タッグ戦《2》
――すごい、楽だ。
セイハと組んで戦い、最初に思ったのが、それだった。
基本的な形として、俺が敵二人に突っ込んでいき、セイハがその援護、という風に戦っているのだが、彼女の援護がビックリするくらい精確なのだ。
俺の攻撃に合わせ、投げナイフを放って敵の反撃をピンポイントで防いだり、俺にヤツらの意識が集中している間に死角から攻撃したり。
何も出来ない相手の苛立ちの表情が、あまりにも痛快で思わず少し笑みが零れる。
「何をニヤニヤしていやがるッ!!」
激高した様子でグオンと横薙ぎに振るわれる戦斧を、体勢を低く下げて回避する。
うおっと、危ねぇ。油断は禁物だ。
これだけ圧倒していて負けたら、マヌケなんてもんじゃないぞ。
――よし。それじゃあ、新しい武器の感触も掴んだことだし、そろそろ終わりにしよう。
チラリと一瞬だけ視線を送ると、本日の我が相方はそれだけで俺の意図を察してくれたらしく、援護に徹していた動きから一転、二人の眼前に一気に躍り出る。
俺の代わりに、相手二人の意識を自身に集中させようとしてくれているのだ。
打てば響くというか、言葉すら交わしていないのに目線だけで意思疎通が出来るやり易さに、妙な心地良さすら感じられる。
恐らく、俺も彼女も短剣系統の武器を主軸にしているため、戦闘における立ち回りが似通っているが故に、互いの動きを理解しやすいのだろう。
今まで援護しかしてこなかったセイハが突然積極的に攻撃に動き出したため、こちらの意図している通りに、筋肉どもの意識が彼女一人に集中する。
俺の存在が、一瞬だが確実にヤツらの意識から消える。
セイハが作ったその隙を逃さぬべく、二人の内戦斧を持っている方へ一歩で間合いを詰めた俺は、反応が遅れたその戦斧持ちの顎をハイキックで蹴り飛ばし、仰け反ったソイツの水月に思い切り短剣を打ち込む。
刃が潰されているので深く突き刺さりはしないが、強かに肉を打つ感触が短剣を通って俺の腕まで伝わってくる。
そのまま戦斧持ちは、何も反撃出来ず白目を剥いて地面へと崩れ落ちた。
まず、一人。
俺は、戦斧持ちが倒れると同時に残り一人の方へ向かって一気に駆け出し、破れかぶれに繰り出される戦槌をヒョイと回避してから、反撃に二本の短剣で連撃を放つ。
「クソッ……!!」
その攻撃は、相手が警戒していたため戦槌の柄で防御されてしまったが――問題ない。
ここにいるのは、俺一人ではないのだ。
俺に仲間を倒されたがために、こちらに意識が向かってしまったヤツに、音もなく忍び寄っていたセイハが、首後ろに向かって飛び膝蹴りを食らわせる。
頭部を片手で掴んで固定し、その状態で飛び膝蹴りを食らわせるという、頸椎が粉々になったんじゃないかと心配になるようなエグい攻撃を受けた筋肉は、握っていた戦槌を落としグラリと前のめりに倒れ――そして、動かなくなった。
『ウオオオオ――!!』
決着がつき、観客席からあがる怒声染みた歓声。
「お疲れ。ケガとか大丈夫か?」
「はい、大した相手ではなかったので、特には」
ナチュラルに相手をディスるセイハに、俺は苦笑を溢し、言葉を続ける。
「それと、一つ聞いておきたいんだが……ソイツ、死んでたりしない? 大丈夫?」
セイハが攻撃した方、ピクリとも動いてないんだけど……。
「加減はしたので、大丈夫かと」
あ、そ、そう。
あれで加減した攻撃なのだと。
……俺、今度からこの子を怒らせないようにしよう。
* * *
試合が終わり、看守に怒鳴られながらの七面倒な強制労働も終わり、夕方。
俺は配膳口で配膳される晩飯を受け取り、食堂の中を進む。
空いていたテーブルの一つに腰掛け、一人手を合わせ、食事を開始する。
今ではもうこの料理もかなり豪勢なことになっており、今日の飯なんかアツアツで厚々なステーキに新鮮なレタスっぽい野菜、中身がごろごろ入ったトマトベースっぽいスープである。
どこぞのレストラン料理かと思わん程だ。
そんな美味そうなものを持っていると、当然周囲の囚人達からは羨望と殺気混じりの嫉妬の視線を注がれ、大注目である。
気持ちはわかるよ、君達。そのドロドロ、飢えているようなヤツはいないので栄養はあるのだろうが、マジでクソ不味いからな。
何の食材が使われているのか、非常に気になるところである。怖いから聞かないけど。
飯が美味くなったことは、本当に、素直に喜びたい。
この肉も、牛肉っぽくはあるものの、異世界なので実際は何肉なのかわからないが……うむ、美味い。
美味いは正義だ。俺、この監獄で、唯一料理人だけには敬意を示そう。
あの食い物と呼ぶのもおこがましいドロドロを作り出したことは絶対に許さないが、この料理の美味さに免じて情状酌量の余地ありと認めてやろうじゃないか。
と、この監獄での数少ない楽しみである食事を満喫していると、聞いた覚えのある綺麗な声が、ふと近くから聞こえてくる。
「隣、いいでしょうか」
「? ――あぁ、セイハか。全然いいぞ」
声の方に顔を向けると、そこにいたのは今日の我が相方であった、セイハ。
彼女は俺の言葉を聞くと、隣の椅子に腰を下ろし、手に持っていたお盆をテーブルに置く。
「いつもは姿を見ないけど、セイハもここで食ってたのか」
「いえ……普段は、待機部屋で」
「? そうなのか」
じゃあ、気分とかそんな感じか?
それで、顔を見かけたから声を掛けてくれたってところだろうか。
「――って、あれ、仮面変えたのな」
見ると彼女は、いつもの顔全体を覆うものではなく、口元だけは覗かせたタイプの仮面を被っていた。
「食事用の仮面です。食事時は、これに」
あぁ……確かにフルフェイスのものじゃあ、飯は食えないか。
意外と用意がいいのね、君。
そう話しながら、彼女はスプーンでスープを掬い、はむと咥える。
それが美味しかったのか、小さく口元を綻ばせ――と、俺が見ていることに気が付き、一瞬固まってから、すぐに真顔に戻って至って平然とした様子で食を進める。
……微妙に、耳が赤い。
油断している姿を見られたのが、恥ずかしかったのだろうか。
何だか、いちいち動作に小動物感があって、見ていて可愛いヤツである。
監獄のヤツらは、何でこの子のことを性別不詳だなんて思っていたんだろうか。見ていれば、すぐに女だってわかるだろうに。
……いや、その見る機会が滅多にないのか。
普段は護衛をやっている訳だし。
それにしても、俺より大分試合で勝っているらしく、料理がメチャクチャ美味そうである。
今の俺の料理も豪勢ではあるのだが、彼女のそれは一層豪勢で、一流レストランの料理と聞いても納得してしまいそうな出来栄えである。
いや、彼女は護衛だから、闘技場での勝利とか関係なく、単純に囚人と扱いが別なだけか?
あー……でも例の悪名高い監獄所長が、そんなきっちりとした待遇で彼女を雇っている気もしないので、セイハ自身が勝ち取ったものだという可能性の方が高そうか。
まあとにかく、彼女の料理が美味そうなことには変わりない。
そう、隣の皿へと視線が吸い込まれていると、仮面の少女は食べる手を止め、口を開いた。
「……あの、このお肉、食べます、か」
「え? い、いや、大丈夫だ。気にするな」
「いえ、私、こんなには食べられないので、むしろ食べていただきたいと」
あ、ふ、ふーん……ま、まあ、確かにセイハは小柄だし?
彼女の皿の料理は結構な量があるので、食べ切れないと言うならば、貰ってあげるのも、吝かではないと言いますか。
勿体ない、そう、勿体ないからね。残すのも。
「そ、そうか。そういうことなら、一切れ貰おうかな?」
「はい、どうぞ」
俺はセイハの言葉に甘え、彼女の皿のステーキを一切れいただき――カッと、目を見開く。
う、美味い。なんて美味いんだ、この肉は!
噛んだ瞬間ジュワアと肉汁が溢れ出し、舌の上で肉が溶けていくこの感じ。
すごい、俺、こんな美味い肉を食べたのは、前世を含めて初めてかもしれない。
ありがたや、ありがたや人生。祝福せよ、人生。ハレルヤ、人生。
思わず生きていることに多大な感謝の念を唱えていると、隣のセイハが口を開く。
「……あの、もう一切れ、どうぞ」
「えっ、ほ、ホントに言ってるのか!? お、俺が食ったら、その分無くなっちまうんだぞ!?」
「まだ、食べ切れないので。どうぞ食べてください」
そう言って彼女は、自身のフォークを使って俺の皿に分ける。
――ステーキの半分程を。
「お、おい、それ、一切れなんて量じゃないぞ!! お、落ち着け、落ち着いて考えろ!! 本当に俺が食っちまうぞ!?」
「はい、大丈夫です。どうぞ、お気になさらず」
小さく口元を歪め、クスリと笑うセイハ。天使か……。
「ここにいたか、仮面」
――そうして、仮面の少女に餌付けされている時だった。
突如俺達の背後から聞こえる、しわがれた声。
いつの間にそこにいたのか、振り返った背後に立っていたのは、セイハと同じようなローブを羽織り、フードを目深に被った怪しげな男。
「探したぞ。仕事だ、準備しろ」
……セイハの同僚か。
「……了解です」
男の言葉に、固い声で答えるセイハ。
彼女は即座に席を立つと、俺にペコリと頭を下げてから、男と共に歩き出す。
まるで氷のような雰囲気を纏わせ、先程までとは別人のような様子で去って行く彼女を見て、俺はポツリと呟いた。
「……あんなシリアスな雰囲気を醸し出しておいて、しっかりお盆下げて行ったな」
そういう場面でもないということは、重々わかっているのだが……なんかちょっと、和んだ。




