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断罪の暗殺者  作者: 流優
監獄闘技場
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目が覚めたら牢屋の中



 わからない。


 ここが夢か、現実か。

 俺は誰で、俺は何なのか。


 ……俺? 俺とは何だ?


 何とは何だ?


 何もかもがあやふやで、何一つ確かなものが存在していない。


 漠然とした、茫漠とした空間を、ただふわふわと漂う。


 どれだけの間、そうしていたのだろうか。


 ――何だ?


 何かが、目の前にいる気がする。

 何かが、何かを言っているような気がする。


 わからない、わからないが……何となくこの何かは、温かい気がする。

 悪くない気分、だと思う。

 

 俺は……そう、俺は、その声をもっと聞こうと意識を向け――。 



   *   *   *



「――とっとと起きやがれ!」


 俺は、顔面に水をぶっ掛けられ、目を覚ました。


「ブフッ、ブハッ、ハァ、ハァ……な、何を――」


「口答えするな、囚人!」


「ギッ――」


 腹を蹴り飛ばされ、無様に床を転がる。


 走る鈍痛。


 この辺りで、何か異常な事態が起こっているらしいということを理解した俺は、蹴られた腹を押さえながらヨロヨロと立ち上がり、状況を確認するため周囲へと視線を送る。


 ――まず、目に付いたのは、手枷(・・)


 木製の分厚いヤツが俺の両手に嵌められ、そして俺自身はゴミ袋のような麻で出来た貫頭衣を着せられている。

 足枷も付けられていたようだが、俺の腹を蹴りやがった兵士に外されたようだ。床に無造作に転がっている。


 周囲を見ると、視界に入るのは分厚い石製の、外側からしか開けられないようになっている寒々しい小部屋。


 牢屋(・・)である。


 そして最後に、俺の傍らに立つ、武装した兵士が二人。


 迷彩柄の軍服に、銃を持った兵士ではない。

 鎧に(・・)帯剣した(・・・・)兵士だ(・・・)


 何だコイツら。コスプレ趣味でもあるのか?


 全く意味がわからず、むしろ状況の確認を行ったせいで呆然と固まっていると、目の前の兵士が怪訝そうな顔を浮かべる。


「オイ、コイツ頭イカれてんのか? 何ボーっとしてやがる」


「あぁ、ここに連れて来られた時からずっとこんな感じだったらしいぜ。頭のどっかが緩んでやがるんだろ」


 俺は、酷い物言いの彼らに何かを言い返す余裕もなく、後ろに回った兵士の一人に背中を蹴飛ばされ、牢の外へと無理やり押し出される。


 見ると、俺の他にも数人が独房の続く廊下に並ばされており、「ノロマなヤツだ」といった感じでこちらを一瞬見た後、すぐに興味を失って前へと向き直る。


「キリキリ歩け、囚人ども」


 そのまま俺は、廊下に並ばされていた者達の最後尾に立たされると、兵士の号令を受けて動き出した列に従い、手枷を付けたまま歩き出した。


 ――落ち着け、考えろ。


 何故、俺はこんなところにいる?

 何故、こんなことになっている?


 何故俺は、時代錯誤の懐古主義者――懐古し過ぎ(・・・・・)主義者(・・・)の兵士どもに水をぶっ掛けられ、蹴られ、まるで囚人の一人であるかのように扱われているんだ?

 

 昨日だって、確か俺は……俺は……。


 そこまで考えた俺は、愕然とした表情を浮かべた。




 ――昨日の(・・・)記憶がない(・・・・・)



   *   *   *



 どうもここは、地球じゃないらしい。


 投げ渡された雑巾で床をゴシゴシ掃除しながら、俺は思考する。


 ここが夢なんじゃないか、とか、頭のおかしい犯罪者にでも拉致られたか、とか、大流行していたVRMMO(・・・・・)の中か、とかはすでに一通り考えてみたが……それらの可能性は、すでに捨てた。


 まず、一番あり得そうなゲームの中という可能性だが、残念ながらここはそうではない。


 全てが全て、あまりにも繊細に過ぎて、情報量が過多なのだ。

 

 仮想世界に潜り込めるVRMMOというゲームが生まれ、世界が新たなゲーム史の変遷に熱狂してから少し経つが……現実と見間違う程鮮明に世界を創り上げることには、未だ技術的に至っていない。


 最新鋭の技術が使われ、作り上げられた世界の中で実際に自身の身体を動かし、歩くことも走ることも、戦うことも出来るようになったとはいえ、所詮ゲームはゲーム。

 音、光、臭い、感触、味、それらの五感に訴えかける情報がゲームと現実では大きく違い、一目でその差が理解出来てしまうのだ。


 例えば、このバケツに汲まれた水。

 水の処理は3Dゲームが全盛の頃から変わらず重いため、ゲームならばその不自然さがよくわかるのだが、この水は自然そのもの。

 手で(すく)ってみても、何もおかしなところのない普通の水の感触だ。


 俺が今手に握っている雑巾なんかも、その布の雑さ具合に現実のものとの差異は存在せず、ポリゴンの荒さなどどこにも見当たらない。


 そう、全てが全て普通で、監獄という環境以外おかしなところが存在していないのだ。


 これだけはっきり思考が出来る以上、夢の中なんてこともないだろうし、ここはまず間違いなく現実世界だろう。


 ……現実世界だとは思うんだが、甲冑を着ているヤツがいたり、明らかに人間じゃ(・・・・)ないナリ(・・・・)をしているヤツがいたりするのを見ると、その自信もちょっと揺らぎそうになるな。

 角を生やしていたり、動物の頭部を持っていたりするようなヤツらが俺と同じように掃除をさせられているのだ。


 極めつけは、太陽の横に二つ程月みたいなものが浮かんでいることか。

 鉄格子の嵌められた窓から空を眺めた時にそれを見つけて、とりあえずここが地球じゃないということはよく理解した。


 ゲームの中でもなく、夢の中でもなく、地球でもないとなると――残る選択肢は、異世界、とかか。


 ……もしかして俺、地球で死んだのだろうか?

 何があったのかは知らんが、死んで生まれ変わり、別世界で第二の人生をスタートしたと。


 昨日の記憶が無いのは……何かしら事故にでも巻き込まれ、即死したからショックで前後の記憶がない、とかだったら、一応辻褄は合うか。


 恐らく一昨日と思われる記憶は、ある。

 家に帰って、飯を食って、ゲームして、寝た。何の変哲もない普通の一日だ。


 自分が誰かも理解しているし、友人などの顔も思い出せる。その辺りの記憶は無くなっていない。綺麗さっぱり昨日だと思われる日の記憶だけ無くなっている。


 ――いや……少しだけ、ある、な。


 温かな、気持ちの良い声。

 そんな誰かに話し掛けられ、俺は何か会話を交わして――。


「そこのお前! 手を止めるな!」


「グッ……」


 そう、上の空で掃除をしていたのがバレてしまったらしい。

 監督役の兵士――いや、看守からありがたいおキックを頂戴し、無様に床に転がった俺は、すぐに身体を起こして床掃除を再開する。


 ……まあいい。

 俺の身にいったい何が起こったのかは、後で考えよう。


 蹴られて痛いと感じる――つまり痛覚がリアルに作用している以上、ここがゲームの中だろうが、異世界だろうが、この際(・・・)関係ない(・・・・)


 そんなわからないことを悩むよりも今は、人権という概念に中指を立てているこの場所で、どうやって過ごすのか、ということの方がよっぽど重要だ。


 どうも俺は、このひどい扱いからもわかる通り、囚人であるようだ。

 そうやって見れば、確かに俺の周囲にいるヤツら、どいつもこいつも人相が悪い。


 異世界に転生したら囚人とか、ハードモードの第二の人生で今後が楽しみだ。クソッタレめ。


 ちなみに何の犯罪を犯した囚人なのかと言うと、何かを聞こうとしても答えの代わりとして、「仕事をしろ」という笑顔と共に蹴りが飛んでくるので、何も聞けていない。


 ……と言っても、俺が目覚めてから、まだ数時間なのだ。

 そうである以上、俺の罪は冤罪に決まっている。


 仮に、意識がないまま身体が勝手に動いて人でも殺したんだとしても、ノーカンだと声を大にして言いたいところである。


『ウオオオォォ――!!』


 ――その時、俺の耳に聞こえてくる、野太い歓声。


 再度目を付けられないよう気を付けながら、歓声が聞こえてきた窓からチラリとだけ外を覗くと、いわゆる『グラディエーター』といった感じのヤツらが、数人でガチンコファイトを繰り広げている様子が視界に映る。


 寸止めなんてものは存在しない。

 斬られてもあまり血が出ていない様子から察するに、どうも刃引きのされた剣を使ってはいるようだが、骨は折れるわ、肉は裂けるわ、ドタマをカチ割るわ、非常にエキサイティングである。

 普通に死人が出るだろ、あれ。


 ……つまりここは、血の気の多い犯罪者を戦わせ、命を懸けて労働させる監獄兼闘技場なのだろう。


 そして俺は、裏方で雑務をやらされる役という訳だ。

 ああやって戦わせられるよりは、まだマシと言えるだろうが……いや、そもそもとして捕まるような何かをした覚えがない以上、マシも何もないか。


 とにかく、今は現状把握だ。

 何もわかっていない状況なのだ、今後どうするのかを考えるにしても、色々見て、理解するのが先だろう。


 


 ――だが、その俺の考えは、まだ甘かった。




「――時間だ! 並べ!」


 看守がそう声を張り上げると同時、周囲の囚人達が掃除を切り上げ、一列に並び始める。


 何の時間なのか全くわかっていない俺は、若干慌てながらも同じように掃除用具を片付け、そしてたまたま近くにいた人相の悪い小男に話し掛けた。


「な、なあおい、これ、どこに連れて行かれるんだ?」


「あ……? テメー、何も知らねぇのか?」


「何も知らない内に捕まって、何もわからない内にこうして並ばさせられてんだ」


 俺の言葉に、小男は胡乱げにこちらを見てから、面倒そうに一つ舌打ちして口を開いた。


「ケッ、そりゃご苦労なこったな。――俺達ぁ、剣奴だから、今から下の闘技場に連れてかれんだよ」


 ――え。


「……俺達も剣奴なのか?」


「そうだぜ。つっても、選手ってーよりは、噛ませ犬だけどな。血が見てぇお金持ち様方を盛り上げるために、大して実力のねぇ雑魚を数人、強い奴にぶつけんだよ。んで俺達は、その雑魚って訳だ」


 小男の説明に、俺はしばし呆然としてから、ポツリと呟く。


「……そりゃあ、最高の舞台だな」


「だろう? 嬉しくって涙が出るね」


 その言葉を最後に、小男は「もう喋るな、無駄に目を付けられたくねぇ」と言って、黙って列に沿って歩き出した。


 ……コイツ、結構いいヤツだったな。しっかり教えてくれたし。

 何やって捕まったのかは知らないので、もしかしたらとんでもない極悪人なのかもしれんが、覚えておくことにしよう。


 いや、つか、待て。

 ということは、今の俺は大分危機的状況じゃないのか。


 剣に関してはゲームでの心得しか持っていない俺が出場した場合、そのまま噛ませ犬としてボコボコにされ、運が悪ければ人生の『THE・END』もあり得ると。

 また来世にご期待ください、という訳だ。


 しかも俺が剣奴であるならば、今回何とか生き残ったとしても、この監獄にいる以上その後も同じように何度も何度も試合を組まれるんじゃないだろうか。


 解放には、死、あるのみ、か?


「……クソッタレ」

 

 思わず、口から悪態が漏れる。


 ……よし。決めた。




 脱獄しよう(・・・・・)


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