タッグ戦《1》
ある試合の日。
慣れた足取りで闘技場手前にある控室に入ると、先客がいることにすぐに気が付く。
む、なるほど、今日の試合は恐らく、タッグで戦うのだろう。
俺は今回が初めてだが、そういう試合も結構行われているそうだからな。
そして――置かれた木製のベンチに座る人物には、見覚えがあった。
「よ、また会ったな」
そこにいたのは、つい先日知り合った仮面の少女、セイハ。
「……どうも」
俺の姿を見て、彼女は小さくこちらに会釈する。
前は挨拶しても無視されたので、ちょっとは仲良くなれたのだろうか。
「今日はセイハと一緒に戦う訳か……俺、タッグ戦初めてなんだけど、セイハは経験あるか?」
「幾度かは」
「お、そうか。それじゃあ、頼りにさせてもらおうかな?」
俺の言葉に、仮面の少女はコクリと頷いて言葉を続ける。
「では、前衛をお願い出来ますか。私が、後衛をしますので」
「了解、任せろ」
そう、軽く彼女と打ち合わせを行っていると、闘技場の方から監視兼案内役の看守がこちらに声を掛けてくる。
「出番だ、お前達」
「もうか……じゃ、行こうか、セイハ」
「はい」
そして俺とセイハは、闘技場のステージへと向かって通路を歩き出した。
「武器、変更されたのですね」
「ん、あぁ。こっちの方がいつものスタイルに近くてな」
セイハの言った通り、俺の使用武器も今まで使っていた普通の長剣から変更し、少し長めの短剣を二本装備している。
長剣よりは、やはりこちらの方が手にしっくり来る感じがある。
「? ということは、本来はまた違う武器を?」
「そうなんだけど、ここには置いてなくてなぁ」
「そうですか……あなたが全力を出したらどれだけなのか、少し気になります」
少し興味の色が感じられる声音で、そう言う仮面の少女。
「ハハ、今日はこの武器で勘弁してくれ」
会話を交わしている内に、俺達は歓声なのか怒声なのかわからない喧騒の渦巻く、舞台上へと躍り出る。
見ると、対戦相手の二人はすでに待ち構えていた。
今回は……ゴリゴリの筋肉が二人か。
武器は戦斧に戦槌と、どちらも重量武器。剣闘士っぽいと言えば、剣闘士っぽいヤツらである。
「オイオイ、今日の相手は随分と細っこいな!」
「全身の骨を折ってやるからよぉ……楽しみにしてろよぉ?」
威圧のつもりなのか、筋肉どもがニタニタしながらそう恫喝してくる。
この身体になり、それなりに戦えるようになったおかげだろうか。
ほぼプロレスラーみたいな肉体を持つヤツと相対している訳なので、前世ならば今すぐ逃げ出したい気分になっていただろうが、今世だとあんまり怖くも感じられないのが不思議なところである。
いや、だが、ラムドと戦った時も、ふざけるなと悪態を吐きながら無様に逃げ回ってはいたが、それでも恐怖で身体が竦む、といったことはなかった。
……もしかすると、俺の精神もある程度、このゲームの身体に合わせて変容しているのかもしれない。
そのことを考えると、微妙に怖いところであるが……と言っても、ロクに戦うことの出来ない身体でこの世界に放り込まれるよりは、よっぽどマシか。
それに、俺は俺だ。
今あるこの自我が、自分のものであるという意識がある限り、何も問題はない。
精々、新しい身体と、よろしくやっていくさ。
* * *
――コイツは中々、掘り出し物だったかもしれない。
最近の取引のお得意様である、黒髪の優男が行う試合を看守の目を盗んで観戦しながら、ゴブロはそう思った。
今日は、タッグ戦らしい。
奴の味方は、以前奴がボコボコにされていた、所長の護衛の仮面。
奴曰くあの仮面はどうも女らしいが、そう言われると確かに、随分と小柄だ。
ダガーという非力な者でも使える武器を使用しているのに加え、常に仮面を装着し、性別を誤魔化すような頭部をすっぽりと覆うフード付きのローブを身に纏っていることも、その情報の信憑性を高めていると言えるだろう。
まあ、フード付きローブの方はあの所長の護衛は全員着ているのだが、常にそれを脱がず仮面を装着しているのは、あのダガー使いだけだ。
こんな肥溜めで女という性別がバレてしまえば、色々と面倒に巻き込まれることは間違いない以上、ああして性別を隠すのは必須事項なのだろう。
そして、あの二人の今回の対戦相手は、重量武器を主武器にしているガタイの良い二人組。
筋肉どもの方はほぼタッグ戦専門の二人組で、脳味噌空っぽの馬鹿どもではあるものの、実力は確かにある。
今まで何人か対戦相手を再起不能にしており、ここでも上の方に位置する上位剣闘士で、勝率も大体七割程だったはずだが……まあ、今回は相手が悪いようだ。
どう見ても、奴と仮面のコンビの方が動きが良い。
前衛として黒髪が突っ込んで攪乱し、後衛を務める仮面がそれを的確に援護。
まるで、熟年のコンビであるような息の合い具合だ。
自分をボコボコにした相手と連携が出来るのか、なんてことも少し思っていたのだが、どうやら全く問題はないようだ。
「ケッケッ、こりゃあ勝負は決まったな」
――初めて見た時、あの男は呆然自失とした様子で固まっていた。
これは、自分が捕まらないとタカを括っていたアホが捕まって、その現実が認められないのか、それとも嵌められてこの闘技場にやって来たのか。
どちらにしても、この様子じゃあコイツは駄目か、などと最初は思っていたのだが……どうもそれは、早計な判断だったらしい。
まず驚かされたのは、この闘技場でもかなりの強者の部類に入る、ラムドを伸したことだ。
あの獣人は元々他国の兵士で、戦争に負けて捕まりこの闘技場へと連れて来られたということだったが、その戦争でのあだ名は『将軍殺し』。
自分の名を広く知らしめるため、わざと誇張に誇張を重ねた噂を流すような者は数多くいるが、しかしゴブロが知る限り、ラムドのあだ名は事実に基づいたものであり、少数部隊を率いてこの国の辺境軍に突撃、そのまま大将首を取ったという話だ。
これは、敵国のプロパガンダや末端の兵士が話す噂ではなく、殺された大将の同僚から直接聞いた話なので、まず間違いのない事実であると考えてよいだろう。
多対一で組まれた試合ではあったが、しかし一対一となってからも悪くない戦いをし、最終的にはあの結果だ。
きっとあの日、ラムドが勝つ方に賭けていた多くの奴らから、あの黒髪は恨みを買ったことだろう。
それからの試合は、ほぼ全戦全勝。
一度だけ、今奴の隣で戦っている仮面に負けはしていたが……想像以上の実力である。
あんなとぼけた顔で、対戦相手のケツを強烈に蹴り上げるサマは、見ていて少し、爽快な気分になる。
大分強かな性格をしていることも取引でわかっており、あれくらい図太い神経をしている方が、取引の相手としてはやり易いと言えるだろう。
一つ謎なのは、何の罪で投獄されたのか、はっきりしていないという点か。
少し調べてみたものの、この監獄からは奴に関する何の情報も出て来なかったのだ。
恐らくだが、あの男が表沙汰に出来ないようなデカい悪事を働いたのか、それとも捕まえた側に何かしらの落ち度があり、明るみに出てはマズいため事件そのものをもみ消したか。
何かしら裏があるのは間違ないだろうが……まあ、自身の本来の任務に影響が出ない限りでならば、今後も協力関係を築いておいた方が何かとプラスになることだろう。
事実、奴が闘技場で派手に暴れているおかげで、監獄の住人達の関心がだんだんと奴に集中し始めており、裏で動く自分は非常に仕事がやりやすくなっている。
力の論理が最上位に来るこの場所では、その性質上新たに現れた実力者の存在は無視しえないのだ。
奴には何も言わず、勝手に隠れ蓑に使っている訳だが……まあ、その分良い情報を流しているので、それでチャラにしてもらいたいところである。
何か奴の身の危険に関する情報を得られたら、真っ先に流してやるとしよう。
「この肥溜めも、中々面白いもんだ」




