
セイハは、与えられている自室へと戻る通路を通りながら、フゥ、と深く深く、心を鎮めるように息を吐き出し――その時だった。
ふと、話し声が耳に入る。
「あのユウって野郎、グロファルザ・ファミリーを――我々も参加――」
「あぁ――味方は何人いても――」
聞こえて来たのは、一つ壁向こうの部屋から。
ここは……囚人達の娯楽室だったか。
脳裏に思い浮かべていた彼の名前が出たことで、彼女は足を止める。
「決行は明日――強制労働が終わったら――」
「殺さ――なら、何をしても――」
何を言っているのだろうか。
ボソボソという声しか聞こえてこない。
何か不穏な気配を感じ、彼女はその部屋の方へ聞き耳を立て――。
「――あぁ。殺しちまうと看守どもも仕事をしなきゃならなくなるが、そうじゃなかったら、手足をもごうが、舌を斬り落として二度と生意気な口を聞けねぇようにしてやろうが、俺達の自由だ」
「ほう、それは楽しみだ。是非とも奴には生き地獄を味わわせてやろう」
――セイハは、固まった。




