食堂にて
「よう、今日も勝ったか。お得意さんのご活躍に万歳、だ」
「ん、ゴブロか」
セイハがいなくなり、少し経った頃、どこからともなくやって来たゴブロが俺の対面の椅子に腰を下ろす。
「今日は千客万来だな」
「あん?」
「いや、何でもねぇ。それより、飯でも集りに来たのか? あー、でもちょっと待ってくれ。何を聞こうかまだ考えてない」
いつも飯時になるとコイツがやって来るので、それまでに聞きたいことを考えておくのだが、今日はセイハと話していたからまだ考えていなかった。
「そうかい。それなら、俺の方から一つ。是非とも高値で買って欲しい情報があるんだが、どうだ?」
最初からその気だったのだろう、ニヤリと笑みを浮かべるゴブロに、俺は苦笑と共に答える。
「聞こう」
「どうも、最近勝ちまくって調子に乗っている新人を、ここらで一回シメておこうとしている奴らがいるってぇ話だ」
ゴブロから齎される情報に、俺はピクリと眉を反応させる。
恨まれる心当たりは……それなりにあるなぁ。
「へぇ……ソイツらは、その調子に乗っている新人より強いのか?」
「いいや、どうしようもねぇ雑魚の集まりだ。二人程そこそこ戦える剣闘士がそっちについたが……まあ、テメーの敵じゃねぇだろうな」
もはや言葉を濁さず、『新人』というのが俺だということを露わにして言うゴブロ。
「お前がそう言うんだったら、大丈夫そうだな」
「ただ、数が多い上に、看守が数人、買収された。騒ぎを起こしてケンカになれば、懲罰房行きにされるのはテメーだけっつー魂胆だ」
買収、ね。
囚人が金を持っているってのもおかしな話だと思うが……まあ、俺も試合に勝って、ファイトマネーを幾らか貰っているので、わからない話でもないか、なんて思ってしまった辺り俺も大分毒されて来ているのかもしれない。
いつかのカードでイカサマをしていた時の掛け金も、賭場用の木札とかではなく、普通にこの国で流通している貨幣だったしな。
ちなみにどの通貨がどれくらいの価値なのか、というのは、これまたゴブロから詳しく教えてもらった。
お前そんなことも知らないのか……というこの小男からの呆れた視線は多大に浴びたか、おかげでボられることもなく、今では相場も大体理解している。
そうして金が貰える以上、購買所のようなものも存在しており、食堂とは別で食い物を買ったり、牢屋の内装を良くするための雑貨なんかを買えたりもする。
基本的にこちらの足元を見ているので、べらぼうに高いが。
こんなクソ監獄の中でも、経済は回っているのである。
「決行は明後日、強制労働終わりの自由時間だ。看守を買収した奴らは、堂々と作業道具のスコップやら何やらを携えて、新人歓迎会にテメーを招待すべく笑顔でやって来るだろうな。人数は二十人」
「随分豪勢な歓迎会をしてくれるんだな。監獄のヤツらってのは、意外と人情味に溢れてるのか?」
「ケッケッ、おう、よくわかったな。ここのアホどもは努力家の上に情熱的でな。特に、他人の足を引っ張ることに関しちゃあ、一等賞だ」
……嫌な一等賞もあったものだ。
「内訳も教えておいてやる。二十人の内十五人がただのアホで、三人が多少武器の心得がある剣闘士。んで、残り二人がさっき言ったように、もう少し上等な実力を持った剣闘士だ」
「……今日は結構な大盤振る舞いをしてくれるんだな?」
それなりの情報量なので、これだけとなると、いつもは別料金を請求されるのだが。
どういうつもりだ? と言外に問い掛けると、ゴブロは肩を竦めて答える。
「なに、テメーはお得意さんで、いい飯のタネ――文字通りの飯のタネだからな。どうしようもねぇ馬鹿どものせいでテメーが潰されたら、俺にも被害が及ぶってぇだけの話さ」
「そうかい、ご心配どうも。……んじゃあ、我が商売相手の不安を取り除いてやるために、俺の方もしっかり対策を考えておくかな」
「どうすんだ? 大人しくボコられるってぇ訳じゃないんだろ?」
「当然。俺はドMじゃないんでね。攻撃してくるなら自己防衛しないと」
俺の言葉に、だがゴブロは怪訝そうな表情を浮かべる。
「自己防衛って、わかってんだろうな? どれだけ上手く立ち回っても、反撃した時点でテメーの懲罰房行きは確定だぜ。先に手ぇ出そうもんなら、さらに言い訳の余地無し、だな」
俺は、少し考えてから、口を開く。
「ソイツらが絡んで来るのは、明後日なんだろ? だったら、それまでにお仲間が集まれないよう、予防するだけさ。ソイツらの中心人物を教えてくれるか」
幸運なことに、明日は試合を組まれていない。
時間は十分にあるだろう。
「そんぐらいは別にいいが……」
「ま、見てろ。これだけ色々と教えてもらったんだ、何とかするさ」
納得行っていない様子のゴブロに、俺は不敵に笑ってみせる。
――これは、いい機会だ。
脱獄するにあたって、こちらの世界での使い勝手を確認しておきたいスキルが幾つかある。
前準備として、今回の件を利用させてもらうことにしよう。




